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【短編小説】 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会 1

ベンチにて

Kは銀杏並木が続く道端のベンチに一人で座っていた。
つい2ヶ月ほど前までは特別にひどいことがあったわけじゃない。いや、あったのかもしれないがなんとか生活はできていたしこうやって今も生きている。
会社は借金は増えつつも、なんとか融資を受けつつビジネスを続けていた。自分で会社をやっている者ならわかると思うが起業したあとの金策の悩みは尽きないものだ。常に困難と立ち向かっていなければならない。良い時もあれば悪い時もある。いい時というのは一瞬で通り過ぎ、悪い時、つまり困難さを感じる方が多いかもしれない。
今まで何度も危機に瀕してきた時があったが、全く予想外のところから偶然金が入って来るという奇跡、幸運としか言えないことが起きて事業を続けてきた。
右に倒れそうになったと思えば今度は左、走るスピードがどんどん遅くなっていって、ついに止まってひっくり返るなと思ったら何とか少し動くというまさに運に恵まれてやってきた。
この先もどうなるかわからないが、「今までなんとかやってきたんだから、この先もやれるだろう」という根拠も何もない自信だった。
いや、そもそもKには自分に絶対的にうまくいくという自信があったのだ。

Kは学生の頃から頭の切れる男だった。
高校まで都下のその地域ではNO. 1と呼ばれる進学校に通い成績は常にベスト10に入っていた。
だが所詮はいわゆる一流半のそこそこの高校だったし、そこそこの大学に入って、そこそこの企業に勤め、そこそこの女と恋愛をし、そこそこの出世をして、そこそこの人生を勤め上げる、というプランが見えていた。
もちろん真面目に生きるというのは立派で尊いことだし否定はしない。
だが自分には無限の可能性があり自分の好きな仕事をして成功し、飛び切りの女(見た目も中身も)を毎日抱いて世界中を駆け巡る、まるでローリング・ストーンズのミック・ジャガーのようになるんだという若い奴なら誰でも考えることを本気で考えていた。そうなれると信じて疑わなかった。
だがそれを周りを納得させるためににはとりあえず誰もが認める超一流の大学に入ることだと考え、受験前の1年は眠る、食う、以外の時はひたすら勉強した。
Kはこうと決めたらそれに向かって驚異的な集中力を発揮することができたんだ。
その結果日本で一番の大学に合格することができ入学した。
大学に入ってもひたすら自分を磨き上げアメリカの大学に1年留学した後、アメリカに本社を置く世界的な多国籍企業に入社した。
だがここまでは順調に過ごしてきたわけだがKはもっともっと成功できると信じていた。彼にはその辺のちょっとだけ優れている奴らとは違うと信じていた。
それは他人とは違う決定的な特徴が彼にはあるからだ。

Kには左肩の前と後ろに二本の腕を持ち計3本の腕がある。
赤ん坊の頃、手術して腕を切断しようという意見もあった。
だがまだ小さい頃に手術をするのは負担が大きいこと、そして

医師の話では、腎臓がひとつしかないため、脊髄の湾曲が引き起こされる可能性があると言われたからだ。

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これが大きな理由だが、もうひとつ家はとても貧乏だった。
とても高額な手術を受ける余裕などなかったし、高額医療費制度の利用や今だったらクラウドファンディングを使うやり方もあっただろうが当時親はそこまで頭が回らなかった。成人して自分で働いた金で手術を受けてくれという気持ちがあったのだ。
この身体に生まれた自分を鬱陶しく思っていたのだと思う。当時は悲しかったが生活するに全く余裕がない状態では仕方がなかったのかな、と今では思える。

子供の頃は当然のように気持ち悪がられ、長期間に渡りかなり残酷ないじめの対象になった。
それは酷いもので今でも酒を飲むとフラッシュバックしてくることがあるぐらいだ。
とにかく自分は生きてる価値はないと思っていたし孤独だった。
そんなKにとって本を読んでいる時だけが楽しかった。作品の世界に入り込み自由に飛び回る時間。
この明晰夢の時間から現実の世界には戻りたくないといつも思っていた。

だがある時「千手観音像」の写真を見た時、心の中の何かが弾けた。
自分はこの菩薩像のように普通の人とは違う存在なのだと認識した。
人と違うから変なのではない。普通の人間とは違う身体を持った「特別な人間、選ばれた人間なんだ」と強く意識し覚醒した。

千手観音は千手千眼菩薩(ぼさつ)とも呼ばれ、千の手と手のひらの目で、苦しんだり悩んだりする人を見つけ、手を差し伸べて救うとされている。

https://www.sanjusangendo.jp/statue/sentaisenju/


次の日の朝、今までKを迫害、虐待していた奴らへ徹底的な復讐をした。もともと身体も大きかったし腕力もあったがそれに加え腕が3本あるという身体的なアドバンテージを加え圧倒的な強さで叩きのめした。
昨日までやられ放題だった気弱な男の子がいきなりスーパーな男になったわけだ。
相手を再起不能までにたたきのめしたせいで奴らはメンタルもやられ10代にして引きもりになり二度と外に出てくることはなかった。その後奴らの姿を見た者はいない。
Kの復讐は周りに「可哀想でずっと虐められてうた子」というイメージがあったせいか好意的に受けとめられ比較的軽い事件として扱われ、大した問題にもならずにむしろヒーローを見るような目で見られた。そのことをとっても彼が特別な存在として守られている証だと確信したんだ。
それまで自分のことを「普通以下の人間」だと思っていたKは「もうひとつの腕は特別に与えられた特別なもの」と意識した時「神から選ばれた特別な人間」に変わった。

