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嫂(あによめ)

嫂(あによめ)は優しかった。
兄さんには「甘えた」だったけど、ぼくには「姉」のようにふるまった。
「耕ちゃん、汚れ物は出しといてね」
「う、うん」
朝の洗濯に間に合わせるために、家族の汚れ物をたらいに入れておくのが嫂のやり方だった。
おふくろが早くに亡くなって、秋になれば親父に炭焼きの仕事が入るので、親父は山小屋にこもりっきりになる。
すると、この家は兄夫婦とぼくだけにになるのだった。

嫂、「いち」は兄、啓太郎の幼馴染であり、ぼくも小さいころから、「いっちゃん」と呼んでは、遊んでもらっていた。
ぼくは十五で、来年は海軍兵学校を受けようと勉強していたが、海軍予備校とか麻生中の連中には負けるだろうなと内心あきらめていた。
こんな田舎の中学の人間が簡単に、二十倍以上の倍率の難関を突破できるとは到底思えなかった。
入学試験の算術はかなり難しく、この村で参考になるような本は「精選解析百題」と「究理學問題集」ぐらいしかなかった。

いっちゃんは、結婚してから匂い立つような女になったと思う。
生々しいというか、ぼくの「下半身」がむずむずするくらいだった。
いっちゃんのおくれ毛とか、物を食べるときの唇とかについつい目が行ってしまう。
「子供を産める女」という感じを、いっちゃんは、からだ中から発散していた。

昨夜、たぶん兄夫婦は同衾して、交わっていたと思う。
ぼくは寝られなかった。
かすかに聞こえる嫂の喘ぎ声。
そのつつましやかな、しかし、妖艶な声は、一段と高まり、果てた。
そしてぼくも自らを汚した…
こんなことをしているようでは、兵学校に入れるわけがなかった。

昭和十六年の暮れ、日本はアメリカと戦争状態に入った。
新聞では「奇襲成功セリ」の見出しが躍っていた。
ぼくはいよいよ海軍に入りたい気持ちが高まっていた。
兄は、立川飛行機の工員であり、発動機の精密加工に携わっていた。
マレー方面の陸軍の動きも活発化していて、今次の戦いは航空機が重要な役割を演ずると兄などは言うのである。
立川までバスで朝の暗いうちから兄は出かけ、帰ってくるのは午前様だった。
兄はいつ寝ているのだろう?
もはや、兄夫婦の交わりを盗み聞くことはなくなった。

ぼくは、海軍兵学校進学という難関をあきらめて、兄のように工員になろうかと思い始めていた。
年が明けても日本軍の快進撃の記事が新聞をにぎわわせていた。
ラバウルを占拠し、飛行場を建設し、南太平洋を制圧する勢いだった。
二月半ばにはシンガポールが陥落し、「マレーの虎」の異名を持つ山下奉文(ともゆき)陸軍中将が、英軍のパーシバル司令長官に降伏を迫ったという勇ましい記事が出た。
少年向けの雑誌「少年倶楽部」にも日本の快進撃を謳う記事が連なり、少国民は、いやおうにも軍人になって手柄を立てるべきだと鼓舞した。
ぼくも異論はなかったが、どうも兵隊になるのが怖かった。
大人たちは陰で「兵隊生活はつらい」とか「殴られに行くようなもんだ」とか話していたからだ。
新米兵は古参兵にきつくいじめられるというのだ。
実際に、この在所の浦部富士夫さんという二十五、六の男の人は、海軍に入って、戦艦「霧島」に乗艦していたそうで、そこでひどくいじめられ、肋骨と腕を折られて退役したという噂だった。
その後、富士夫さんは、世間とは交わらず、ひっそりと母親と暮らしているので、ぼくも会ったことはない。

ぼくは、そんな富士夫さんを「非国民」だとは思いたくなかった。
ばくぜんと「兵隊」になりたくないと思い始めていた。
親父は、「兵隊になんかならんでいい」とぼくに言った。
親父も日露戦争に行った経験があって、肺を患って一度も戦火に会わずに帰ってきたという。
それでも理不尽な兵隊生活は身に染みていたのだろう。
だから、新聞の記事もあまり読みたがらない。

