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夏目漱石「行人」考察56 マジョリカ皿

(画像はヴィクトリアアンドアルバート博物館)


夏目漱石の大正元年(1912年)連載の小説「行人」

この中で主人公兼語り手:二郎は、芸術方面について鑑識眼に乏しく、知ったかぶりをしては間違えることを繰り返している。

1、二郎の知ったかぶり


以下、二郎の知ったかぶりを列挙する。

1、和歌の浦の宿で蚊帳について

その晩自分は母といっしょに真白な蚊帳の中に寝た。普通の麻よりは遥かに薄くできているので、風が来て綺麗なレースを弄ぶ様が涼しそうに見えた。
好い蚊帳ですね。宅でも一つこんなのを買おうじゃありませんか」と母に勧めた。
こりゃ見てくれだけは綺麗だが、それほど高いものじゃないよ。かえって宅にあるあの白麻の方が上等なんだよ。ただこっちのほうが軽くって、継ぎ目がないだけに華奢に見えるのさ」
 母は昔ものだけあって宅にある岩国かどこかでできる麻の蚊帳の方を賞めていた。
「だいち寝冷をしないだけでもあっちの方が得じゃないか」と云った。

(「兄」十五)

2、東京の自宅に帰ってから、長野父の朝顔いじりについて

 自分達が大阪から帰ったとき朝貌はまだ咲いていた。しかし父の興味はもう朝貌を離れていた。
「どうしました。例の変り種は」と自分が聞いて見ると、父は苦笑いをして「実は朝貌もあまり思わしくないから、来年からはもう止めだ」と答えた。自分はおおかた父の誇りとして我々に見せた妙な花や葉が、おそらくその道の人から鑑定すると、成っていなかったんだろうと判断して、茶の間で大きな声を立てて笑った。すると例のお重とお貞さんが父を弁護した。
「そうじゃ無いのよ。あんまり手数がかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、皆な賞めていらしったわ
 母と嫂は自分の顔を見て、さも自分の無識を嘲けるように笑い出した。すると傍にいた小さな芳江までが嫂と同じように意味のある笑い方をした。

(「帰ってから」四)

3、「謡」に関するお重の鼓について

お重お前の鼓は好いが、お前の顔はすこぶる不味いね。悪い事は云わないから、嫁に行った当座はけっして鼓を御打ちでないよ。いくら御亭主が謡気狂でもああ澄まされた日にゃ、愛想を尽かされるだけだから」とわざわざ罵った事がある。すると傍に聞いていたお貞さんが眼を丸くして、「まあひどい事をおっしゃる事、ずいぶんね」と云ったので、自分も少し言い過ぎたかと思った。けれども烈しいお重は平生に似ず全く自分の言葉を気にかけないらしかった。「兄さんあれでも顔の方はまだ上等なのよ。鼓と来たらそれこそ大変なの。妾謡の御客があるほど厭な事はないわ」とわざわざ自分に説明して聞かせた。お重の顔ばかりに注意していた自分は、彼女の鼓がそれほど不味いとはそれまで気がつかなかった

(「帰ってから」十一)

4、お貞の挙式用の着物について

 自分は母からお貞さんの当日着る着物を見せて貰った。薄紫がかった御納戸の縮緬で、紋は蔦、裾の模様は竹であった。
これじゃあまり閑静過ぎやしませんか、年に合わして」と自分は母に聞いて見た。母は「でもねあんまり高くなるから」と答えた。そうして「これでも御前二十五円かかったんだよ」とつけ加えて、無知識な自分を驚かした

(「帰ってから」三十四)

5、長野父があげた掛軸

「ちょうど好いね」
 その軸は特にここの床の間を飾るために自分が父から借りて来た小形の半切であった。彼が「これなら持って行っても好い」と投げ出してくれただけあって、自分にはちょうど好くも何ともない変なものであった。自分は苦笑してそれを眺めていた
 そこには薄墨で棒が一本筋違いに書いてあった。その上に「この棒ひとり動かず、さわれば動く」と賛がしてあった。要するに絵とも字とも片のつかないつまらないものであった。
御前は笑うがね。これでも渋いものだよ。立派な茶懸になるんだから

(「塵労」七)