Kは世界的なコングリマリット起業に入社し、瞬く間に会社で頭角を現し将来の役員候補となった。
そしてKはルックスやスタイル、ファッションの良さも相まってとにかく女にもてたが、彼の身体的な特徴のせいもあった。
身体的に障がいがある者、またはギプスや点滴などの医療器具を着用した負傷者への異常な性的嗜好がある人間というのは多い。
アベイショフィリアつまり身体障害性愛という性癖を持った女には顔もスタイルも
ファッションもとびきり良い女がKの周りに多くもてた。
Kの身体的な特徴を使ったセックスもそんないい女たちの要求に充分過ぎるほど応えることができた。

そしてKは多くの野望を持つ人と同じように独立し大手企業のグランディング戦略を手がける会社を設立した。それが2004年のことでもう20年前になる。

クライアントは次々と売り上げを伸ばし、Kの会社も上場しようとしていた矢先の2008年に米国の投資銀行大手リーマン・ブラザーズが負債総額6000億ドル超となる史上最大級の規模で倒産したことを契機として発生した世界的な金融・経済危機、つまり「百年に一度」の金融危機リーマンショックによって業績が落ち始め、追い討ちを追い討ちをかけるように3年後の2011年の東日本大震災が起きた。
その間、右に左に揺れながら立っている振り子のおもちゃのようになりながらも立っていたし、安息の地はまだまだ遠いにせよ何とかやって行く。その覚悟は出来ていたはずだった。
だけど今度ばかりはついに「終わり」がやってきたのかもしれない。

5年ほど前のことだ。叔父が自分でやっていた事業を拡大するために銀行から多額の融資を受けた。そしてKはその連帯保証人になっていたのだ。腐るほどよくある話だ。
その時はKも叔父も全く問題なくバブル風の言い方をすればイケイケな状態だったので全てがうまく行くと思っていた。悪いことが起こるなんて想像もできない。これもよくある話だ。
そしてさらに追い討ちをかけるように4年前の世の中の価値観がひっくり返るぐらいの出来事、それは誰も予想もしなかった世界的なパンデミックのせいで叔父の会社はついに倒産しKは多額の借金を背負うことになったのだ。
まあこれも世間にはよくある話だ。
そしてまたまた世間によくある話、つまり悪いことは重なるものだ。
Kが飼っていたネコが突然死んだ。前日まで何の問題もなく普通に生きていたのにある朝突然バッタリと死んだ。理由はわからない。いきなり強制終了したんだ。
彼はこのネコを可愛がっていた。
敬愛する夏目漱石の名作「吾輩は猫である」を真似て名前はあえてつけていなかった。
Kはいつもネコと一緒だった。商談で出かけた時も以前ならあちこち飲みに出かけていたが、一緒にと暮らすようになってからは打ち合わせが終われば真っ直ぐ帰ってきた。つまり完全に生活は一変した。
スケジュールやアポイントメントは必ず猫のご飯の時間に間に合うように決めていた。場合によっては約束をキャンセルすることもあったんだ。
たくさんの愛情を注いだそんなネコが亡くなったのと時を同じくして多額の借金を背負うことになるというこの何とも言い難い運命にKは打ちひしがれた。
さらにこのクソ暑い夏の暑さはKは堪えたのだ。
今まで自信満々で生きてきたのに、たった一匹のネコの死がトリガーになって心がここまで折れるとは。。人間なんてそんなものかもしれない。
燃え尽き症候群(バーンアウト症候群)というものを聞いたことがあるが加えて昔虐めにあったときのことがまたフラッシュバックした。
忘れていたはずの過去の暗い影は今でも心の中に巣食っていたんだ。
これはかなり重症かもしれない。。。

「この際ケツをまくるか」何もかも面倒になったKは自死を考えた。
安易にそう考えたわけじゃない。今の自分のいる場所が嫌になった、そして違う世界でやり直すために行動を移す。つまり発展的な自死なんだ。
生きてやっていくのも死んでやり直すのも全て自分の責任でやる。他の誰にも自分の人生をとやかく言われる筋合いはない。あたりまえだ。
よし、その方向で考えてみよう。もちろん死に対する怖れはあるが、Kは今までリスクを乗り越えて事業を続けてきたという自負がある。
形の違いこそあれリスクを冒してケツをまくり次のステップに行くことは大事なことだ。
「飛び込んだ池の深さは意外と浅かった」以前誰かが言ってた言葉だが意外と簡単なのかもしれない。
あとはそれをどうやって実行に移すか。銀杏並木のある公園のベンチで考え始めていた。

