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記憶の海へ

「還暦ってこんなん?」

「お先に」 の友人は口を揃えてそう言う。

「若いころ見てきた還暦迎えた人ってもっとなんか、こう・・・大人!って感じだったよね? なんか、こんなんでいいんでしょうか?って気がする・・・」
というのが還暦を迎えた事に対する感想でした。

私もあと数ヶ月後に
人生初めての「還暦」という
節目のイベントを迎えます。

この数年、子供の頃のこと、今は亡き家族との関係、自分という存在がなぞってきた人間関係をやたらと探りに行っていた。コロナ禍という環境のせいだろうかと思っていたけれど、そればかりではなさそうです。
何かを回収し始めているような
伏線回収のような そんな毎日で
目にするもの、耳にするもの あらゆる事が 「今の自分を揺らす」感じがしました。
年を重ねるとはそういう事で
誰もが通っているんだろうな。
身近にいた両親も私のしらないところでこんな作業をしていたのだろうなぁと思います。 
沢山の時間だった、はず。
膨大な出来事、感情、絡む言葉、視線
幸福も苦痛も海辺の砂のごとくだ。
出来上がりは、「これ」で、「これでいいの?」と思っている訳です。

今年の春、「青春18きっぷ」というものを初めて買ってみた。
なんだか動きたくなった。
確か コロナ禍の前もやたらと
(どこかへ行かなくちゃ) と
友人と1日旅行、娘との旅行、遠くにいる息子のいる街、跳びまくった。
わからないけれど、また動かなきゃという気がするのなら 従うべしと切符を買ってみた。
5回分の乗車1日乗り放題・・・早朝から出て遅くならないように帰れる京都を数回に分けてじっくりと散策。
楽しい一人旅だった。
そして 最後の1回。

「あの海」

それは最初から決めていた。

18歳、高校卒業、冬、デート。
遠距離恋愛を迎える不安、寂しさ、
将来の事 あまり明るい気持ちで見た海ではない。
でも、彼と二人で砂浜を歩いた事しか記憶にない。
どんな海だったのか、どんな波を眺めたのか?  全く記憶にない。
「あの海を見たい」
とずっと思っていた。
大切な18歳の私が見たはずの「海」を確認してみたかった。

あの頃の私にはとんでもない遠出
だった。
姉にコーディネートしてもらった
はきなれないスカートで出掛けた。
バスに乗り、山あいの田舎を出て、電車に乗り換え途中で海が見えるはず。
私のリクエストで彼が組んだ1日。

もうすぐで目的地というあたりで
走る電車から海が見えた。
(ぁ、うみ・・・)
心の中はテンション上がるのに
表に出ない。私のつまんない癖である。きっとあの時、彼はどや顔で私の表情を観察して、一言も発しない私に
がっかりしたかも知れない。
電車を降り、大きな駅のバスターミナルから海へ向かった。
もうそこから記憶がない。
何故なのかまったくない。
緊張してたのかな?
それはずっと私の頭の引き出しを開けると必ず出てくる疑問だった。
行って見てこよう。今年のうちに見てこなくちゃ。そんな気がした。
それも何故だかわからない。

地図では手前の駅で降りれば 海まで
歩ける気がして2つ手前で降りた。
多分、あの松ノ木の頭が見えるあたりの向こうが砂浜なのだろうと歩き始めた。
予想より距離があったけれど、間違いなくあの向こうに海がある。
その手前に階段があり堤防のような遊歩道が作られていて視界は遮られていた。

(舞台の前の幕みたいだなぁ)
と思いながら階段を上る。
ちょっとドキドキする。

そして上りきる
(・・視界が・・違いすぎる)

左右どちらにも延々と広がる海、波、砂浜。 こんなに広かったの?
誰もいない、人っこ一人いない。私だけだ。
まるで地球に一人・・は大げさだけど
そんな感じにすら思える程、風にあたるのは私一人だった。

こんな大きな波が打ち寄せる場所だったんだ・・・
こんなに見渡す限り海だったんだ。
何故リクエストして見たかった海を忘れていたんだろう? それもこんなに立派な海だったのに。
風は強かった。
冬の海はもっときつかっただろうなぁと思いながら、流木に腰かけた。

あのデートの後に「赤いスイートピー」という曲が大ヒットした。
まるで 「そのもの」だった。
春色の汽車(電車) 海 恋。
何年たっても 聴けば無条件に胸がキュンとなった。
頭の中に流れてくる。
ずーっと聴いていられそうな気がした。 この波を私達は何を考えて見ていたのかなぁ? 同じ間隔で尽きる事なく寄せる波の音。
海の先は空になる。広すぎるくらいだ。
私には寂しい波だっただろうなぁと推測する。
今、自分では想像もしなかった展開で
独りになって眺めている。
開き直りも諦めも後悔も決意も沢山持っている今の私だけど、この海は
なんでもつつんでくれそうだ。
居心地が良すぎて動けない。

風が耳を刺す。
思い出の曲は何度でもリピートしている。
「終わんないな・・・」
立ち上がって 足元の流木をつかんだ。

あれからの長い歳月に
今までの出来事に
あの時の私達に
出会ってきた沢山の人に向けて
「ありがとう」
と砂浜に大きく書いた。
「なんかドラマみたいじゃん」
とそのままバックした。
海を見たまま後ろへ向かって歩いた。
中々 背中を向けられなかった。
これからは今の私を応援して欲しいと
思った。
後悔はしていないけれど、まだまだ
道は険しそうだ。伏線回収も続くだろう。
何にかわからないけど
60歳になる私を応援して下さい。

「帰ろ」
背中を向けて思った。またいつかこの海に会いに来たいと。
こんなんで還暦を迎える私、次はどんなんなって来るのか楽しみにして歩こう。




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