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夏目漱石「行人」考察(35)女景清の話part1


1、「女景清」の意味がわからない


夏目漱石「行人」の中で、長野父が語り出す「女景清」の話。

このエピソードの物語に占める意味が私にはわからない。現時点での思い付きを前に書いた。

この「女景清」の話は、「帰ってから」の十三~十九、手持ちの文庫本で19頁にも及ぶ。
そして以前にも挙げたが不自然な点がいくつもある

・長野父は自分の後輩の話としているが、あまりに詳細かつ多岐に渡りその男と相手の女との昔のエピソード・有楽座で隣り合わせたエピソードを記憶している

・なんでこの話をわざわざ一郎、直、二郎に聞かせているのか

・このような秘密の使者を長野父がしてあげるほどの関係が深いような知人友人が誰であるかを二郎が「いくら考えてもどんな想像も浮かばなかった」としている(「帰ってから」十三)

これらの不自然を一応説明づけられる私の思い付きが、「実は性別入れ替えた長野母(綱)の、昔の話。一郎の出生に関わるので、老い先長くないと考えた長野父(「己なぞも何時死ぬか分からない」(「塵労」九))が一郎に伝えた」というものである。


2、私の思い付き


いま勝手に思いついたこと

・綱が昔関係をもった男は後に精神を病んだ、それで離れたかあるいは亡くなった。一郎の精神状態にはその遺伝もある。綱が二郎の紹介予定女性に「悪い病気の系統を引いてやしなかろうか」と心配しているのも(「塵労」二十七)、その男のことが頭にあるから。

・精神病といえば、三沢宅にいた故人の「娘さん」がいるが、その家と長野家とでなにか関りがあるかも。娘さんの家の菩提寺が「築地の本願寺」(「帰ってから」三十一)、一郎がHと旅立ったその日に、長野父は「築地で何かある」と直に言って外出している(「塵労」二十五)。ちなみに三沢は胃が悪いのも本人曰く「母の遺伝」である(「友達」十三)。

・「盲目の女」の台詞が、妙に芝居がかっている。また能か狂言のように台詞が妙にリズムが整っている。長野父の創作?

・その女が既に「十六」で「涙を落した」はずなのに、時間的にもその後である「十七」で長野父が「始めて・涙を見た」としている

・全く知らなかったが、能の「景清」は、盲目となった父(景清)と生き別れの娘とが再会する話らしい。一郎の実父が生きており再会する予定があることの暗示? 長野父の「築地」への外出はその準備?

・ウィキペディアによれば、能「景清」で景清の娘は鎌倉の「亀が江の谷」(現・鎌倉市扇が谷)で生活しており、そこから、平家方の武将であり源平合戦の敗北で宮崎県に流された父に会いに行く、という設定らしい。
これは一郎とHとが旅行の最後?に鎌倉の「紅が谷」にあるHの親戚の別荘に滞在することとなにかかけてあるのか?
さらには漱石の他作品で、「こころ」で私と先生とが鎌倉で出会うことや、「坊っちゃん」でうらなりが「延岡」(宮崎県)に赴任させられることと何か関係はあるのか?


3、「女景清」の不自然さ


以下、「女景清」のエピソードに見られる不自然さを列挙する。

3(1)長野父が詳しすぎる

既に書いたように、自身が体験したことのない部分にまで長野父が詳しすぎるのである。

「ついこの間の事で、又実際あった事なんだから御話をするが、その発端はずっと古い。古いたって何も源平時代から説き出すんじゃないから其処は御安心だが、何しろ今から二十五六年前、丁度私の腰弁時代とでも云いましょうかね……」
 父はこういう前置をして皆なを笑わせた後で本題に這入った。それは彼の友達と云うよりも寧ろずっと後輩に当る男の艶聞見たようなものであった。尤も彼は遠慮して名前を云わなかった。自分は家へ出入る人の数々に就いて、大抵は名前も顔も覚えていたが、この逸話を有った男だけはいくら考えてもどんな想像も浮かばなかった。自分は心のうちで父は今表向多分この人と交際しているのではなかろうと疑ぐった。

(「帰ってから」十三)

ずっと後輩に当る男」の話だとしながら、長野父が詳しすぎるのである。
長野父の弁とおりであれば、「後輩の男から聞かされた、二十五六年前から始まるかなり長い話を、長野父がしっかり記憶しており、それを今思い出しながら人前で語っている」はずだが、実に詳細まで特に淀むことなく話続けている(さらに言えばそれを聞いた二郎がまとめている)。

