夏目漱石「坊っちゃん」⑱ 坊っちゃんが天皇の子孫を自称する意味
夏目漱石の有名作品「坊っちゃん」、明治39年(1906年)発表。
前の記事で書いたことだが、もう少し丁寧に掘り下げてみたい。
1、坊っちゃんの自称
Q 次の3つのうち、小説「坊っちゃん」において、主人公・坊っちゃんが実際に自称していた事柄を答えよ
① 俺は、江戸っ子だ
② 俺は、旗本の子孫だ
③ 俺は、天皇の子孫だ
A:すべて正解です。
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
前の記事にも書いたように
「元は清和源氏で、多田満仲(=清和天皇のひ孫)の後裔だ。」
= 「俺は第56代:清和天皇(平安時代の人)の直系の子孫だ。」ということである。
2、一般人の江戸っ子:坊っちゃん
しかし、坊っちゃんのどこをどう見ても「皇室・天皇家の人間」という雰囲気は、ない。
むしろ癇癪もちで、べらんめえ口調の江戸っ子として描かれている。
いま思ったのだが、これは夏目漱石がこう言いたかったのか。
「天皇は神聖な現人神などではなく、癇癪や思い込みで暴れたり、酔狂で2階から飛び降りるような、個性をもった普通の人間」と。
3、大日本帝国憲法に対する皮肉
3(1)万世一系
明治22年(1889年)2月11日、大日本帝国憲法が発布される。
そこで天皇はこう規定されている。
「万世一系」・「天皇は神聖にして侵すべからず」
このフレーズを聞いたことのある人は多いだろう。
ちなみに「万世一系」とは、ウィキペディアによれば「永久に一つの系統が続くこと」だそうだ。
1867年(慶応3年)に、岩倉具視が「皇家は連綿として万世一系礼楽征伐朝廷より出で候」と語ったと。うむ。ちょっとよくわからない。
3(2)滑稽に語る坊っちゃん
そして、改めて坊っちゃんが先祖自慢を語っている場面を振り返ると、滑稽に描かれていると読める。
上で引用した「四」の「これでも元は旗本だ。旗本の元は清和源氏で、多田満仲の後裔だ。」も、宿直時に生徒達にいたずらされて(と少なくとも坊っちゃんは認識している)、どうやり返してやろうかと考えている際の語りである。
悪質と思われるとはいえ未成年者のいたずら(と少なくとも坊っちゃんは思っている)に対し、わざわざ平安時代までさかのぼって先祖語りをしているのだ。
さらにもう一つの先祖自慢もこうである。
この場面も新聞に悪く書かれたので怒るのはわかる。だがこれも平安時代にさかのぼってまで「系図を拝ませる」意味はないであろう。
さらに「れっきとした姓もあり名もあるんだ」と、最後まで姓も名も全く語られず「坊っちゃん」としか表記されない主人公が言い出すのも、滑稽さを描いたものと思われる。
坊っちゃんの先祖自慢は、滑稽に書かれている。
3(3)孤独で収入も乏しい男・坊っちゃん
私は何度か書いたが、坊っちゃんには恋人も親友もいない、恋人候補になりそうな異性の知人もいない。そして教師を1か月で辞めて収入は「四十円」→「二十五円」に激減した。
そして、そんな坊っちゃんをこの世でただ一人愛してくれた人間・清は、肺炎で死んでしまったのである。
実写版や漫画版等のイメージと異なり、坊っちゃんは、実は孤独を極めたような主人公なのだ。
そんな孤独で貧しい労働者・坊っちゃんが、こう自称している。
「俺は平安時代の天皇:清和天皇の、直系の子孫だぞ。」
結論
坊っちゃんの先祖自慢・先祖語りは、皮肉である。
大日本帝国憲法第1条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」これに対する、夏目漱石の皮肉なのである。