レクサスの霊柩車のこと
「じさを荘」ときまた日誌③
「すごいプランがあるんですよ」
フフッと笑いをおさえながら話しだす川原さん。まだコロナ禍が世界をおおう前のことだ。自前の葬儀ホールも4館に増やし躍進しようという頃だった。
隠し球があるんです、と言う。まだヒミツなんですけどね、とも。如何にも聞いてほしそうな顔つきだった。
それはなに?
川原さんがスマホを操作して見せてくれたのは、白い超高級車。レクサスのナンタラという車種で、関西では数台しか出回っていない。話す声がおどっている。
「新車やなくて、いちおう中古なんですけどね」
真新しいこのクルマをリムジンの霊柩車に改造(ボディの後ろを伸ばす専門業者に頼み、完成するまでに半年くらいかかるという。改造費だけでももう1台買えそうなくらいの投資だ)し、
「これを、うちの目玉にしようとおもうんです」
銀行さんの融資の審査も通ったというから破竹の勢いだとおもっていた。
その自慢のレクサスを売ってしまったと聞いたのは、つい先日のことだ。
「コロナでねえ、もう霊柩車いらんわと言われるんですよお」
どことなく声が沈んでいる。
霊柩車はお葬式には欠かせない花形ではないのか?
位牌と遺影を胸に抱えた遺族が霊柩車の前に立つ。見送る会葬者。プワーンと追悼のクラクションが鳴る。だれもが浮かべるお別れのフィナーレの主役ではないのか。それが要らないとはどういうことなのか?
「セットのプランには、寝台車(病院から安置所まで御遺体を搬送する際に使う専用車)が付いているんですが、もう霊柩車やなくて、付いてくるクルマでいいわと言われるんですね」
つまりこういうことらしい。レクサスを頼むと別途料金がかかる。税別5万円ほどだが、コロナの前はオススメすると半分くらいのお客さんから「じゃぁそれで」と言ってもらえた。
こんな高級車を利用できるんだというハレというのか沈んだ気持ちを盛り上げる効果があった。
それが一転。追加料金を払うなら「要らんわ」。ひらたくいうならお客さんの価値判断が変わってきたということらしい。
「コロナになってから、申し込まれるプランも以前の半額くらいのものが多くなりましたね。直葬という通夜告別式なし、火葬場でお別れするプランのお客さんが増えてきて、レクサスの出番が激減してしまったんですよね」
なるほど。聞いてみて納得できたのは、あれらは見栄だったんだなぁということだ。ギャラリーがいてこそのリッパな霊柩車だし、黒枠の大きな遺影にしても家族だけなら小さな額のポートレートで十分だ。豪華な祭壇も必要ない。
そういえば、以前「じさを荘」を利用してもらった知人のお母さんの通夜に、川原さんにお願いしたことがあった。野草の好きなひとだったそうなのでどこかにそういうの飾ってもらえないかなぁと。
わかりました、と玄関のところに「野草に見える花(野草ではない)」をアレンジして飾ってくれたことがあった。
「ああ、ありましたねえ。あのときはご家族から『さりげないおもてなしというのか、玄関入ってすぐのところに可愛らしい花が置かれていて、母が好きそう。びっくりしました』とよろこんでもらえましたねえ」
それにしても、会社の牽引車と期待を寄せたレクサスくん。鳴り物入りのメジャーリーガーがブンブン三振を続けスタメンを外れてベンチをあたためるような存在にまで陥落したらしい。
「カンバンやったんですけど、考えてみたら、このクルマでと指名でと言ってこられたのはこれまで一人だけでしたね」
その一人は意外にも22歳のバイトさんだったという。レクサスを停めてあるホールの近くのスーパーをよく利用されていて、行き帰りに立ち止まって見てくれていたそうだ。
「その娘さんがね、お父さんのお葬式に、あのレクサスで、と言って来られたんです。何年もやってきて、この霊柩車でとご指名をもらったのはそれ一回きり。お父さんはクルマが好きなひとだったそうで、最後に乗せてあげたいんですって。まだ60すぎだと言うし。お話聞いて、わかりました。もうオプション料金はけっこうです。プレゼントします。て、つい言うてしまったんですよね」
言ってしまったんだ。
「そう。アホでしょう。そんなんやっているから赤字になるんですよね。アハハハ( ̄▽ ̄;)」
その日川原さんが運転するレクサスには、その女性とお姉さん、お母さんの三人が乗車され、よかったと言ってもらえたそうだ。
結局先日、川原さん、出番のなくなったレクサスくんに戦力外通告を行ったそうだ。だから、てっきり落ち込んでいるのかとおもえば、
「あ、でも、代わりを考えているんですよ。こんどじっくりお話しますね」というからすごいなあ。
記事の全文は下記のネットでも読めます。"お棺にクレヨンの寄せ書き?!増える「簡素な葬式」と「ユニーク葬」"
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