6、二郎が実家に戻った際、元の自室がお重の部屋となっておりそこの皿について

 机の上には和製のマジョリカ皿があった。薔薇の造り花がセゼッション式の一輪瓶に挿してあった。白い大きな百合を刺繍いにした壁飾りが横手にかけてあった。
(略)
「じゃ僕の家を出た時と同じ事じゃないか」
「まあそうよ」
 自分は失望した。考えながら、煙草の灰をマジョリカ皿の中へ遠慮なくはたき落した。お重は厭な顔をした。
「それペン皿よ。灰皿じゃないわよ

(「塵労」十一)

蚊帳、朝顔、鼓、着物、掛軸、皿、、6つも似たような描写がされている。私は読んでいてくどいほどに強調されていると感じた。


2、キャラ設定の意味


気になるのは何故、こうも二郎の鑑識眼のなさが強調されているのかということだ。

2(1)「呉春」は偽物、も強がり

私は「行人」における、岡田とお兼との結婚についてこう推察している。

・二郎になにか癇癪を起こした一郎がその仕返しで、
・二郎が元々少し気があったお兼を、
・二郎が知らない間に「将棋の駒」岡田と結婚させて大阪へ連れて行かせた

そして、岡田の結婚時に二郎が言ったこの台詞は、悔しいからこその強がりと思っている。

「岡田も気の毒だ、あんなものを大阪下りまで引っ張って行くなんて。もう少し待っていればおれが相当なのを見つけてやるのにって」

(「友達」三)

これと同様に、二郎の鑑識眼の乏しさからすれば、岡田の結婚前後に二郎が言った以下の台詞も強がりであろう。

 自分は岡田に連れられて二階へ上って見た。当人が自慢する程あって眺望は可なり好かったが、縁側のない座敷の窓へ日が遠慮なく照り返すので、暑さは一通りではなかった。床の間に懸けてある軸物も反っくり返っていた。
「なに日が射すためじゃない。年が年中かけ通しだから、糊の具合でああなるんです」と岡田は真面目に弁解した。
「なるほど梅に鶯だ」と自分も云いたくなった。彼は世帯を持つ時の用意に、この幅を自分の父から貰って、大得意で自分の室へ持って来て見せたのである。その時自分は「岡田君この呉春は偽物だよ。それだからあの親父が君にくれたんだ」と云って調戯半分岡田を怒らした事を覚えていた。

(「友達」二)

上に引用した6つの描写からすれば、二郎に「この呉春は偽物」かどうかが判別できるとは思えない。
つまりこれも、あえて憎まれ口を叩いていると。内心では二郎は岡田とお兼との結婚を悔しく思っていることの証左だ。

この引用は「行人」の冒頭すぐ2章目のものである。この時点ではまだ「二郎は鑑識眼に乏しい」との描写はない。
後になってから前の描写についてのヒントを置くという、漱石の得意のやり口だ。

2(2)他人や女にも鑑識眼がない?


合計6つもしつこく鑑識眼のなさを指摘されていると、意味があるのだと思いたくなる。
二郎は人間に対しても見る目がないのでは。

「行人」で、二郎が好意を持つ人物・仲の良い人物は以下の3人か。
・女性 ー お兼、直
・同性の友人 ー 三沢

そう思ってみると確かに、一癖も二癖もありそうな面子だ。

・「玄人じみた媚」を振りまき、佐野とも妙に仲が良く、その名も「お金」と兼ねているお兼

・夫や義理の両親の前で堂々と夫との不仲や対立を見せつけ、小姑にも堂々と喧嘩を売り、義弟とは堂々と仲良くする人妻・直

・明示されているだけでも「あの女」に飲酒強要、二郎に理由も告げずに貸金要求をし、私の推測では「精神病の娘さん」の少なくとも発症のきっかけとなるような迫り方をした三沢


3、二郎の「こころ」


私の推察では、長野一郎はお貞と無理心中しており、その後、二郎と直は再婚したか少なくとも公然の異性関係になっている。

二郎は一郎についてこう言っている
自分は今になって、取り返す事も償う事も出来ないこの態度を深く懺悔したいと思う」(「兄」四十二)

一郎の死後、直とくっついた二郎も、「取り返す事も出来ない」状態に陥っているかもしれない。
ちょうど「こころ」で、静(お嬢さん)を好きになった男二人が、二人とも自らこの世を去ったように。


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