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夏目漱石「行人」考察(45)三沢は「娘さん」を元々好きだった


夏目漱石「行人」に、三沢の話で出て来る「精神病の娘さん」

私の勝手な推測では、この娘さんは生前、三沢とある程度性的接触を持っている。

また、推測に推測を重ねた話であるが、
・「長野一郎は長野父の実子ではない」
・「一郎の実父は精神を病んでいる」
・「一郎実父と『娘さん』とは、家族か親族」
と思っている。

この「娘さん」の謎について迫っていきたい


1、「娘さん」参考可能箇所


この「娘さん」の実像に迫る上で、参考になるのは3箇所のみである。
・「友人」三十二~三十三(三沢の語り)
・「帰ってから」三十一(三沢が語る「三回忌」の様子)
・「塵労」十三(三沢の母の語り、画)


2、時間経過


2(1)明白な時間

続いて、時間経過に関する箇所を引用する。

 今から五六年前彼の父がある知人の娘を同じくある知人の家に嫁らした事があった。不幸にもその娘さんはある纏綿した事情のために、一年経つか経たないうちに、夫の家を出る事になった。けれども其処にも亦複雑な事情があって、すぐ吾家に引取られて行く訳に行かなかった。それで三沢の父が仲人という義理合から当分この娘さんを預かる事になった。――三沢はいったん嫁いで出て来た女を娘さん娘さんと云った。
(略)
「その娘さんは余り心配した為だろう、少し精神に異状を呈していた。それは宅へ来る前か、或は来てからか能く分らないが、兎に角宅のものが気が付いたのは来てから少し経ってからだ」
(略)
「それ程君はその娘さんが気に入ってたのか」と自分は又三沢に聞いた。
「気に入るようになったのさ。病気が悪くなればなる程
「それから。――その娘さんは」
死んだ。病院へ入って
 自分は黙然とした。
「君から退院を勧められた晩、僕はその娘さんの三回忌を勘定して見て、単にその為だけでも帰りたくなった」

(「友達」三十二~三十三)

この記載によれば

・5~6年前 結婚
・4~5年前 三沢宅に移る
・(時期不明) 入院
・約2年前  死去(三回忌は2度目の命日)

となる。

前にもふれたが、仮に入院が死去の直前であれば「娘さん」は2年~3年ほども三沢家に滞在していたことになる。


2(2)二郎には秘した


そして、これらの事実からもう一つの事実も浮かび上がる。

「4~5年前から自宅におり、2年前に亡くなった好きな女性がいるという事実について、三沢は二郎にずっと黙っていた

2(3)隠れた時間

そしてもう一つ、隠れた時間軸がある。
三沢と娘さんとは、元々知っている間柄であった。三回忌についての三沢と二郎の会話

「何故そんなら始めから僕に遣ろうと云わないんだ。資産や社会的の地位ばかり目当にして……」
「一体君は貰いたいと申し込んだ事でもあるのか」と自分は途中で遮った。
ないさ」と彼は答えた。
「僕がその娘さんに――その娘さんの大きな潤った眼が、僕の胸を絶えず往来するようになったのは、既に精神病に罹ってからの事だもの。僕に早く帰って来てくれと頼み始めてからだもの」

(「帰ってから」三十一)

この会話は、「娘さん」が結婚した五六年前、三沢との結婚もあり得たことを前提としている。
さらに「早く帰って来てくれと頼み始めてから」好きになった、との口ぶりは、娘さんが病気になる以前から三沢は見知っており、当時は特に好意はなかったことが前提と思われる。

2(4)やはり不自然


ここで一応、三沢の「元々結婚を申し出てもいなかったのに、『何故始めから僕に遣ろうと言わない』と憤ること」は、矛盾ではある。

ただ私はこの矛盾は三沢の、娘さん両親に対する憤りや娘さんへの愛情の強さから思わず口に出たものであり、理屈としてはおかしくても理屈ではない人間の心情としてはそう思ってしまったー、
そうなんとなく解釈して流していた。
実際、二郎も元々自身が指摘しておきながらその矛盾を以降はなにも言わなかった。それで私も疑問を感じなかった。

しかし、これはやはり不自然ではないか。「信頼できない語り手」二郎の霊妙な手腕に流されていたのではないか。


2(5)成り立たない三沢の憤り


三沢の言い分である「何故始めから僕にー」は、あくまで三沢の主張する「元夫の放蕩のために娘さんが精神を病んだ」を前提としている。三沢の主張どおりであれば、最初から三沢に嫁がせていれば精神を病まなかっただろう、との話にはなる。

しかし、娘の両親は三沢こそが、精神を病んだ原因だと確信しているのである。
三沢こそが原因である前提なのに、「何故そんなら始めから僕にー」は成り立たない。「何故そんなら」が、完全におかしな言い分なのだ。

「最初から」三沢は娘さんに気が合った。だから興奮するとその思いが口に出てしまったのだ。

「信頼できない語り手」二郎が奇麗に流したので、私はそこに気が付かず読み飛ばしてしまったのだ。


2(6)私の推察


今まで指摘してきたことを前提に、私は以下の流れだと推察する。

・三沢は元々その美人の娘さんに気があった。できれば結婚したかった
・しかし「五六年前」、三沢家よりも「資産や社会的地位」のある家に嫁いでしまった

・ところが急に三沢宅に娘さんが滞在することになった。三沢は大喜びでその女性に迫った(恋愛対象として見たいので「奥さん」とか「〇〇夫人」とかではなく「娘さん」呼び)
・その結果、(元々因子を持っていたであろう)娘さんが精神を病んでしまった
・精神を病んだ以降、娘さんは「早く帰って来て頂戴ね」と口にするようになった

・三沢も自身が迫ったせいで娘さんが精神を病んだであろうとの思いはあったので、娘さんのことはずっと二郎に秘していた
・ただやはり自分のせいとは思いたくないので、元夫の放蕩のせいだと思い込もうとした。そこで二郎にもその前提と「精神を病んでから好きになった」とのストーリを創り、それを語った

・しかし三回忌でやはり両親から当てこすりをされてしまい、激しく憤った。そのためつい「何故始めからー」と二郎の前で口にしてしまった。矛盾に自分で気付いて「大きな潤った眸がー」とポエムでごまかした

(「娘さん」の考察続けます。)





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