世代差がでかすぎる件。

私は1972年生まれ。
短大卒なので、卒業時が1993年の3月。
ピンとくる人は早い。そう。バブル崩壊直後の、言うなればファースト氷河期世代である。
まだ「氷河期」「ブラック企業」という単語も生まれていない。
まさに失われた10年の始まりと社会生活が同じスタートだった。
「就職で苦労するのはその人物の努力が足りない」とされていた時代だった。
それから26年。

非正規労働者がすっかり普通になり、私としてはかなり話の合う人が増えたように思う。
そして、たまにTogetterでも同世代が「あの頃はひどかった」という声を聞くようになった。
ようやくという感じだ。

あの頃は何を言っても自分に問題があるかのように「自己責任」で片付けられていた。
そして、努力が足りなかったからこうなった、と家族からも責められ、自分も自分をずっと責めていた。

1つ上なだけで、就職がイージーだった世代と、知らぬ間に超ハードモードになっていた我々世代。

「40代の人手不足」

こういうニュースを見ると、1972-73年生まれは何とも苦々しい気持ちに襲われる。

お前らが勝手に採用を絞って、未来ある若者を路頭に迷わせたんじゃないか。
25年経って気付くんかボケ。

2−3歳年が違うだけで、バブル世代にはこうもお金があるのかと痛感することがある。
ましてや先輩だ。嫌味も通じない。
何かこう、どうしようもない分断差を感じる。

これが世代差だろうか。

こんな1歳や2歳違うだけで、前提が違うような社会で、もう30年生きている。兄や姉がいる同い年は比べられ続けている。
10歳下の氷河期世代の就活は、さらに地獄絵図だったとも聞く。
我々も地獄だった。
大学は遊ぶところ、就職はラクラクだと誰もが思っていた。

現実はまるで違いすぎた。
誰もが想像できないぐらいだった。

親は我が子の思ったように進まない就活に夜も眠れなかっただろう。
そんな親御さんがたくさんいるに違いない。

同級生はバイトのまま26年働いている人ばかりだ。

生存バイアスという単語の通り、サバイバー同士でしか話すことはできない。私もいま、奇跡的に残っているに過ぎない。

見えない同級生、消えていった同級生の存在は、見えないだけに余計に重い。

世代差っていうと、一般的には10歳ぐらい違うと話が合わないという感じだが、我々は1歳違うと全然違う。
上下関係を差し引いてもだ。

今となってはどうすることもできない。
旧友と会って旧交を温め合うぐらいだ。

#世代差 #氷河期世代