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逃避行 終章

「おかえりなさい、なおぼん」
金魚鉢の中で、パーソナリティの森田検索がねぎらってくれる。
「少しばかりお暇をいただき、ラジオの仕事をお休みしてました。ごめんなさいね。それでは「ぼんリク」をはじめましょう!」
「府警のみなさんは、なおぼんを追い詰められたんでしょうか?」
「無理無理、だって初動で誤った方向に行ってんだもん。先入観で横山尚子という人物を勝手に想像して突っ走ってるから、まったくだめね」
「ですよねぇ~。俺の前にいる人があの「横山尚子」とはねぇ。どこまで嘘つきなんだか、この人は」
「見た目がまず違うでしょう?」
「そうそう。そうなんだよ。おれなんか、知ってるからいいようなもんの。横山尚子がまさかこれだとは・・・」
「だっしょ~」
うあははは!
「さて、お手紙読みましょうか。え~と、堺市のラジオネーム「しまくり千代子」さんから…昼間っから、しまくってんでしょうか?やらしいですねぇ」
「あんたに言われたないわと、言うてると思いまっせ」
「わたしは、妻子ある人とお付き合いしています・・・だって」
「ベッキーかいな」
「流行ってんの?こういうことカミングアウトするの」
「まあ、雨後の竹の子のごとく」
「どうすりゃいいのさ思案橋・・・って歌の文句にあるような気持ちです・・・だそうですよ」
「ほんで、リクエストは?青江三奈?」
「ぴんぽ~ん!では青江三奈さんで「長崎ブルース」です。どうぞぉ」

♪・・・・

「北帰行」って歌あったよね?
あたしが、検索に聞いたら、彼、たちどころに、
「小林旭ですね」
「たしか、そう」
「窓はぁ夜露にぬれてぇ…」
「歌わんでええから」
「宇田博さんの作詞作曲でね、のびのびしたいい感じの曲です。実はこの歌は、旅順にあった旧制高校の寮歌なんですよ」
「そんな古いものなん?」
「そうなんです」
森田の鼻が自慢気に膨らんだ。
「じゃ、レコードある?あたしリクエストしちゃう」
「ありますよぉ。では小林旭の歌で「北帰行」をお送りします」

♪♫…

「次のリクエストです。神戸市垂水区のラジオネーム「くまどり姉妹」さんです。歌舞伎役者みたいな姉妹ですね。なんか想像すると怖いわぁ。お聞きになりたい曲は、中島みゆきの「地上の星」です」
「おお、これもええですね。デーモン小暮閣下がこれをカヴァーしたのがあって、あの方、声楽をやっておられたそうで、そりゃあもう素晴らしい歌唱でした。おれもああいう歌を歌いたいなぁ」
「歌えば」
「いえいえ、とてもとても」
「ご謙遜を。カラオケでいやっちゅうほど聞かされたわ」
「では、中島みゆきさんで「地上の星」をどうぞぉ」

♫…

「中島さんの独特のヴィブラートが、名もない、それでも頑張っている人たちの哀愁を誘いますね~」
「NHKの番組のテーマだったんだよね」
「プロジェクト・エックスですよ」
「そうそう。ものづくり日本の原点を披瀝する。ナレーションが良かったなぁ」
「田口トモロヲでしょう。いいですよねぇ、あの語り」
「どうでもいいこと、良くしってるわねぇ」
「ありがとうございます」
「けなしてんのよ。あたし」

「なおぼん、おみやげはないんですか?北の方に行ったんでしょ?」
「あるわよ。ちゃんと買ってきたわよ」
あたしは、菜菓亭の「河川蒸気」というどら焼き風和菓子の箱をテーブルに置く。
「かせんじょうきって読むの?」
「まあ開けてみ」
ビリビリと紙を剥がして、中を出す。
小指の爪でセロテープを剥がすのが、じじくさいやつである。若いのに。
「新潟の名物ですかぁ」
「そうらしいよ。みんな買ってた」
「蒸しカステラですね。うまそうだ」
「クリームであずきを和えたものが挟んであるんだって」
「うまい」
「よかった」

こうして、あたしの逃避行は終わったのだった。
警察の方々、ご協力ありがとうございました。
「え、まだわかんないの、あたしの正体」
人間だと思ってるでしょう?
ばかだね。

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