遅かれは早かれ何年後には三途の河を渡ることになるだろう。タイミングとしては今がベストだ。
タイミング、、、そうこれが一番大事だ。
ジミ・ヘンドリックスだってマイケル・ジャクソンだってプリンスだって、人生を終わらせたのは彼らにとってベストなタイミングだったんだろう。
ダラダラ生きていたってファンの夢を壊し失望させるだけだ。
いや、Kが気がついていないだけですでにご先祖様たちが河の向こう岸に座って今か今かと待っているのかもしれない。
亡くなった親戚は皆でオニギリを食べるのが好きだった。Kもこの際オニギリを食べに河を渡るか。

問題はどうすれば楽に死ねるか、ということだ。
楽に死ぬ、それは死んだことを判断できないほどのスピードで事を終わらせなければならない。間違っても手足が皮一枚で繋がり断末魔の叫びを上げながら苦しみもがいて死んでいくのは嫌だ。
想像しただけで身震いしてしまう。
この世には何の未練もないが、苦しんで死ぬなら、まだ生きてる方が楽だと思い直しかねない。

Kはいくつか死に方候補をあげてみた。

・電車に飛び込む
一般市民へ甚大な迷惑をかけることになる。
「死ぬんだから関係ないだろう」と投げやりになるのはあまりにも無責任な考え方というものだ。
大事な入学試験に向かっている未来ある若い人がたまたまその電車に乗っていて遅刻するかもしれない。
そのせいで一生を棒にするかもしれない。
挽肉になったKを片付けるのは善良な鉄道会社の作業員や国の治安を守ってくれている警察官だ。暖かい家庭が彼らを待っているだろう。
彼のせいで笑顔が絶えなかった家庭を壊すことになる。
ほんの小さな誤解で不幸にも別れたカップルがまた関係をよりもどし楽しく食事をしたあと記念にコンサートに行く途中に乗り合わせるかもしれない。
その精神的なショックでそのカップルの心に大きな傷を作ってしまうかもしれない。
彼らにとって全く関係のないKの事情のせいで彼らを巻き添えにすることは絶対に自分の人生の最期にやることではない。

・首をつる
迷惑をかけないために広い樹海で人知れず首をつる。
自殺のメッカと言われる樹海に一人で死に場所を求めて彷徨う恐怖。想像しただけでも恐ろしい。
仮にうまくいったとしても首をつって死んだ姿は相当悲惨なものらしい。
舌が伸び切り眼球が飛び出たあげくウジ虫に身体中食い潰される姿では無事に三途の河を渡れるとは思えない。
今はやりのYouTuberの心霊スポット巡りで見つけられでもしたら自分の無様な姿が世界中に配信されてしまうことになる。
奴らが再生数を伸ばし、Kの無様な姿で小銭を稼ぐのも気に入らない話だ。

・薬の過剰摂取 オーバードーズ (Overdose : OD)
若者の間で深刻な問題となっていることから厚労省も乱用のおそれのある医薬品の適正な販売を薬局やドラッグストアなどに周知するよう都道府県などに通知しており大量に買うことはできない。
もちろん不当に医者の処方を頼むこともできないし、頼むことができる人脈もKにはない。
道端でそれっぽい奴に話しかけて違法薬物に手を出すほどの勇気はない。だいたい自分のマンションで自死をはかったら資産価値は暴落、この部屋も告知義務が発生する事故物件になってしまう。
自死が発生した場合は、原状同復の必要などもあり、当分の間その部屋を貸すことはできなくなる。この賃貸マンションの大家さんは人の良い老夫婦が管理しており、どうしてもあの二人をの困らせるわけにはいかない。迷惑はかけられない。
ネットに事故物件ということで書かれ、いわゆるデジタルタトゥーとして永久に残り続ける。老夫婦の悲しい顔を思い浮かべただけで涙が溢れてくる。

・入水自死
昔の小説の哀しい恋愛物語、心中する手法としてよく使われたがいい歳をした男一人でやっても全く絵にならない。
おまえは江戸時代に実在した力士「成瀬川土左衛門」かと呼ばれ時代遅れのバカなおっさんとして腹を抱えて笑われるだけだ。
それにそろそろ寒くなってきた季節、こんな季節に海でも川でも水に飛び込むなんて狂気の沙汰でしかない。先の健康診断で「心疾患の疑い有り」と出るから間違いなく心臓発作を起こすだろう。
大量の水を飲むのと合わせてもがき苦しみ、藁を掴みながら溺れて死んでいくのなんて悲惨すぎないか。下手すれば沖の方に流されサメに食われる。とにかく絶対に嫌だ。

その他にどんなやり方があるのか調べてみると、ガス、縊首(いしゅ)つまり固定した索状物を頸部に巻きつけて全体重をかけて巻きつけた索状物で頸部を圧迫する、低体温、感電などなど。
どれもピンとこない。避けたい理由としてはどれも恐ろしい。
Kはベンチに座りながらまた途方に暮れてしまった。

(続く)


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