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宇宙のコンビニ

『へんしん絵の具』

 顔にヒゲの絵を描いても、本当には生えてこない。けれど、『へんしん絵の具』で、変身したいものと同じ色に体を塗ったら、本当に変身できる。元に戻りたい時は、塗った絵の具を洗い流すだけ。
 ただし、注意したいのは、ナスやキュウリなど、手足がないものに変身すると、自力で元に戻れなくなる。その場合は、変身前に、友達によくよく頼んでおくと良いかもしれない。

『へんしん絵の具』

 宇宙のコンビニに、小ネズミがやって来た。すんすん、鼻を鳴らし、
「どうやらここには、怖いものはいないようだな。」
 と、キョロキョロしながら、こちらへ近づいてくる。
「いらっしゃいませ、お客様。ここには、あなたを脅かすものはいません。どうぞ、ご安心下さい。」
 私は、宇宙のコンビニの店長。小さなお客様に、落ち着いた声で言った。
「ボクね、落ち着いてご飯を食べたことがないの。いつもいつも、大きな強い動物の目を気にして暮らしてる。だって、見つかったら、パクリ、とやられちゃうもの! だから、ボク、ライオンみたいに、ゆったり落ち着いて、ご飯をたらふく食べてみたいの!」
 すんすん、鼻を鳴らし、小ネズミは訴えた。
「では、お客様、こちらへどうぞ。きっと、あなたの望みを叶えるものが見つかるでしょう。」
 私は、小ネズミを店の奥の森に案内した。
「わぁ、大きな森だな。この中を探してたら、一生かかりそうだ。だってボク、こんなにちっぽけなんだもの。」
 小ネズミが、しょんぼり言った。
「あきらめたら、一生かかっても二生かかっても、見つけることはできないでしょう。けれど、本気で見つけようと望み、行動するなら、そちらの方から、自分の方へ近づいてくるでしょう。」
 私が言うと、
「そんなもんかな。」
 小ネズミは、スンスン、鼻を鳴らし、森の中へ入って行った。
 しばらく経ち、
「見つけた、見つけた、こんなもの、見つけた。」
 小ネズミが、小箱を引きずって、森から現れた。
「何が入っているんだろう?」
 小ネズミが、箱の蓋を開ける。中には、絵の具が5本、収まっていた。
「これは、『へんしん絵の具』。この絵の具で、変身したいものと似た色を、自分の全身に塗るのです。そして、心の中で、『○○になれ!』と、唱えると、変身できるのです。」
「へえ、すごいや! じゃあ、これで黄色に塗って、『ライオンになれ!』って唱えたら、変身するの?」
 小ネズミが、目をキラキラさせ、尋ねた。
「おっしゃる通りです。」
 私が頷いた。
「でも、一度変身したら、元には戻れないの? ボク、ネズミの方がいいな。」
 小ネズミが鼻に皺を寄せ、くしゅん、とくしゃみした。
「絵の具を水で洗い流せば、元の姿に戻れます。」
 私が言った。
「ああ、それならいいや。だってボク、強い動物に追いかけられたら、いつも川の中に飛び込んで逃げるもの。絵の具なんか、全部取れちゃうよ。」
 小ネズミは、安心したように言い、
「じゃあ、これ、ちょうだい。」
 と、絵の具に手を伸ばした。
「お客様、代金をお支払い頂いてからです。」
 私が、その手を止めた。
「え? 代金? ボクが、そんなもの持っていると思う? ボクの全財産は、この毛皮としっぽだけさ!」
 小ネズミは、首もとの毛皮を、バサバサと振るった。すると、薄桃色の煙が、もあもあと立ち上ぼり、中空で雲になった。私は、素早くそれを捕まえ、袋の中にしまった。それは『お気楽雲』といって、心がせかせかと落ち着かない時、懐にしまっておけば、心が楽になるものだ。
「代金、確かに頂きましたよ。」
 私が言うと、
「あなたがいいなら、ボクもそれでいいや。」
 と、小ネズミは、『へんしん絵の具』を引きずり、宇宙のコンビニを去って行った。

 小ネズミは、岩の陰で、自分の体を黄色に塗った。ライオンに変身した小ネズミが、岩の陰から姿を現すと、小さな動物たちは、さっと飛び逃げて行った。向こうの茂みから、大きなライオンが出てきて、こちらをちらり、と見たが、知らん顔で通過して行く。小ネズミは、ほっとし、大好きなリンゴの生っている木の下へ行った。落ちている真っ赤なリンゴの実にかじりつく。
「あれ? おいしくないや。」
 いつもなら夢中になってかじりつくのに、今日は、吐き出してしまった。
「変だな。」
 首をかしげつつ、落ちていたクルミにかじりつく。固くて、とても牙が立たない。
「こんなの、ちっとも嬉しくないぞ。」
 池に水を飲みに行くと、ネズミがいた。途端に唾が湧いてくる。
「なんてこった! 仲間じゃないか!」
 ネズミが大慌てで逃げ出した後、小ネズミのライオンは、川で絵の具を全て洗い落とした。それから、次は、体を緑に塗って蛇に変身したが、やはり、いつもの食べ物は口に合わない。
「ああ、そういう事か。」
 悟った小ネズミは、うまい考えを思いつく。再びライオンに変身すると、リンゴやドングリなどをたくさん集め、巣穴の近くに運んだ。それから、元の小ネズミに戻り、それらのご馳走をたらふく食べた。おいしい物をたらふく食べる内、小ネズミの体は、大きく立派になっていった。心も大きくなり、知恵と勇気が備わってきた。
 友達のネズミが、蛇に襲われた時は、体を茶色に塗り、大ワシに変身して、蛇を山の遥か彼方に連れ去った。子うさぎがハイエナに狙われた時は、緑のワニに変身し、それを追い払った。
 小さな動物たちは、時々助けてくれる大きな動物のことを噂し、
「油断させて、その内、パクリとやっちゃう心積りかもしれないよ。」
 と、言い合った。小ネズミは、それを草原の片隅で耳にしたが、一言も言わなかった。
 ただ、自分の巣穴でリンゴを頬張る時、
「よかった、よかった。」満たされた心持ちになった。
                           (おわり)



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