宇宙のコンビニ
『じごくの穴』
真っ暗な夜道をひとり歩いていると、後ろから何者かが襲いかかってくる。絶体絶命の大ピンチ。その時、この『じごくの穴』をふところから取り出し、ぴらり、と後ろへ放り投げる。
たちまち地面に地獄の穴が生じ、悪者は地獄へまっ逆さま。二度と地上へは上がってこられない。
この『じごくの穴』、見た目は黒いセロハンのようだか、光にかざして見てはいけない。『じごくの穴』の影が君の目に落ちると、そこから体内に地獄が浸透する。君の体の中が地獄になるので、使わない時には、四つに折りたたみ、ふところにしまっておくこと。
宇宙のコンビニに鬼がやって来た。見上げるばかりの大きさで、ほおずきのように赤い。ドカドカとこちらへ近づき、
「やあ、店長。うまいことやっておるか。」
と、言う。
「ようこそ、いらっしゃいませ、お客様。おかげで万事うまくいっております。」
私は宇宙のコンビニの店長。鬼ににっこり笑顔を向ける。
「実は、少々手こずっとることがある。地獄から鬼が一匹逃げ出した。新入りの鬼で、ひどくすばしっこい。さらには人の心に取り憑いて、悪事を働く。閻魔大王様から、早急に捕まえてこい、との仰せである。だが、わしが近づくと、臭いを嗅ぎ取り、逃げてしまう。期限が近づいておるのに、さっぱり捕まらんのじゃ。どうにか手を貸してほしい。」
鬼が、困った顔で言った。
「そういうことでしたら、こちらへどうぞ。きっとあなたを助けるものが見つかるでしょう。」
私は鬼を店の奥の森へ案内した。
鬼は何も言わず、ドスドスと、大股で森の中へ入って行った。
鬼はしばらく出てこなかった。やっと現れた時には、手に円盤状の黒いヒラヒラしたものを持っていた。
「こんなものが、突然目の前に漂ってきた。何をするものかのう?」
鬼は、手にしたものを私に渡した。
「これは『じごくの穴』。後ろ向きに放り投げると、落ちた所に穴があく。その穴を踏んだ者は、地獄に落ち、二度と地上に這い上がることはできないのです。」
私が説明すると、鬼は、
「よし、気に入った。そいつをもらおう。」
と、機嫌良く言った。それから自分の鼻の穴に指を入れると、伸びた鼻毛を一本、引き抜いた。鬼の目にも涙。よほど痛かったらしい。鬼はその涙を拭おうともせず、私にその鼻毛を渡した。
「そなたに、これを差し上げよう。こいつを地に突き立てれば、火柱が立つ。マッチより重宝するぞ。」
私は手袋をはめ、丁重にそれを頂く。剛毛たること金棒の如し。カウンターの横に倒して置いておく。縦に置いて、地に穴があけば丸焦げだ。
鬼は、
「世話になった。」
と、言い、『じごくの穴』を持つと、コンビニを去って行った。
草木も眠る丑三つ時。峠に待ち伏せた鬼は、人影が近づいて来るのを認め、岩陰に身を潜めた。
強盗、強奪、殺人と、凶悪の極みを尽くした男に取り憑いた脱走鬼が、ふ、と顔を上げ、
「臭うぞ。」
と、黄色く濁った目玉をぎろつかせた。
(しまった。感づかれたか。)
鬼は、風下に移動した。茂みから飛び出してきた狐を呼び止め、招き寄せる。
「これより、閻魔大王様の命で捕り物を行う。お前も一肌脱げ。」
鬼に耳打ちされ、狐は、くるり、と一回転。目にも艶やかな女に化けた。高く結い上げた髪に、美しい着物姿で、凶悪犯に取り憑いた脱走鬼の前へ、しゃしゃり出ていく。
凶悪脱走鬼の目が、ギラリ、と光る。
「これは良い獲物が見つかった。」
牙を剥き、狐の化けた女に襲いかかった。
ぺらり、と鬼が『じごくの穴』を放り投げる。凶悪脱走鬼の目には、女しか映っていない。すぽり、と穴にはまりこみ、地獄の底まで落ちて行った。
「よう、ご苦労、ご苦労。」
女は、コーン、と一回転。元の姿に戻り、闇の中へ走り去って行く。
鬼は、『じごくの穴』を拾い上げると、四つにたたみ、脇の下へしまった。そして、新月の影落ちる辻角に行き、開いた冥土の門を通って、閻魔大王様のもとへ帰って行った。
(おわり)