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宇宙のコンビニ

『なくしたものがかえる卵』

 失くした財布は、まれに返ってくることがある。けれど、失くした時間は、二度と戻ってはこない。
 そこで、この『なくしたものがかえる卵』を一つ割ってみる。失くした時間はもちろんのこと、どんなものも、君の手元にそのままの形で返ってくる。ただし、数に限りがあるので、何が大事か、考えながら割ることをお勧めする。

『なくしたものがかえる卵』

 宇宙のコンビニに、男がやって来た。うつむいて、力なく、こちらへ近づいてくる。
「いらっしゃいませ、お客様。何をお探しでしょう?」
 私は、宇宙のコンビニの店長。男に元気良く声をかける。男は私の前まで来ると、しなびた顔を上げた。
「私を何歳だと思いますか。」
 男が力なく言った。
「私には人間の尺度がありません。私は、人間でいう800歳はとうに越えましたが、まだまだ若い、というひともいます。ここでは、歳など気にする必要はないのです。」
 私が答えた。
「私は、気にするのです。まだ20代だというのに、60代に見える、と言われます。友達とも遊ばず、映画も観ず、海にも行かない。ただひたすら部屋にこもり、勉強に仕事に没頭する内に、いつしか若さが私を残して、行き去ったのです。もはや、何を見ても聞いても感動しない。全ては、土気色のしなびた世界です。私には、仕事以外、何をしたら良いかわからない。毎日が味気なく、胸が詰まったように苦しい。」
 男は、穴の空いた目で、私に訴えかけてきた。
「こちらへどうぞ。あなたの求めるものが、きっと見つかるでしょう。」
 私は、男を店の奥の森へと案内した。男は、森を無感動にみつめると、何も言わず入って行った。
 暫く経ち、男が森から出てきた。その手に袋を持っている。
「何が入っているのかわかりませんが、これが木の枝に引っ掛かっていたのです。」
 男は、私にその袋を渡した。
「これは『なくしたものがかえる卵』。失くしたものの内、返ってきてほしいものを胸に思い浮かべ、その名を呼ぶのです。卵を一つ割るごとに、一つ、それが返ってくるでしょう。」
 私が説明した。
「失くしたものは、何でも? どんなものでも?」
 男が尋ねた。
「どんなものでも、です。ただし、数は、この袋の中にあるだけ。限りがあります。」
「一度に、全部割ったら、どうなる? 一度に、たくさん返ってくるのですか?」
 男が聞いた。
「一度に、二つの名前を呼ぶことはできません。」
「なるほど、そうだ。」
 男は頷いて、袋に手を伸ばした。
「お客様、代金をお支払い頂いてからです。」
 私が言った。
「代金? これに見合う代金なんて、どこにあると言うのだろう? 人生に価値を失くした私に?」
 そう言った男の目から、ぼろり、涙がこぼれた。それは、透明な結晶となり、私の足元に転がってきた。
「代金、確かに頂きましたよ。」
 私は、結晶を拾い、男に『なくしたものがかえる卵』を渡した。
「ありがとう。」
 男の顔が微かに明るみ、宇宙のコンビニを去って行った。

 男は、書類と本に囲まれた部屋に立っていた。袋から卵を一つ取り出し、じっと眺めていたが、
「若さ。」
 と呟いて、卵を割った。
 途端に、ソーダの泡のように元気が湧きだし、喜びが転がり出てきた。
 閉じたままのカーテンを開けると、どーんと、快晴が広がった。
「ヒャッホー!!」
 じっとしていられない。男は外に飛び出すと、辺りを跳び跳ねた。隣の家の夫人が台所から顔を覗かせ、
「大丈夫ですか?」
 と、声をかけてきた。
「大丈夫も大丈夫。最高に大丈夫です!」
  風を胸に吸い込み、大きく吐き出す。胸から灰色の空気が抜けたように思えた。
「友達!」
  男は叫んで、卵をまた一つ、割った。部屋から電話が鳴り響く。大急ぎで部屋に戻り、受話器を取る。
「やあ、久しぶり。元気か?」
 遠い昔、引っ越して行った幼馴染みだ。
「今、君の家の近くに来ているんだ。どこか遊びに行こうぜ。」
「待ってました! もちろん行くさ、すぐ行こう!」
 男は、はしゃいだ声を上げ、友人の来る道を見つめた。
                            (おわり)





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