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#22 私は〇〇人ではありません

最近、当地ベトナムはホーチミン市内の私がたまに通っていたカフェの店主が隠居されたようで、息子さんが切り盛りされるようになりました。
とはいえ、以前より店主はほとんど仕事をせずに、店の奥の席に陣取っては、おそらく終日タバコを燻らせては、たまに常連客と会話をしたりしており、店主の体をなしていない状態であったのではないかと考えております。
先日、店にうかがった際、店主の指定席である店舗奥の席が空いていることが気になり、どうしたのかと息子さんに尋ねると、仕事を引退してしばらく故郷に帰っているとの返答を受け、そのことを知ることになりました。

先に述べたとおり、実質は息子さんのお店でありましたので、店主が引退したところでメニューや味が変わるといったことはなく、お店に顔を出している常連客の顔ぶれも以前のままです。しかし、唯一変わったのが、以前はベトナムの演歌のような曲が常に流れていたのですが、息子さんの嗜好なのか、最近ではポップスが店内の壁にかけられたスマートテレビで流されるようになりました。
雰囲気が変わったのもいいものだななどと画面に目を遣るのですが、最初は韓国のアイドルの曲かと思っていたのですが、流れてくる歌詞はベトナム語です。私は詳しくはない、というよりはほとんど知らないのですが、画面の中で歌い踊っている女性の髪の色や服装、化粧の仕方などは韓国アイドルのそれとそっくりだと思われ、ミュージックビデオに出演しているバッグダンサーの何人かの男性の髪の毛も派手に着色されています。
ベトナムの女性といえば長い黒髪を誇るような風潮であったと思うのですが、以前より染髪する方は一定数はいたものの、最近ではその数が増えた上に色が派手になっているように感じております。

演歌のような曲が流れているカフェの方が落ち着いたりします

韓国などの外国人に見間違えてしまうのは、何も歌手に限ったことではなく、一般の女性も同様であり、繁華街などで見かける女性が、どこの国の方なのかわからないことがたびたびございます。
以前にコスプレなのかファッションなのかはわかりませんが、やはり繁華街を二人の若い女性が日本の女子高校生の制服を着て歩いておりました。この制服が何かの衣装として仕立てたような品質ではなく、また制服だけでなく足元も当地では珍しく革靴を履いておりましたので、てっきり日本の高校生が修学旅行で当地を訪れたのかと勘違いしたことがございました。

さて、このような勘違いは外国人であるわれわれからのみ起こるものではなく、ベトナムの方々からわれわれ外国人に対して勘違いをされることも頻繁にございます。これは当地に住まれている方々だけでなく、旅行で訪れた方々も同様だと思いますので、経験された方は結構多いのではないでしょうか。
われわれ日本人は、まず大抵の場合、端から日本人と見られることは少なく、当地に住んでいる外国人の人口比率に沿ってなのか、はたまた他の理由からかは分かりませんが、韓国人、中国人、台湾人の順に間違えられる確率が高いように思います。
そして私は、どこの国の方と間違えられたかは明言しませんし、これは土地柄なのかもしれないという前提の上で、この間違いによりいくつかのトラブルに巻き込まれた経験がございます。

拙宅付近は外国人の方が少ないせいか目立ってしまい、よく「どこからきたの?」との質問をよく受けます

ベトナムの南部、カインホア省の省都であるニャチャン(Nha Trang)は風光明媚の四字熟語が至適な地であり、ベトナムの方々はもちろんのこと、外国の方々にとっても人気なビーチリゾートの都市です。同じベトナム南部のホーチミン市からは、バスや自動車で九時間ほど、空路で一時間ほどで行くことができます。
なお、最寄りの空港は同カインホア省にございますが、ニャチャンではなくお隣のカムランにあるカムラン国際空港であり、空港から市内中心部まではバスやタクシーで一時間ほど要し、ニャチャン空港ではございません。
私もこのニャチャンには陸路や空路で年に一度ほど訪問しており、大変好きな街の一つではありますが、どうも時として鬼門となるようで、国籍を間違えられた故のトラブルに何度か遭遇しております。

