#4 ベトナムでは想像できないことが起こるよ(2)
こちらの記事は『#3 ベトナムでは想像できないことが起こるよ(1)』の後編になります。
前編をお読みで無い方は、そちらを読んだのちに本編をお読みください。
そのような、すっかりと雰囲気が悪くなってしまった場にグェン君(仮名)と私は戻ったわけですが、門が開いていない理由を問い詰める住人たちに、なかなかグェン君は鍵を無くしたことを言い出せません。
しかたがなく、私が拙い英語で鍵がなくなったことを伝えると、なぜか私もその原因の一端であると勘違いされてしまい、早口で聞き取れない英語をもって私まで責められる始末です。
なお、これについてはいまでも、私の英語力の問題で正しく伝わらなかったのではなく、頭に血が上った彼らの理解力ゆえの勘違いだと思っています。
そんな状況で私たちがただ責められ、何の解決にも至らなかったのですが、ここでグェン君が何を根拠にしているのかわかりませんが「俺たちは悪くない!」と下手くそな英語で喚きはじめます。
この時はさすがに私も「 " 俺たち " って言うな!」と彼の頭を引っ叩きそうになりましたが、怒号が飛び交う中で英語を母国語としない、和をもって尊しとなす日本国民として顔を青くするだけでした。
そして、当然この言葉は住人たちの怒りにさらなる火を注ぐこととなり、彼らは F から始まる言葉を喚き散らします。
事態はもはや門が開かないことへの不満や怒りではなく、われわれ二人を罵り追い込む行為に進行しておりました。
そんな怒号が飛び交う中ふと目をやると、グェン君はいつものおちゃらけた表情からは想像できないような表情で、目を真っ赤にして何かを思い詰めたようにうつむき、握りしめた拳を小刻みに震わしています。
すると、私の視線に気付いたのか、彼は私に一瞥をくれると踵を返し、地下の駐輪場に走り出しました。
向かった先は彼がいつも怠けているハンモックの置かれた場所で、ガサガサと何かを漁っている様子です。いまでも覚えておりますが、このハンモックの周りにはどんぶりやら箸といった食器類、トランプや将棋盤などの遊具を入れた段ボールがいくつも積まれており、その一角だけゴミ置き場のような様相でした。
ほどなくしてグェン君は何かを見つけたようで、再び走って門の付近に戻ってきました。
我々のもとに戻ってきた彼は、ほんの少しの距離を走っただけなのに、肩で息をするぐらいに興奮している様子で、額には汗が滴っています。
そして、相変わらず拳を握りしめていますが、その右の拳には先ほどとは異なり鈍く光る何かが握られています。
よく見るとそれは、いつも彼が果物を食べる際に使用している果物ナイフです。
その場にいた全員の目線が彼の右手に集まり、すわ刃傷沙汰かと一瞬にしてその場の空気が凍りつきます。
普段は怠け者の彼ですが、仮にも圧倒的な物量と近代兵器をむこうにゲリラ戦を何年も戦い抜き、ついには勝利をおさめたベトナム国民の血をひいた男です。平素おちゃらけているからといって、この小さな果物ナイフひとつでひと立ち回りを演じることなど造作もないことなのかもしれません。
そして、先程まで罵詈雑言を浴びせていた住民たちは一様に静まり返り、及び腰に後退をはじめます。
一方、グェン君はというと、そんな彼らを気に留めることなく、いつもはキョロキョロと動く目を動かさずに一点前方だけを見つめ歩を進めます。
そのグェン君の迫力に気圧された住人たちは、あたかも聖書に記されたモーゼの海割りの如く彼のための道をあけていきます。
そして、グェン君はそんな住民たちの動揺を歯牙にもかけず、ついに門前に到着すると南京錠を左手に持ち、フックの部分を右手に持った果物ナイフにあて、鋸のようにそれを押したり引いたりを始めるのでした。
すでにお気づきかもしれませんが、彼は果物ナイフで南京錠のフックを切ろうとしていたのです。
しかし、その南京錠は前述のとおりゲンコツのように大きく、フックは人の指ほどの太さはあろうかという代物で、とても貧弱な果物ナイフで切れるはずもありません。
おそらく、この場においては比較的冷静だった私はいち早くこの事態に気づき、本気で果物ナイフで南京錠を切ろうとしているグェン君の必死な姿に、いつもの彼の落ち着きのない振る舞いとの対照を見て、吹き出しそうになりました。
同様に、はじめは何が起きているのか理解できずに呆気に取られていた住人たちも、恐怖から解放された安堵も手伝ってか、そんな彼の行為の馬鹿馬鹿しさ、常識はずれな考え、無謀な行動に次第に顔がほころび、しまいには大笑いを始めます。
しかし、そんな我々の哄笑をものともせずにその作業を続けるグェン君の姿は、風車に立ち向かうラ・マンチャの男を彷彿とさせ、つまりちょっと危ない人そのもので、以降グェン君をからかうことを控えようと思わせるのに十分なものでした。
その後どうなったかというと、グェン君の努力も虚しくというか、当然の如く南京錠のフックが切れることはありませんでした。
そして、門外でガタイのいい欧米人の客を待っていたタクシーの運転手が業を煮やし、何かを野次馬に向かって叫びはじめました。
ほどなくしてある野次馬の方が、どこかからバールを2本持ってきて、タクシーの運転手はそれを受け取ると、南京錠のフックにひっかけて器用にそれを壊し、我々は無事に門の外へ出ることができました。
その後、私はそのアパートから少し離れた街に転居することになり、この近所に来ることも少なくなっていきました。
たまに近所を通る際にはアパートを覗き込んで、グェン君がいたら挨拶をしていましたが、しばらくすると彼の姿はなくなってしまいました。
私が転居した後も顔を合わせるとヘラヘラと話しをしてくれた愛嬌のある彼でしたが、その仕事ぶりを考えると解雇されてしまったのだろうと想像に難くありません。
あの明るく人懐っこい性格をもって、どこかで頑張って仕事をしていることを祈っています。
以上、長々と私が体験した " 想像できないこと " を綴ってみましたが、あらためてまとめてみると、" 想像できないこと " ではなく " 想像できないグェン君の思考 " な気がしてきました。
最後に、いまでも時折グェン君のことは思い出しますが、同様に門外で待機していたタクシーの運転手の南京錠を壊す手際の良さも思い出します。なぜあんなに手際よく南京錠を壊せたのでしょうか?
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