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宇宙のコンビニ

『つるしざお』

 渋柿は、吊るしておくと渋が抜け、甘くなる。悪い心の持ち主は、この『つるしざお』に一晩逆さに吊るしておくと、悪い心が抜け、善人になる。吊るせば吊るすほど善人になるが、抜けすぎると、いたずら心までなくし、面白味がなくなる。冗談の通じない人生は、とてもつまらない。

『つるしざお』

 宇宙のコンビニに博士がやってきた。広い額は気持ちよく晴れ、丸眼鏡がピカピカ光っている。
「いらっしゃいませ、お客様。何をお望みでしょう?」
 私は、宇宙のコンビニの店長。お客様を静かにお迎えする。
「私は、長年、『悪い心』について、研究して参りました。研究に没頭するあまり、私自身が『悪い心』に染まり、悪いことをしてみたくて、堪らなくなってしまったのです。
真っ暗な夜が訪れると、その『悪い心』は、激しく私を突き動かし、とうとう一昨日の晩、動物園の檻を全て開け放ってしまいました。そのせいで、町は大騒ぎ。なのに私は、嬉しくてゾクゾクしたのです。昨日の晩は、線路に石を並べ、多くの怪我人を出しました。そして、明日の晩は、女王様の80歳の誕生日ケーキに、爆弾を仕掛けたくて、堪らないのです。私は、女王様から長年の信頼を得ている立場です。パーティーに行けば、必ず実行します。女王様が一口、ケーキを食べれば、パーン、大きな花火が上がるでしょう。……そうなる前に、なんとしても、この体から、『悪い心』を抜き取ってしまわなければならないのです。どうか、力を貸して下さい!!」
 博士の眼鏡は、荒い息で白く雲っていた。
「こちらへどうぞ。あなたの望む物が見つかるでしょう。」
 私は、博士を店の奥の洞窟へと案内した。博士は、洞窟を見ると、
「この闇は、私に悪い心を呼び覚ます。この中に入ったら、何をしでかすか、わからない。」
 と、怯えた口調で言った。
「ご安心下さい。この中にあなたは独り。誰も傷つけることはできないのです。」
 私が言うと、博士は静かに洞窟へ入って行った。
 しばらく経ち、
「うおっ!!」
 という叫び声がホルンのように響いてきた。続いて、長い竿を担いだ博士が、洞窟から出てきた。
「突然、穴の奥から、これが腹を突くように現れたのです。これは、一体何でしょう?」
 私は、博士からその長い竿を受け取ると、
「これは、『つるしざお』。これに一晩、逆さに吊り下げられると、悪い心が抜け、善い人になるのです。」
 と、説明した。
「それが本当だとしたら、試さずにいられません。でも、この竿には、支える脚がない。どうやって、宙に吊るすのです? 木にでも、引っかけますか?」
 博士は、一本棒の竿を見て、尋ねた。
「この竿は、人の足を輪に捕えたら、自ずと宙へ浮き上がるのです。脚は必要ありません。」
 竿には、輪っかのついた縄が3本ぶら下がっている。博士は、
「遊園地に行ったつもりになって、一晩、ぶら下がってみることにしよう。」
 と、言い、ポケットに手を入れた。がさがさ、探っていたが、
「あった、あった。」
 と、葉巻を一本、取り出した。
「これは、私の叔父が旅行で手に入れた煙草です。叔父は、煙草好きで、世界中の煙草を集め、楽しんでおりました。何でも、この煙草を吸っている間だけ、昔懐かしい人に会えるのだとか。『土産に』と言ってくれたのですが、あいにく、私には会いたい人はなく、また、煙草は体に合わないのです。私が持っていても得にはなりません。あなたに差し上げましょう。」
 私は、煙草を受け取ると、博士に『つるしざお』を渡した。

 博士は、研究所に戻ると、床に『つるしざお』を置いた。しゅるしゅるっと、音もなく縄が伸び、その輪っかが、博士の両足を捕えた。あっと声が上がる。宙吊りになった博士は、そのまま一晩、逆さで過ごした。
 朝がやってきて、そろそろ下りようか、と思った。竿が、静かに床へ向かい始めた時、
(待てよ。このまま吊るされていたら、どうなるのだろう?)
 と、疑問がわいた。自分はまだ、善人の心を研究していない。『全き善人の心』というのは、どういうものだろう? あと、二、三日吊るされていたら、自分の体から完全に悪心が抜け落ち、『全き善人の心』になれるのではないだろうか。その研究こそ、人類の宝だ。人に広め、この世から悪を撲滅できる!
 博士は、宙吊りのまま数日を過ごす。
 不意に心地よい音楽が響いてきた。うっすら目を開くと、天使が自分の周りにいる。
「もしもし、あなたは、この人間の世界にはそぐわないので、こちらの世界へ来て住むよう、神様のお言葉です。」
 天使が博士の耳元で囁いた。いつしか博士の背中に天使の羽根が生えている。
「喜んでお供致しましょう。」
 博士は、天国に引っ越した。そして、善人に溢れる世界で、善人の心について研究を深める。いつか必ずこの研究が、人の役に立つ、と信じ、一心に励むのだった。
                           (おわり)

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