鬼門といえば、ニャチャンに空路で行く際に、便が遅延しなかったことはない気がします

ビーチリゾートであるニャチャン旅行での食事といえば当然海鮮料理があげられます。単純に焼いたり蒸したり炒められた魚介類も大変美味しいのですが、日本のさつま揚げのようなチャーカーChả cá、魚の切り身やクラゲを具としたベトナムを代表する麺料理の一つブンBún、豚肉をすり身にして串に刺し、つくねのように焼かれたネムNemなど、多くの名物がございます。
その名物の中に私が特に好きな、バンカンBánh Cănという名のたこ焼きのような料理がございます。
米粉を水で溶いた生地を、ちょうどたこ焼きのプレートに似た調理器具に流し込み、イカやエビや貝、ひき肉やウズラの卵を具として焼きあげ、小口切りされたネギがたっぷり入ったタレにくぐらせ、マンゴーの千切りとともにいただきます。
そして、手軽に食べられる料理であり、また値段も安いことから朝食に食べられることが多いように見受けられ、人気のお店などは朝から満席となっております。

拙宅の比較的近所でもニャチャン料理の美味しいお店がございます

最近ではニャチャンを訪れてもあまり遠出はせずに、海やプールでのんびり過ごすことが多いのですが、以前はレンタルバイクを借りては市内から郊外まで徘徊し、美味しそうなお店を探しておりました。そんな中、朝から狭い店内はもとより、道路に並べられたテーブル席まで満席の上、何人かは席が空くのを待っているバンカンのお店を見つけました。
その日は別のお店で朝食を摂ってしまっていたので、後日に再訪することになるのですが、その日はいくつかのテーブルが空いており、これは幸いと早速席に着きます。すると、往来でバンカンを焼いていた店主と思しき年配の婦人が興奮し、何かを叫びながら私に近づいてきます。
何事かとそちらに目を遣ると、「〇〇人は出て行け」と喚き、大そうな剣幕で手にしたおたまを振り回しています。

バンカンを焼いている様子(このお店は本文とは関係ございません)

はて、私以外に外国人のお客さんなんていたかと周りを見回すのですが、どう見てもベトナムの方々ばかりです。
そして、婦人が私の目の前に立ちはだかるに至り、ようやく彼女が私の国籍を勘違いしていることに気づき、私は日本人であることを告げるのですが、私のベトナム語が通じないのか、相変わらず「〇〇人は出て行け」と喚いています。
周りのお客さんも何事かと私とそのご婦人に注目する中、少し離れた席の若いカップルが近づいてきて婦人に私が日本人であることを告げ、取り成してくれようとするのですが、興奮してしまっており全く耳に入らないようです。
結局、これ以上そこにいても周りに迷惑をかけてしまうことになるので立ち去るのですが、なんとも後味の悪い経験となりました。

ニャチャンは何もしなくとも楽しめる街だと思います

そして、こちらもまた市内をバイクで徘徊していた際に見つけた海鮮料理の居酒屋での話しとなりますが、こちらはさすがにやられっぱなしではまずかろうと、間違えた奮闘をしてしまったトラブルとなります。
そこは中心地から北に進んだあたりにある海鮮居酒屋で、やはりこのお店も大変多くのお客さんで賑わっておりました。これは間違いないだろうと早速入店しようとするのですが、一階は満席のようで、表から見るに四階まで客席があるようでしたので、空席があるか店員の方に尋ねてみます。すると、私が話しかけた威勢の良さそうな二十代後半かと思われるちゃきちゃきとした女性が、一瞬にして機嫌が悪そうな表情になり、「〇〇人は床に座れ」と言うではありませんか。
お店が混み合っており、忙しい中話しかけられて機嫌が悪くなったことは十分に理解はできるのですが、さすがにこれは何か物を申さなくてはいけないと考えます。すると、それを横で聞いていた若い男性店員が威勢の良さげなお姉ちゃんに追従するように、そのお姉ちゃんが口にした国の単語を発しては踊るようなポーズをもって私を揶揄ってきます。

