漱石「こころ」考察21 Kは他殺?なぜそんな顔をする
夏目漱石の有名作品「こころ」、大正三年(1914年)連載。
今回もまた「Kが自殺を図ったところ先生がとどめをさして殺した」と私が考える理由を語ります。
Kの墓参りについて、静(お嬢さん)が先生に対し、かまをかけていると読めるのだ。
1、墓参りしましょう
Kの自殺?から約8か月ほど経過して、先生と静は結婚する。
そして静はいきなり、Kの墓参りを提案してくる。
移って二カ月ほどしてから私は無事に大学を卒業しました。卒業して半年も経たないうちに、私はとうとうお嬢さんと結婚しました。
(略)
結婚した時お嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、妻(さい)といいます。――妻が、何を思い出したのか、二人でKの墓参りをしようといい出しました。私は意味もなくただぎょっとしました。どうしてそんな事を急に思い立ったのかと聞きました。妻は二人揃ってお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶだろうというのです。私は何事も知らない妻の顔をしけじけ眺めていましたが、妻からなぜそんな顔をするのかと問われて始めて気が付きました。
私は妻の望み通り二人連れ立って雑司ヶ谷へ行きました。私は新しいKの墓へ水をかけて洗ってやりました。妻はその前へ線香と花を立てました。二人は頭を下げて、合掌しました。妻は定めて私といっしょになった顛末を述べてKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で、ただ自分が悪かったと繰り返すだけでした。
その時妻はKの墓を撫でてみて立派だと評していました。その墓は大したものではないのですけれども、私が自分で石屋へ行って見立てたりした因縁があるので、妻はとくにそういいたかったのでしょう。私はその新しい墓と、新しい私の妻と、それから地面の下に埋められたKの新しい白骨とを思い比べて、運命の冷罵を感ぜずにはいられなかったのです。私はそれ以後決して妻といっしょにKの墓参りをしない事にしました。
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
ここで静はなにを思って墓参りを提案したのだろう。
純粋に仲の良かった人間の墓参りをしたかったのか
あるいは先生にかまをかけたのだろうか。私になにか隠してることあるよね、と。
1(1)静もわかっている
なお「こころ」を普通に見た感じでは、先生は「Kの恋心を知らされながら牽制し出し抜いて求婚した」ことを静には秘密にしたがっている、と読める。
しかしどう考えても、その程度のことは静も、奥さんも想像はついているだろう。何度か書いている。
Kが死ぬまでの顛末を静の視点で眺めてみる。
・自宅に下宿している若い男二人(先生・K)それぞれと仲良くしていた
・そのうち金持ちのほう(先生)が母に私との結婚を求め、母で承知した
・しかし婚約を先生は何故かKに知らせなかった。母がKに話したら驚いていた
・その数日後、Kが外ではなく下宿内で自殺した
この流れであれば、自分の婚約が自殺の原因であると、また先生とKとの間で自分をめぐってなにか駆け引きが存したと、すぐに想像つくはずだ。
つまり、静の墓参り提案は「なにも気が付いていないから純粋に、仲の良かった知人の墓参りをしたいと思った」などという純白なものではない。
先生にかまをかけたものとみるべきだ。
そうだとすれば、その意図は
「Kさんって本当に自殺で亡くなったんだよね? だったら別にあなたと私が一緒に御墓参りしてもおかしくないよね?」であろう。
1(2)意味もなくぎょっとする
そして墓参り提案をされた先生は、見事に「意味もなくただぎょっと」してしまったのである。
見事に引っ掛かったというべきか。
しかし自分で「意味もなくただ」ぎょっとしたとわざわざ書いた、先生の意図はなんだろう。
これも一種の反語であろう。つまり「ぎょっと」してしまったことに、表面上書かれている以上の意味があるということだ。
やはり、Kは単なる自殺ではない。
1(3)挑発する静
さらに静は純白に見せ掛けた次の台詞を放つ。
「二人揃ってお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶだろう」
私にはもう、静が挑発しながら先生の顔に張り手をかましているように見えてしまう。
これにあなたはどう反応するのかしら? と。
タイミング的にどう見ても自分達の婚約を理由として自殺?した男について「自分達二人で墓参りすれば、喜んでくれる」と。
わざと先生を驚かせて、かつ同時に先生としては真正面から否定しようとすると隠し事が発覚しかねない台詞を、効果的に出している。
これに対して先生は「しけじけ眺め」るしかできなかった。
1(4)回答を要求する静
そして静は、しけじけ眺めるしかできない先生にとどめをさしにくる。
「なぜそんな顔をするのか」
先生に言葉での回答を求めたのだ。
私にはもう、先生が静から見透かされているとすら見える。
改めてこの一連の会話をじっくり読むと、名探偵コナンや「罪と罰」で主人公を精神的に追い込み続けた検察官?を思い出した。
静は最初から、先生がどんな顔をするのか確認するためにKの墓参りを提案したのではないか。
そうすると見事に先生が引っ掛かった。それを見て「なぜ」と追い打ちをかけた。
そしてこの静の「なぜそんな顔をする」に対する回答は、書かれていない。
先生は、回答できなかったと思われる。
なぜ回答できなかったのか。
「こっそり出し抜いて求婚した事を話したくなかったから」程度の理由ではないだろう。
先生はもう一段深い秘密を抱えていたから。そうではないだろうか。
自分がKをやったと。
どうしても他人には隠したい秘密が、Kの死に関して存した。
だから墓参りには自分一人だけで行きたかった。
そうではないだろうか。
2、気になるところ(メモ)
他、気になるところが2つ出来たので備忘録的にメモを。
・この二人での墓参りで、静ははじめて墓石を見たような反応・書きぶりである。
→ 納骨時や、墓の建立時には静は来なかったということか?
・先生はこれ以降、静とは決して墓参りに行っていない
→ 逆に不自然さを静にアピールすることにならないか?