戦争が始まって、ぼくといっちゃんは一緒に過ごすことが多くなった。
だって、家にいるのはぼくら二人だけだからだ。
親父も冬の間は炭焼き小屋に詰めていて、一日おきにしか返って来ない。

「いっちゃんは、兄(あん)ちゃんが帰って来ないのはさびしくないの?」
かきもちを火鉢であぶりながら、目の前の嫂に訊いた。
「そうね。少し寂しいかも」
そういう唇がぼくには妖しく見えた。
「耕ちゃんは、お勉強進んでるの?」
姉らしく、問うて来た。もうすぐ試験なのだった。
「まあ。でも、兵学校は廃(よ)しにしようかなって」
「どうして?」
「とても無理な気がするんだよ」
「まだわかんないじゃない」
「そうだけど」

「はい、どうぞ」
焼けた香ばしいかきもちを小皿に乗せてくれた。
ぼくは熱いのを我慢して指先でつまみ、かぶりつく。
「お醤油はいらない?」
「いあない」
もちが口に入ったままでしゃべるぼく。
それを、にこやかな表情で見つめる嫂。
いっちゃんを抱きたいと思った。

以前から、そんな気が頭をもたげていて、最近、抑えられないくらい高まっていた。
毎晩といっていいくらい、嫂を想って自慰に耽っていたのだ。
嫂が風呂に入っているのを覗いたこともあった。
うちの外風呂はたて付けが悪く、引き戸が五寸ほど開いたまま締まらない。
そこからこっそり覗くのだ。
いっちゃんの豊満な乳、黒々とした陰毛で飾られた「女」の部分。
兄に何度も触られることを許している熟れた女体。
勉強などできるはずもなかった。
成績は横ばいで、どうにも海軍兵学校合格の過去の点数には届かなかった。
反対に、嫂に対する欲望の高まりは急上昇していたのである。
毎夜、そのことが脳裏に貼りつき、ぼくの手は硬くなった分身を慰めにかかる。
完全に皮が剥けた鋼(はがね)のような陰茎は、嫂の裸体の前にあえなく毒液を吐き散らすのだった。
そのたびに、部屋は恥ずかしい臭気で充満し、蒲団(ふとん)には汚いしみがいっぱいつくのだった。
「ああ、またやってしまった」
後悔の念にさいなまれ、悶々とした眠りにつく毎日だった。

「耕ちゃん、どうしたの?」
妄想にふけっていたぼくを、現実に戻す、いっちゃんの声だった。
かきもちを平らげ、炭火を眺めていたのだった。
いっちゃんも残りのかきもちを食べてしまっていた。
「ううん、なんでもない。兄ちゃんに赤紙が来たらどうすんの?」
「え?」
赤紙とは陸軍の召集令状である。
最近、この在所でも巡査が夜に届けに来るという話だった。
あれが来ると、嫌でも兵隊にとられて戦場に行かないといけない。
「あたし、啓太郎さんには軍隊に行ってほしくない。あたし聞いたんだけど、飛行機工場の工員で熟練工は免除されるんだってよ」
「ほんと?」
「啓太郎さんが言ってた」
ぼくは安心した。
十七になればぼくにだって赤紙が来るのだ。
そうなると陸軍にしか入れない。
やっぱり海軍に入りたい…
海軍の召集令状は、予備役に来るものだからだ。
ぼくは漠然と満州には行きたくない気がしていた。
あそこは寒くて、ひもじいと勝手に思っていた。

「いっちゃん、兄ちゃんがもしお国のために死んじゃったら、ぼくといっしょになって」
「何を言うの…耕ちゃん」
困ったような顔をして、嫂はぼくを見つめた。
そして険しい表情になって、
「そういうことを言うもんじゃないわ」
「でも…」
「そのときは、そのときよ」
ぼくは、もう言うのを止(よ)した。