そういえばニャチャンで初めてハコフグをいただきました

瞬時に方針を『物申す』から『お仕置き』に変更した私は、まずは一階席のお客さん全員に聞こえるほどの音量で「オイ(ơi)(ベトナム語で人を呼ぶ際に使用する言葉です)」と叫びます。
威勢の良さそうなお姉ちゃんと、それに追従したお兄ちゃんは驚きに目を見開き、三白眼を作った私はそんな二人を交互に睨みつけては間髪を入れずに、「この店は外国人はテーブルで食事をすることができないのか?床は外国人専用の席なのか?それとも〇〇人だけが床なのか?私は日本人だが床に座るから皿と箸をすぐに持ってこい」と捲し立てます。
誤解なきよう申しますと、普段であれば相手の年齢や立場にかかわらず、敬意を持って接するよう心がけている私でありますので、もちろん怒りの感情はあるものの、これは『お仕置き』のための演技でございます。しかし演技とはいえ、なぜか気持ちに昂りがある状態であると流暢にベトナム語が出てくるもので、するとますます心は高揚し、さらに二人を問い詰めることになります。

まさかこのような反応が返ってくるとは思っていなかったと思われる二人は目を泳がせており、当然周りに聞こえるように騒いでいたわけですので、一階の席に着いているお客さんは何事かとこちらを注視しており、また他の店員の方も仕事の手を止めてしまっています。
そんな中、店主と思われる年配の婦人が慌てて駆け寄ってきて、オロオロしている二人に何か叫び、近くのちょうど少し前に会計が終わり空いた席に私を押し込むように着かせます。
十分にお仕置きをしたことですし、このまま帰ってもよかったのですが、私の性格の悪さが発露し、婦人に例の二人の名前を尋ねると、席につき食事をしていくことにしました。そして婦人は私の着いたテーブルをその二人に片づけさせると、その後しばらく、こっぴどく二人を叱りつけているようでした。

ニャチャンではホーチミン市ではお目にかからない派手なシクロ(自転車タクシー)を目にします

二人の名前を知った後、私は嬉々としてその二人から集中的に注文をすることになるのですが、当地ではビールを注文する際に、一本ずつ注文するのではなく、まとめて何本か持ってきてもらい、飲んだ分だけ支払いをすることが多いのですが、あえて一本ずつ何度も注文したり、また、ビールに入れる氷も通常ではバケツなどに入れてもらい、自分でグラスに入れるのですが、それを拒否し、何度も氷をもらうなど、なんとも子供のような嫌がらせをしておりました。
店主から怒られた上に、面倒なことを何度も意地の悪い薄ら笑いを浮かべて繰り返させる私に、威勢よく啖呵を切ったお姉ちゃんは意気消沈し、ヘラヘラと追従したお兄ちゃんは怯えるような表情になっています。
ここに至り、私もやりすぎてしまったことに気がつき、すっかり申し訳ない思いになり、帰る際にその居酒屋の前にあった屋台でミルクティーを買い、二人に「ごめんね」と伝えてミルクティーを渡して帰るという、後味の悪い結末となりました。

なお、この海鮮居酒屋はどの料理も大変美味しく、特に貝が新鮮であり、さすが人気店といった食事を楽しめたことをお伝えしておきます。
またニャチャンに行った際には訪問をしたいと考えているのですが、もしあのお姉ちゃんとお兄ちゃんがまだ働いているようでしたら、一年ほど前の日本人による嫌がらせの件を忘れていてくれることを願います。万が一覚えていらっしゃるようでしたら、またミルクティーをごちそうさせていただきます。

またニャチャンに行った際は海鮮居酒屋に顔を出そうと思います

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