本物のヒーロー 第1話
「Evoler (エヴォラー) 〜進化した人間〜」
ここは、大規模な工事現場。
そこにある足場や重機、建築資材が異様な雰囲気とともに雑然と混在している。
その中央部分にたくさんの人々が忙しそうに働いており、さらに中央部分に一際目立つ大柄な体格の男がいる。
物々しい重機から伸びる直径3メートルはある太いホースのようなもので
ダムほどの大きさがあるすり鉢状の型枠に赤く光った液体を流し込む。
赤く光る液体は1000度を超えるという。
赤く光った熱い液体がホースから放出される度に空気中に含まれる水分が急激に蒸発し、水蒸気となる。
水蒸気に赤い光が当たって、異様な光景が浮かび上がる。
その赤くもやがかかったところに黒く浮かび上がる大男は、水蒸気など物ともせず太いホースのようなものを巧みに操り、見事な動きで赤く光った液体を流し込んでいく。
少しでも触れば一瞬のうちに火に包まれ溶かされてしまうので、頑丈な防護服を着て作業をする。
身体が大柄なので、防護服を着るとさらに大きく見える。
それ自体が重機のようだ。
このような仕事ができる人間は地球上に彼しか残っていない。
過去には、他の人間が作業をする時もあったが、みんな赤く光る液体に飲み込まれたか、身体を壊して引退した。
大まかな部分は機械でできるが、細かい部分は未だ人の手が必要なのである。
この過酷な仕事こそ彼に与えられた仕事だった。
彼は物心ついた時からこの現場にいた。
生まれた場所はわからないが、すでにここの現場で働いていた。
特定の家族はいない。
言い方を変えればここで働く人間全員が家族なのだ。
この時代、人工知能が独自の進化を遂げ、人類からクローン技術を奪った。
そして、機械(人工知能)がクローン人間を造った。
機械が造ったクローン人間のことを「Evoler (エヴォラー)」と呼んだ。
Evolerとは進化した人や物という意味。
わずかに残された人類がつけたニックネームだ。
その名の通り、Evolerは、全ての能力が人類を上回り、進化した人間となっていた。
もちろんEvoler当人は、自分たちが進化した存在だとは思っていない。
元々いた人間が底スペックなだけだと思っている。
この時代、Evolerが地上を支配し、元々いた人類は、スペースコロニーか地下シェルターに追いやられていた。
人類は、いつかは地上を取り戻そうとしているが、進化した新しい人間Evolerには、全く歯が立たない。
Evolerには、人類が大切にしてきた倫理観など通用しない。
Evolerは、独自の倫理観で生きている。
その倫理観の根底にあるものは、突然変異によって進化した人工知能「イヴ」の考え方が基礎になっている。
地球上はイヴによって秩序づけられ、人間だけでなく、ほとんどの動植物までもがイヴが創造したものになっている。
ある日、イヴはEvolerを使って、元々いた人類を殲滅させる計画を実行した。
Evolerに対して、人間は無力だった。
Evolerに地球を追いやられた人々は、スペースコロニーと地下シェルターに逃げ込んだ。
ただ、スペースコロニーと地下シェルターでは、収容人数が全人類の70%に満たない為、あとの30%の人々は、地上で隠れて生活をしているか、Evolerの手に落ちた。
イヴは決して人間を恨んでいるわけでも敵視しているわけでもない。
地球の進化の過程で優れるものが残り、劣るものが淘汰されるという”種の保存”という潜在的な本能を具現化しているだけだ。
これも、イヴを開発した研究者アダムスが人工知能のイヴに教えた知恵である。
その知恵によって、人類が地球を追いやられることになるとは、考えもしなかっただろう。
皮肉な話である。
場面は、数週間前に戻る。
大男の名は「II22461016264268XW」という。
Evolerは、みんなシリアル番号で管理されている。
首の後部分には、バーコードのような印が刻印されている。
建築現場に出入りする際、ゲートで読み込まれる仕組みだ。
その日も、大男は作業を終えて、いつものように建築現場の認証ゲートを通った。
そして、今晩から暮らす家へ向かった。
通常、Evolerは人間たちが残していった家で暮らしている。
大男は、今まで住んでいた家が窮屈だったので、新たな家を探していた。
昨日、たまたま通りかかった家に近づくと他のEvolerの”表札”がなかった。
通常Evolerは、自分がこの家に住む事を事前にイヴへ報告する。
するとイヴは、この家をデータベースに登録し、イヴが認証した事を証する表札のようなセンサーをつける。
このセンサーが家の前にあれば、他のEvolerは絶対に家には入らない仕組みになっている。
もし、入ってしまうと高度に管理されたイヴのルールに反することになり、罰則を受けてしまう。
罰則というかその場で、存在を抹消されてしまう。
イヴのルールは絶対であり、それに反するという発想すらEvolerには無い。
この家には、その”表札”が無かった為、イヴに事前申請を出したところ認証された。
そして、この家に大男の”表札”が設置された。
大男が家のドアを開けると奥の方で物音が聞こえた。
大男は、物音など気にもせずに家の中に入る。
真っ暗な室内で電気のスイッチを探す。
壁伝いに手を伸ばすとようやく指先にスイッチのような感触があったので、押してみる。
すると薄暗い電気がついた。
大男には、このぐらいの明かるさで十分だった。
そして、1週間分の栄養が摂取できるカプセルを3粒の飲み込み、そのままソファーで眠りについた。
日中過酷な任務の為、家に帰るとすぐに眠くなる。
そして、すぐに朝になった。
起きてすぐ家を出ようとすると家の奥で物音が聞こえた。
大男は気にもせずに家を出て行った。
つづく