その晩、ぼくが勉強している北向きの小部屋に嫂がやってきた。
「入るわよ」
ささやかな夕食が終わって、小一時間ほどしたころだった。
今日は、寒いのでお風呂を止しにしたのだ。
火鉢の鉄瓶がしゅうしゅうといそがしく音を立てていて、それ以外の音はなかった。
ところどころ破けた障子を開けて、いっちゃんが入ってきた。
「なんだい?いっちゃん」
「干し柿、食べない?」
「ああ、食べるよ」
いっちゃんは、ぼくの万年床に腰を下ろして、ぼくが昔、工作でつくったいびつな机の上に干し柿の乗った皿を置いた。
熱いほうじ茶の湯飲みも用意されている。
「耕ちゃん、お昼間のことだけど」
何のことだろう?
「何?」
「啓太郎さんにもしものことがあったときのこと」
「ああ、あの話か」
「いいよ。あたし、耕ちゃんのお嫁さんになってあげる」
ぼくは振り向いて、嫂の顔をしげしげと見つめた。
「ほんと?」
「うん」
はにかんだ、いっちゃんはぼくから目線をそらした。
もじもじしていて、そのうち、
「耕ちゃん、してあげようか?」
にわかには、ぼくには理解できなかった。
「なにを?」
「こっちにいらっしゃい」
嫂の顔はいたずらっぽく表情を変え、ぼくを後ろから引っ張り蒲団に倒したのである。
「いっちゃん…」
「耕ちゃん、あなた、いつもひとりでしてるんでしょ?」
「…」
嫂の手は、着物の合わせ目を探り、ふんどしのなかに進入してきた。
もうその時には、硬くなってしまっていた。
「ほら、もうこんなに…」
握るように、嫂の冷たい手が分身を包み込む。
「ああ」
吐息とも、声ともつかない音をぼくの喉が発する。
「こんなに硬くして…もう大人ね」
「いっちゃん」
「あの頃は、まだまだ小さかったのにね」
いつ頃のことを言っているのだろう?
宝来川に泳ぎに行ったときのことだろうか?
いっちゃんに裸を見られたとすればあの、十歳のころをおいてほかに思いつかない。
その間も、ぼくが自分でするように上下に皮をこすってくる。
このままだといっちゃんの手に出してしまいそうだった。
いっちゃんの顔はぼくのそばに息づき、寒いのに汗ばんだ額が印象的だった。
女の匂いが強く香り、ぼくの鼻翼は膨らんだ。

「耕ちゃんは、あたしのお風呂を覗いたり…啓太郎さんと睦み合っているのを覗いたりしてたよね」
すでに、お見通しという余裕の笑顔でぼくを見つめる。
「そんなこと…」
「してないって言うの?」
勝ち誇った、いっちゃんの目の前でぼくは認めるしかなかった。
「してた…」
「ほらね」
握る手が強くなり、皮が下に引き延ばされる。
「あ、ああ」
強い射精感が襲ってきて、ぼくは抗えず、そのまま着物の中で射精してしまった。
乳を搾るように、硬さを失っていく陰茎を、嫌いもせず嫂はやさしく搾った。
「あらら、だしちゃった」
意地悪く、いっちゃんがぼくに言う。
「もうやめて…」
射精後は、あまり触られるとくすぐったかった。
「拭かないとね。前を開けるわよ」
「うん」

「この部屋、寒くない?」
お互いの白い吐息が寒さをあらわしていた。
「ちょっとね」
「ね、耕ちゃん、したいんでしょ?」
今や何を言っているのかわからぬ朴念仁ではなかった。
「したいけど、いいの?」
「よかないけど、このままじゃお勉強にも差し支えるわね」
嫂は立ち上がり、着物を脱いで、ぼくの搔巻(かいまき)を羽織ってしまった。
「耕ちゃんも脱いで、そこに寝なさいよ」
ぼくは寒かったが、これからすることで嬉々として着物を脱いだ。
すき間風が入る小部屋で、裸電球の下で二人の男女が裸で影を揺らしていた。
火鉢の鉄瓶だけがしゅうしゅう鳴っていた。