 父の語る所を聞くと、その女は少時してすぐ暇を貰って其処を出てしまった限再び顔を見せなかったけれども、その男はそれ以来二三カ月の間何か考え込んだなり魂が一つ所にこびりついた様に動かなかったそうである。一遍その女が近所へ来たと云って寄った時などでも、外の人の手前だか何だか殆んど一口も物を云わなかった。しかもその時は丁度午飯の時で、その女が昔の通り御給仕をしたのだが、男はまるで初対面の者にでも逢ったように口数を利かなかった

(「帰ってから」十四)

どうも当事者から聞いた話というより、その男の家族か誰かが見た客観描写のようだ。しかも「丁度午飯の時」とかやたら細かい。

 その男がその女をまるで忘れた二十何年の後、二人が偶然運命の手引で不意に会った。会ったのは東京の真中であった。しかも有楽座で名人会とか美音会とかのあった薄ら寒い宵の事だそうである。
 その時男は細君と女の子を連れて、土間の何列目か知らないが、かねて注文しておいた席に並んでいた。すると彼らが入場して五分経つか立たないのに、今云った女が他の若い女に手を引かれながら這入って来た。彼らも電話か何かで席を予約して置いたと見えて、男の隣にあるエンゲージドと紙札を張った所へ案内されたまま大人しく腰をかけた
(略)
 男は始め自分の傍に坐る女の顔を見て過去二十年の記憶を逆さに振られた如く驚ろいた。次に黒い眸を凝っと据えて自分を見た昔の面影が、いつの間にか消えていた女の面影に気が付いて、また愕然として心細い感に打たれた。
 十時過まで一つの席に殆んど身動きもせずに坐っていた男は、舞台で何を遣ろうが、殆ど耳へは這入らなかった。

(「帰ってから」十五)

どうだろう。当日が寒かった事(薄ら寒い宵)、女が来たタイミングと座席の紙札、女が「大人しく腰をかけた」様子、男の心情の文学的表現(過去二十年の記憶を逆さに振られた如く驚ろいた)、男が「十時過まで一つの席に殆んど身動きもせずに坐っていた」、、
あまりに詳細すぎないだろうか。
しかも男の心情に文学的表現までされている。その男自身が長野父に語ったというより、後で誰かが脚本に書いたかのようだ。

3(2)視点が「後輩の男」ではない


そして決定的に不自然なのは、視点がその「後輩の男」を離れて、女もしくは第三者の視点になっている箇所があるのだ。それも複数。

「ところが一週間経つか経たないうちにそいつが後悔し始めてね、なに女は平気なんだが、其奴が自分で恐縮してしまったのさ。坊ちゃんだけに意気地のない事ったら。然し正直ものだからとうとう女に対してまともに結婚破約を申し込んで、しかも極りの悪そうな顔をして、御免よとか何とか云って謝罪まったんだってね。そこへ行くとおない年だって先は女だもの、『御免よ』なんて子供らしい言葉を聞けば可愛いくもなるだろうが、また馬鹿々々しくもなるだろうよ」

(「帰ってから」十四)

ここで、男が「極りの悪そうな顔」していたと、何故わかるのか。

これは視点が女側になっている。男からの話なら「そいつも己はさぞかし極まりの悪そうな顔をしていただろうと自分で言ってたさ」ならまだわかる。しかし、どんな顔をしていたかを女もしくは第三者視点で、言いきっているのだ。

また先ほども引用した「有楽座」における再会時の叙述

 ー ただ女に別れてから今日に至る運命の暗い糸を、色々に想像するだけであった。女は又わが隣にいる昔の人を、見もせず、知りもせず、全く意識に上す暇もなく、ただ自然に凋落しかかった過去の音楽に、やっとの思いで若い昔を偲ぶ気色を濃い眉の間に示すに過ぎなかった。

(「帰ってから」十五)

女が隣にいる昔の男のことを「見もせず知りもせず」まではわかる。
しかし、「全く意識に上す暇もなく、ただ自然に凋落しかかった過去の音楽に、やっとの思いで若い昔を偲ぶ気色を濃い眉の間に示すに過ぎなかった」これは、明らかに踏み込み過ぎではないだろうか。

隣で座っていた男からの推測もしくは郷愁で、女の表情からなにかを勝手に想像したのであればわかる。
しかし、「全く意識に上す暇もなく」この記述は、女の内面に完全に入り込んでいる。

また「やっとの思いで若い昔を偲ぶ気色を濃い眉の間に示す」これは男が女の顔を見て勝手に想像したものとも、一応読み取れる。しかしそれにしては言い切ってしまった表現だ。また推測するにしても、「濃い眉の間に示すに過ぎなかった」とは、演じられている最中に男が女の顔を正面からしっかり見つめない限り、出てこない表現ではないか。

とりあえずここでくぎって、また「女景清」の考察する予定です。

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