見出し画像

宇宙のコンビニ

『かなしみカンヅメ』

 悲しみがあふれて、心が壊れそうなときは、この『かなしみカンヅメ』に、その涙を一滴、こぼすと良い。
 たちまち生きる喜びが沸き起こり、目の前の悲しみを乗り越える力がみなぎってくる。どんなつらいことも、喜びをもってやりとげることができるようになるだろう。

『かなしみカンヅメ』


 穴堀の男が、宇宙のコンビニにやって来た。この男の掘るのは、お墓の穴。苦痛に歪んだ顔と泣き声を背に、冷たいシャベルを土にめり込ませる。掘り返す土の重さより心の重さに耐えかねていた。
「心が痛くてたまりません。悲しみではち切れそうです。」
 土気色した顔の男の目は、穴より暗かった。
「もう穴は掘りたくない。もっと楽しい仕事がしたい。生きている人のためになる、明るい未来のある仕事を!」
 男は、両手で顔をおおい、うめいた。
「あなたの気持ち、お察しします。」
 店長の私は頷き、男が顔を上げるのを待った。
「これからご案内するのは、まっくらな森です。目と耳を尖らせていないと、迷子になってしまう。ーー知っての通り、ここは四次元のコンビニ。いつ、どこに、どんなものが転がっていても、おかしくはないのです。」
 私は男の前に立って歩き出す。これから、宇宙のコンビニ一番の秘境に案内するのだ。気を抜けば、足元をすくわれる。
 尖った木の群れ、雲の吹きだまり、底の見えない泥の沼……。それらを抜けると、霧の漂う空間に出た。
「気をつけて! 水溜まりを踏まないように。異次元へ入り込んでしまいますよ。ーーそら、あなたにぴったりのものが、ここにあるはずです。よっく探してごらんなさい。待っていてあげますから。」
 私は、男の背を押した。よろよろっと、男は踏み出し、不安そうに振り返る。
「私は手助けしません。あなた一人の力で探すのです。」
 男は霧に消えた。しーん、とする。水溜まりに落ちたか、それとも……。
 あまりにも静かなので、そろそろ引き返そうと踵を返す。その時、男が青白く光るカンヅメを持って現れた。
「お待ちしていましたよ。」
 男は、カンヅメを指さし、これは何をするものか、尋ねた。
「それは『かなしみカンヅメ』。あなたの悲しみを喜びに変えることができます。涙を一滴、その上蓋の穴に落とすといい。効果はすぐ現れる。」
 男は、じっと手の中のカンヅメを見ている。疑わしげな表情だ。
「いくらだ?」
 代金を聞き、
「そんなにも高いのか!」
 と、目を剥いた。
「心配ご無用。」
 私は、男のまつ毛に手を伸ばした。一本、黒々と長く伸び、先端が三本に分かれているのをつかんだ。
「代わりにあなたのそのまつ毛、一本、いただきましょう。」
 男は、「あ、いたっ。」と、目を押さえ、
「なぜ、そんなつまらんものを欲しがるのか?」
 尋ねた。
「これは、眠れない時、そっとこれで目を撫でてやったら、柔らかな眠りが訪れる、重宝なものです。」
 男は、初めて笑いをみせ、
「まあ、本当かどうか知らんが、私にとっては、邪魔がなくなって、せいせいしたよ。」
 と、カンヅメを手に、コンビニを出て行った。

 弔いの鐘が鳴っていた。男は穴を掘っている。が、その顔は、バラ色だ。
 男は発見したのだ。自ら掘った穴に、天国の扉が開くのを。
 男が掘っているのは、天国へ続く道。花が咲き、光満ちる穴を、せっせと掘る。
 彼の胸に青空が広がり、腕に喜びが朝日のごとくのぼってきた。
                            (おわり)

いいなと思ったら応援しよう!