独り言
一際目を惹く人がいる。
しわだらけの服を着て、白髪混じりのくしゃくしゃの頭を垂れて、人もまばらな電車の隅で、背中を丸めて座っている。
灰色っぽく年季の入った古びたパソコンのキーボードを物凄い勢いで叩いている。
息つく間もないとはまさにこのことだ。
好奇心で、画面をチラッと見てしまう。
原稿用紙のようなフォーマットのページに、明朝体の文字が落ちている。
彼は小説を書いていた。
周りの人のことなど見えていない。
タイピングの音が電車にバチバチと響いている。
溢れんばかりのストーリーを言葉に落とすまでに手が追いついていないのだろう。
必死の表情。画面に吸い付いて離れない目は赤く充血している。その表情は苦しそうにも、楽しそうにも、何も考えていないようにも見える。
名も知らぬ他人、もう二度と会うこともない。
でもなんだかエネルギーを貰ったような、吸い取られたような、不思議な気分だ。
緊張感に満ちた新生活の中で情報を詰め込んだ脳が、ふっと軽くなった気がした。