宇宙のコンビニ
『悪口ソース』
『悪口ソース』というのがあった。
これを一口食べれば、たちどころに悪口の天才になれるのである。それも、気の利いた悪口であって、どこの誰でも言える類の悪口ではない。
そして、この悪口ソース、味はまことに美味で、まったりとした舌触りに爽やかな酸味が効いている。食べすぎると中毒になって、悪口人間になってしまうので、あまりおすすめしない。どうしても要りような人には、よくよく気をつけ、せめて一口程度にとどめるよう、注意を促す。
ある日、しょげきった悪口の言えない中年の男が、わが宇宙のコンビニにやってきた。
「どうにも困っているのです。私は、全く悪気はないのに、性格が合わないのでしょうね、私のことを悪く言う人がいるのです。」
私はその男の肩を叩き、
「世の中には、あれこれ言いたがる人がいるものです。が、あなたがここに来た、というからには、この中にあなたを助けたがっているものがある、ということです。さあ、探し当ててごらんなさい。」
男は、しばらく店内をうろうろしていたが、木のうろに隠れるように潜んでいた『悪口ソース』を持って、私のところへ来た。
「これが私を呼ぶのです。」
「『悪口ソース』。それを何でもいいから、トロリとかけ、食べてごらんなさい。たちまち、あなたは、誰も言い返せない素晴らしい悪口で、相手の口を封じるでしょう。」
男はその代金に、高価な腕時計を差し出す、と言った。が、私は受け取らない。そんなものより、男の頭に一本生えている金の髪の毛をもらった。
諸君、笑ってはいけない。この一本は特別な力を持った一本で、とても手に入らないものなのだよ。
男は、悪口ソースを持ち、「大丈夫ですかねえ。」と、出て行った。
男は、自分の家の台所に座っていた。
目の前に、悪口ソース。
晩ご飯のトンカツに、たらり、たらした。全て食べ終えると、明日の悪口合戦に備えて寝た。
さて、悪いことに、この男、他は、なかなかにお行儀よろしいが、後片付けだけはしない。いつも奥さん任せ。
「父さん、又、出しっ放し。」
この日は、奥さんより息子が先に見つけた。
奥さんは、息子が夜遅くにアルバイトから帰ってくるので、つい、今夜はしまい忘れたのである。
息子はさらに、なみなみかける。
「明日は新しいアルバイトの面接だ。うまくいくかな。」
パクパク食べながら考える。そして、その後会う恋人の顔を思い浮かべる。
「何を話そうかな? おもしろい話でもしようかな。」
悪口ソースは、テーブルに転がされ、黙ってそのひとりごとを聞いていた。
おわり