いっちゃんは、搔巻のままぼくにかぶさってきて、さながら蒲団の中のようだった。
嫂の乳房が目の前で揺れていて、
「吸ってもいいのよ」
と誘われた。
ぼくは幼いころにおふくろを亡くしていて、女の乳に触れた記憶もない。
遠慮なく口に含んだ。
はぷ…
「ああん、くすぐったい」
嫂は手で、再び硬さを増してきたぼくをしごいている。
「硬いわぁ、こんなになって」
きゅっと下に皮を引き延ばされた。

「ねえ、キスしたことある?」
「ない」
「お口を出して」
そのまま嫂は自分の唇を重ねてきた。
それだけではない。
唇が舌でこじ開けられ、歯の間を通り越してぼくの舌と絡んできた。
「む…」
「あむ…ちゅっ」
口の中が姉の甘い唾液でいっぱいになった。
口からあふれそうになり、飲み下すしかなかった。
ゴクリ…
「はふう」
嫂が口を離し、大きく息を吐いた。
「そろそろ、いいころね」
そういうと搔巻の中で、いっちゃんがぼくをまたぎ、腰を落として、ぼくは何か柔らかい、あたたかな場所に入っていくのを覚えた。
「ああ…硬いわぁ、ほんと硬い」
しきりにぼくをほめる。
ぼくはビンビンに、痛いくらいに勃起していたと思う。
寒いはずなのに、嫂の体はうっすらと汗ばんで、甘ったるい香りを発していた。
「はっ、はぁっ」
「き、きもちいいよ、いっちゃん」
「入ってるのよ。わかる?耕ちゃん」
「わかる。すっごくあったかい」
「あんたのこと、好きよ。啓太郎さんと同じくらい」
そう言ってまた口を吸ってきた。
む…はぷっ…ああんむ
ぼくは自然に腰を突き上げるような動きをし、嫂はそれにこたえるように尻を押し付けてきた。
嫂の固い、しこりのような奥にぼくは自分を押し付けていた。
「うああん、いい、いいところに当たるわ」
そんな言葉を口走って、さらに激しくいっちゃんが腰を使ってくる。
もう、搔巻は舌に落ちて、肩もあらわになっていた。
暗がりで丸い乳房が彫刻のように浮き上がって見えた。
ぼくはたまらずその双乳に手を伸ばし、しこった乳首をつまみ、ねじった。
「ひゃぁ!」
嫂が悲鳴に似た声を上げ、ぼくの分身がきゅうっと搾られる。
「いい、耕ちゃん、すごくいい。上手よ」
「いっちゃん、いっちゃん!」
「ほんと元気ね、またいっちゃいそう」
嫂は、何度か「いって」いると言った。
ぼくは、大人の女を「いかせる」ことができているのかと思うと、大胆になった。
嫂を転がして今度はぼくが上になった。
いっちゃんの両足を持ち上げて、深く自分を差し込む。
「きゃぁ、深いぃ!」
「いっちゃん、中に、中に出しちゃっていいの?」
「もう、知らない、好きにしてぇ」
「ぼくといっちゃんの子ができても?」
「いいよ、わかんないよぉ」
嫂は、兄ちゃんの子でも、その弟の子でも孕むつもりなんだ。
そんなら遠慮なく、中にぶちまけてやる…
腰を激しく動かして、絶頂に向かってぼくはひた走った。
しびれるような快感が腰に走り、嫂に抱き着いて、深いところで放った。
何度も…

そして、そのままぼくたちは寝てしまい、朝を迎えた。
「いっけない、ご飯のしたくをしないと」
そういって、そそくさと身支度を整えて嫂は出て行った。
ぼくは天井を見ながら、自分の吐いた白い息の行方を目で追っていた。
そうして昨夜の出来事を反芻していた。
激しく朝立ちをしており、手でその硬さを確かめていた。
「兄ちゃん、ごめんな」
小さく声に出して、ぼくは詫びていた。

(おしまい)

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