ABCおじさん。
「やっぱりさ、eriちゃんは、ホイホイだよね?」
カルテのiPadを眺めながら、
ママさんナースの三谷さんは話す。
「自覚はありませんでしたが、
ホイホイの可能性は否定できませんねぇ」
私も、iPadを片手に、
内服情報を確認していた。
「ホイホイだと思うな。だって私が聞いただけで、すごい数いるじゃない
知らない人からそんなに毎日話しかけられないと思うよ?
始発おじさんでしょ?
赤ダウンスピリチュアルおばさんでしょ?
ツバメと雨予報おじさんに?
バイク石兄さんにー、
そろそろ新作できた?」
私は日常生活において、
たくさんの人に話しかけられる、
変な人ホイホイならぬ、
ホイホイおばさんだ。
なんの前触れもなく、
人は私の対面に姿を現しては、
不要な説明や、
講釈を垂れては消えていく。
どういう訳か、
絡まれる星回りの人間のようだ。
その中でも、
忘れられない奇妙な
おっさんがいる。
数年前、
新宿のマックでの出来事だ。
私の友人、香織は、
時間の概念がない女である。
”明日、新宿、マック集合”
という連絡だけをLINEで寄越してくる。
何時に集合するのか、いつくるのか、私にはわからない。返信した所で既読もつかないのだ。
私は毎回、ざっくりと、昼前から、その場所で待機する。あいにく、時間を潰すのは得意で、新しい小説を待ち時間で読み切ったことも一度や、二度ではない。
いつものように、コーラ、ポテト、小説。
定番のラインナップを広げ、
私は長期戦を覚悟する。
「hello?」
ベースボールキャップを被った中年のおっさんが、私に手を振ってる。
キョロキョロ周囲を見渡したが、
視線は明らかに私を捉えている。
「hello…」
仕方なく返事する。
おっさんは、何食わぬ顔で、
ベースボールキャップを脱いで、
私のテーブルの向かいに座った。
あまりに自然だった。
一瞬、香織?
とも思ったが、
香織はまだ、
そんなに中年ではない。
「では、続きを…」
えっ?続き?
「 えい びー しー 」
おっさんは、ゆっくり、話した。
ABC?
ポカンとする。
男は、ん?っと片眉を上げた。
自然に手のひらを私に開く、さぁ、お前の番だ、と言わんばかりに。
「カモン」
カモンって言ってる。
私は答えた。
「えー、びー、しー、」
「のんのん、え〜ぃ、び〜ぃ、し〜ぃ」
どうやら、発音がイマイチだったようだ。
「え〜ぃ、び〜ぃ、し〜ぃ」
できるだけ、おっさんに似せて復唱した。
おっさんは満足げに笑った。
結局逃げるタイミングを失った私は、
AからZまで、
おっさん流ENGLISHをマスターすることになる。
おっさんは、
ベースボールキャップを被った。
そして、満足そうに笑みをうかべ、
消えていった。
と、同時に香織はやって来た。
「今日もすごいの来たね」
彼女は、どうやら、
私のホイホイ体質を楽しんでいるようだった。
そして、最近、あるエッセイを読んでいて驚愕する。
その中で、マックで、
黒タイツおじさんに英語の発音を直される、という記述を発見する。
私は、朝井リョウと、
同じ星回りの人間なのかもしれない。