夏目漱石の有名作品「こころ」、大正三年(1914年)連載。
この「こころ」について気になる点があるので、前回に続いて備忘録的にメモを。
今回は「電報がやたらと多い」という点
1、最初と最後の電報
「こころ」には、妙に「電報」が多数出てくる。
1(1)最初の電報が虚偽なら最後も、、
冒頭第一章、第二段落から電報の話がある。
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
ちなみに「こころ」において最初に登場する電報が、引用のように「虚偽の中身で遠方から身内を呼び付けようとするもの」である可能性が示されている。
そして「こころ」記載の複数ある電報において、最後に登場するのは以下のものである。Kが自殺?をした直後のもの。なおあくまで小説に記された順であり、物語内の時系列順とは異なる。
なお、私は「こころ」におけるKの自殺について「自殺を図ったのはKだがまだ死に切れていなかったところを、先生がとどめをさして殺した」と、勝手に解釈している。
この電報の話も、その根拠になると考える。
物語の記載順で最後に登場する電報も、冒頭のそれと同様に「遠方から身内を呼び付けようとするもの」である。
そして冒頭の電報は、おそらく内容が虚偽である可能性が示されている(なおこれが実際はどうであったのかの説明は、ない)。
そうであれば最後に登場した電報、つまり先生がKの実家に対して「Kが自殺した」旨を知らせたであろう電報も、内容に虚偽がある、そうつながらないだろうか。
つまり、Kは自殺ではない。先生が殺したのだと。
2、第二の電報と返答
続いて物語登場順で第二の電報だが、妙に電報についてあれこれ迷ったことが記されている。
「私」が大学を卒業して実家に戻り、父親が徐々に死期に迫っていく最中。
ここで電報についてそれを打つ前に、「用意をした」、「いよいよという場合には電報を打つ」、「時機について責任を感じた」、と何度もわざわざ描写されている意味はなんなのだろう。
私はもう「Kは他殺」と思っているのでこれもなにかの暗示ではないかと思うのだが、まだよくわからない。
さらにここで電報への対応が差があるように描写されている
・兄は「すぐ行くという返事」
・妹の夫が「立つという報知(しらせ)」
ほぼ同じ内容とも思えるが、これがわざわざ描き分けられている意味はなんなのだろう。妹の夫のほうが比較的のんびり対応したということを示しているのだろうか。
ちなみに実家への到着は「兄と前後して着いた妹の夫」(中・十二)とあるのであまりずれはなさそうであるが。
3、第3から第5の電報
そして同じく「中」において、実家にいる「私」と東京の先生とが電報で交信を重ねる。
ここでは、先生から私、私から先生、また先生から私、と計三度もの電報が取り交わされている。
さらに田舎では「一通の電報すら大事件」と、またも電報について妙に強調がされている。
これらの意味はなんなのだろう。
まだよくわからない。
そして最後に登場する電報は、先に引用した先生がKの実家宛に打ったものである。
4、電報まとめ
以上、「こころ」の電報をまとめてみる。
物語記載順
① 鎌倉で遊んでいる「私」の友人宛に、その国元(中国地方)から来た電報
内容「母が病気だから帰れ」
② 実家にいる「私」が、九州の兄と、嫁いだ妹(場所不明)宛に出した電報
内容(おそらく)「父が危険な状態だから来てくれ」
③ 東京にいる先生が実家にいる「私」宛に出した電報
内容「ちょっと会いたいが来られるか」
④ ③への返信として「私」が先生に宛た電報
内容「行かれない、父危篤、委細手紙」
⑤ ④への返信として先生が再度「私」に宛た電報
内容「来ないでもよろしい」
⑥ 下宿時代、Kの自殺?を受けて先生がKの実家に出した電報
内容(おそらく)「Kが自殺してしまいました」
ちなみに物語の時系列であれば、⑥のK実家宛ての電報が一番最初になる。
これらの意味について、また考えていきたい。