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宇宙のコンビニ

『きょじんの鼻』

 鼻の大きな巨人がいた。あまりに大きいので、足元も見えない。物につまずいては、転んでばかりいた。
 ある日、巨人は派手に転び、戸口でしこたま額を打ち付けた。実にその日、三度目の転倒だった。
「えいくそ、このバカタレが! 行ってしまいやがれ!」
 腹立ち紛れに巨人は、鼻をつかむや、遠くへ投げ去った。すると、風船がしぼむように、巨人は小さくなり、普通の人間になってしまった。
 その時の鼻が、ここにある『きょじんの鼻』。これをつければ、誰でも巨人になることができる。頭を雲の上に突きだし、山をひとまたぎ。どれだけ大きくなれるかは、君の想像しだい。
 

『きょじんの鼻』


 男が一人、宇宙のコンビニにやってきた。ふくよかな体に似合わず、顔はげっそりコケている。地に両手をつき、ああ、と失望の吐息を吐き散らした。
「いらっしゃいませ、お客様。何をお望みでしょう?」
 私は、宇宙のコンビニの店長。男に優しく声をかけた。
「私は、巨人になりたいのです。そして、美しい人に、私の思いを伝えたいのです。」
 男は、顔を伏せたまま言った。
「巨人にならずとも、思いは伝えられるのではありませんか?」
 私は、男に言った。男は、初めて顔を上げ皮肉な笑みを浮かべた。
「私が彼女の前に出れば、彼女は喜んで手を差しのべるでしょう。ただし、それは、ミートボールが目の前に転がってきたも同然。巨人の好物は、人間の肉なのです。」
 男は、深く溜め息をついた。
「私は、他人の噂で『巨人の国には、人間の国の10倍の大きさの宝石がある』と、聞きました。巨人の国に行った私は、大変に美しい宝石と出会ったのです。彼女の瞳は、ダイアモンドの輝き。それに比べれば、全ての宝石が色褪せて見える。何としても、彼女に自分の思いの丈を伝えたい、と思いました。秘密のルートから『巨人になれる薬』を買い集めました。どれも高額でしたが、効果はこの通り。縦には一センチも伸びず、横に広がるばかりだったのです。そして、悲しいかな、私は一文無し。でも、思いは募り、胸が張り裂けそうです。ああ、巨人になりたい!」
 男は一気に喋ると、私の顔を覗き込んだ。
「どうぞこちらへ。あなたの望みを叶えるものが見つかるでしょう。」
 私は、男を店の奥の洞窟へ案内した。男は、洞窟を見ると、
「私は、暗いところは苦手です。蛇が出そうではありませんか。」
 と、顔をしかめた。
「あなたの望みは、蛇より弱いのですか?」
 と、私が言うと、
「まさか。」
 と、男は、大手を振って、洞窟に入って行った。
 しばらくして、洞窟の奥から、
「うわぁっ!!」
 という叫び声が響いてきた。そして、大きな鼻を両腕に抱えた男が、洞窟から出てきた。
「これを見て下さい! 突然、壁から、ニュッと突き出て来ました。」
 男は、私の足元にその鼻をおろした。
「これは『きょじんの鼻』。つければ、誰でも巨人になることができます。」
 私が説明すると、男は、
「こんなに大きな鼻、私の顔どころか、私の体が隠れてしまいます。」
 と、言った。
「ご心配には及びません。この『きょじんの鼻』に体をぴったり、つけるだけでいいのです。」
 私が言うと、
「では、やってみましょう。」
 男が鼻に近づいたので、
「お待ち下さい。先に代金をお支払い下さい。」
 と、それを止めた。
「代金。おお、さっきも言ったではありませんか。私には、もう、支払えるお金は残っていないのです。」
 男は悲しい顔で言った。
 私は、男の耳たぶを見ていた。それは重く垂れ下がり、ぷっくら膨らみがある。そして、妙なヒゲが黄緑色の曲線を描き、伸びている。
「ちょっと失礼。」
 私は、男の耳たぶをつかむと、ぎゅっとひねった。
「わっ、痛い! 何をするのです!」
 男は叫び、耳を押さえた。私の手には、緑色の豆粒が一つ、転がった。
 良い言葉は、耳の奥から転がり落ち、耳たぶで固まって、豆になることがある。その豆を食べると、幸福が胸に芽を出すのだ。
「これを代金に頂きます。」
 男は、私の顔と豆とを交互に見比べ、
「私の耳は、『福耳』と言われ、トレードマークだったが。まぁ、いいさ。その代わり、念願叶うのだから。」
 と、言い、『きょじんの鼻』を抱え、宇宙のコンビニを去って行った。

 男は、巨人の国の門の前に立ち、『きょじんの鼻』を体につけた。みるみる男の体は巨大化し、恋しい人の背丈より、頭一つ分高くなった。男は喜び勇んで彼女の許にいき、初めて上からその瞳を覗き込んだ。
 心臓が、どくり、跳ねた。
 あれほど美しいと思っていた彼女の瞳が、灰色にくすんだ鉛色だったからだ。男の言葉には、耳を貸さず、冷たい一瞥をくれただけで、去って行った。
 男の失望は、焼け落ちた教会の鐘より重かった。橋の上で泣いていたら、
「どうしたのですか?」
 と、声が掛けられた。見ず知らずの女性に、今の出来事を全て話した。
「人生、思い通りにはいかないものです。元気を出して下さい。」
 涙を拭きつつ、その人の顔を見る。丸ぽちゃの顔に優しい目が、にっこり笑っていた。男の胸に温かなものが生じ、笑顔となって顔に現れた。
 男は初めて、宝石より尊いものが、人の胸の中にあることを発見した。
                           (おわり)

 



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