スターリングラードの白い百合
ヤコブレフYak-1がリディア・リトヴァクの愛機でした。
液冷式エンジンのスマートな、小さな戦闘機です。
それまでポリカルポフI-16のような不恰好の戦闘機(下の写真)で戦っていたソ連軍にとってYak-1は新鋭機だったわ。
ヤコブレフとは数あるソ連の軍用機設計局のひとつで、その局長の名がヤコブレフ博士だということです。
ポリカルポフやイリューシン、ミコヤン・グレビッチ(ミグ)なんかも設計局の名前なの。
Yak-1は1940年のメーデーがデビューフライトだったわ。
※量産型の初飛行はその翌年までずれこんだけれど・・・
600㎞/h以上をマークしたというから驚きよね。
日本帝国陸軍の「飛燕」といい勝負よ。
やっぱり、カタチよカタチ。かっこいい飛行機は速いのよ。
でもね、しょせん、ナチスドイツ空軍のメッサーシュミットBf109の敵じゃないのよ。
と、いいたいところですが、Bf109Eとは互角、Bf109Fにはちょい負けって成績でした。
ただし、有能なパイロットが操縦しての話ね。
Yak-1は初心者にはとても、とても乗りこなせる代物じゃなかったのよ。
当初、Yak-1は改良、改良で、工場が大混乱するほどだったそうです。
最初は工場出しで、一機として同じものがないくらいの場当たり的改良でした。
なんか、わかるわぁ・・・
Yak-1の欠点は離着陸のときの不安定にあったの。
だから、多くのパイロットが失敗してYak-1を壊したわ。
着陸速度が速いらしい。だからオーバーランするのよ。
滑走路を長くすれば済むことかもしれないけど、いくら広いソ連邦だって、それはできない相談なのね。
そんな扱いにくい機体なのに、二十歳前後の女の子が手名づけてしまうのはどういうことかしらね。
宿敵メッサーシュミットをリディア・リトヴァク中尉は、このやんちゃなYak-1で次々撃墜するの。
飛んでしまえば、Yak-1は水を得た魚のように小回りが利いて、舵の切れがよかったんだ。
メッサーシュミットよりも軽いのがなによりの特長です。
実は、主翼が白樺の合板でできてたの。寒い地方らしいよね。日本でなら割り箸か爪楊枝にしかならない白樺ですよ。
それで、ラダー(垂直尾翼:舵)とかエレベータ(水平尾翼:昇降舵)は布張りね。
金属部分の骨格はクロマンシル(クロムとマンガンと珪素の合金)で残りの金属はジュラルミン(アルミニウムとマグネシウムの合金)よ。
武装はプロペラ軸内に二十ミリ機関銃、機首に二丁の7.62ミリ機関銃でフル装備。
一撃離脱戦法にもってこいの強力な火器を備えてるのね。
ソ連の『第586戦闘飛行連隊』は女性パイロットだけの部隊。
ソ連ぐらいでしょうね、女を第一線に配置するのは。
もちろん、女性パイロットのマリーナ・ラスコーヴァ空軍中佐(下の切手の女性)の肝いりでスターリンをして結成させたんですけど。
これもソ連政府のプロパガンダの一環として利用されたんでしょうがね。
ドイツ機十二機を落としてエースとなったリディア・リトヴァク中尉(トップと下の写真の女性)もそのメンバーでした。
一機差で二位のエカテリーナ・ブダノーヴァ(ブダノワ)っていう女傑もいました。下の写真の左の女性がブダノーヴァで右の女性がリトヴァクです。
たぶん世界広しと言えども女性のエースパイロットはこの二人しかいないでしょうね。
ドイツの空戦の戦法で「ロッテ」形式というのがありましたでしょう?
二機がペアで組むやつね。
ソ連軍も「フリーハンター」という「狩り」を真似た戦法があるの。
リトヴァク中尉はアレクセイ・ソロマチン大尉と「フリーハンター」を組むの。
彼女は、ほのかな恋心をいだくわ。
アレックスはでも、不慮の事故で落命する。
リトヴァクは悲しみに打ちひしがれるわ。
それからというもの、リトヴァクは戦闘機乗りにのめりこむわけよ。
もう『トップ・ガン』の世界よ。
『デインジャー・ゾーン』(ケニー・ロギンス)が聞こえてきそうだ。
1943年の八月、運命の空戦で彼女は落とされる。
彼女の死は確認されていない。
いや、死んだという人もいる。
墓もある。
生き延びたという人もいる。
スターリングラードの白い百合(彼女の愛機には、白百合のマークが描かれていたのでこのあだ名があった)は散ったの。