長編小説「天神橋ラサイカレー」 上巻
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ホームレスが人情商店街と呼んだ天神橋筋は、日本一長い商店街としても有名で、大阪天満宮の門前町として栄えてきた。
全長2.6キロメートルある商店街には、飲食店、衣料品店、雑貨店、スーパーなどが軒を並べていて、その中ほどを北へ外れた場所にラサイカレーがある。店舗は十坪ほどで、カウンターテーブル12席だけの小さなカレー専門店だ。
ランチタイムには待つ客の列ができる忙しさだが、午後2時を過ぎたあたりから徐々に客足が途絶えていき、この日も混雑を避けて来店した顔見知りの四人が、いつもの決まった品を食べていた。三人がサクサクの衣と厚い豚肉の旨さが人気のカツカレー、ひとりの老人は脂っこいものを敬遠して和風野菜カレーだった。
そこへ来店した肥満体の中年男は、ずかずかと奥の席まで進み、座るやいなや、「カレー」といい放った。
狭い店内なので、三人いる従業員に聞こえぬはずはない。が、だれも対応をしないでいた。
奥の厨房で調理を仕切っている店長のシビルは手持ち無沙汰であっても、ボクはシェフだからと知らん顔。電話でテイクアウトの注文を受けていた準社員の帆蘭は、持ち帰り容器5個にライスを詰めている最中だった。
この状況では一番近くにいる大友が返事をするべきだが、聞こえぬふりをしている。大友はこういう大柄な客が嫌いで、ポットに水を補給しながら、
(注文を訊かれるまで待てんのかい。それにここはカレー専門店や、うどんもラーメンもないで)
胸中で毒づいているのが日頃の習性から滲み出ていた。
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