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【歌詞考察】郷ひろみ・樹木希林「林檎殺人事件」―隠された事件の行方、そこにあったものとは?


はじめに

 音楽のみならず、文学や絵画など文化芸術全般において「くだもの」はしばしば大きな役割を果たします。たとえば、レモン。あるときは愛する人を喪った哀しみをうたう曲(米津玄師「Lemon」)になり、あるときは暗い心境を吹き飛ばす爆弾になり(梶井基次郎「檸檬」)、あるときはカゴに詰められて静物画(ゴッホ「レモンの籠と瓶」)になりました。
 さて、今回はくだものの中から「リンゴ」にまつわる一曲をセレクト。イケメンアイドルと演技派女優という異色のコンビで衝撃を与えた、郷ひろみ・樹木希林「林檎殺人事件」! その名の通り、この曲では「リンゴ」が大きな役割を果たすわけですが、いったいどのような形で詞世界に関わってくるのでしょうか? リンゴをシャクシャクかじりながら、一緒に考えていきましょう!

「林檎殺人事件」について

「林檎殺人事件」概要

 「林檎殺人事件」は1978年にCBS・ソニーから発表された郷ひろみ・樹木希林の2ndシングルで、作詞は阿久悠 作曲は穂口雄右が担当しました。この曲は当時放送されていたテレビドラマ「ムー一族」の挿入歌として発表され、郷ひろみと樹木希林はドラマの出演者。ちなみに前年には「帰郷」「お化けのロック」が同じく挿入歌として発表されています。人気アイドルと名女優の異色コンビ、衝撃的な曲名とは裏腹にコミカルでドラマチックな歌詞、そしてドラマの人気度から、「林檎殺人事件」はヒットを飛ばし、オリコン最高6位、「ザ・ベストテン」では1位を記録。のちにモーニング娘や安藤裕子がカバーするなど、世代を超えて愛される名曲となっています。

郷ひろみ、という歌手

人は愛の幻(ゆめ)を見ずにいられない…誰も

郷ひろみ「2億4千万の瞳」

 郷ひろみは1955年生まれの歌手、俳優、タレント。ジャニー喜多川にスカウトされ、高校1年生でジャニーズ事務所に所属。1972年に大河ドラマ『新・平家物語』で平経盛役を務めたのを皮切りに、多くのテレビドラマに出演。同年に「男の子女の子」で鮮烈な歌手デビューも果たし、西城秀樹、野口五郎とともに「新御三家」と呼ばれました。その後も単なるアイドルを超えた旺盛な活動で、ドラマ・レコード・雑誌の顔として確固たる地位を築き、60歳をこえた今でも幅広い世代から支持を受けています。代表曲に「裸のビーナス」「よろしく哀愁」「あなたがいたから僕がいた」「お嫁サンバ」「2億4千万の瞳」など。

樹木希林、という女優

いまなら自信を持ってこう言えます。
今日までの人生、上出来でございました。
これにて、おいとまいたします。

樹木希林

 樹木希林(1943~2018)は日本の女優。1961年に文学座一期生として合格すると、「悠木千帆」の芸名でテレビドラマ『七人の孫』に出演し知名度を獲得すると、プロデューサー久世光彦・脚本家 向田邦子のテレビドラマ『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』に続けて出演し、ユニークな演技派女優として高い評価を得ました。1973年に音楽家 内田裕也と結婚、1977年には芸名を「樹木希林」に変更して話題を呼びました。その後も数々の映画やドラマで熟練の演技を見せましたが、2018年に75歳でこの世を去りました。

「林檎殺人事件」考察

事件のあらまし

それでは考察に入っていきましょう!

アア哀しいね 哀しいね

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 曲の冒頭はこんなフレーズから始まります。「哀しいね、哀しいね」。なにやら意味深な言葉ですが、現時点では何が哀しいのかわかりません。ただ、このあとの歌詞を読んでいくにつれて、この「哀しいね」というフレーズの意味がわかってきます。
 さて、ここからいよいよ「林檎殺人事件」が始まります。

殺人現場に林檎が落ちていた
がぶりとかじった歯形がついていた
捜査一課の腕ききたちも鑑識課員も頭をひねってた

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 某日某所、ひとりの死体が発見された。死体の状況を見るに、何者かによって殺された模様。殺人現場には死体の他に、一個の林檎が落ちていた。しかもその林檎にはがぶりとかじった歯形がついていた。おそらく加害者がかじったものだろう。死体発見を受けて、警視庁捜査一課はただちに捜査を開始。ところが思いがけず捜査は難航。腕利きの刑事を動員しても手掛かりは掴めず、鑑識による調査も空振り。

霧に浮かんだ真赤な林檎
謎が謎よぶ殺人事件

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 こうして捜査は早くも行き詰まってしまいました。ひとつの手掛かりもなく、事件の真相は深い霧の中。ただひとつの希望は、加害者がかじったと思われる真っ赤な林檎。しかし鑑識課員の努力も空しく、その林檎からも犯人の手掛かりは掴めませんでした。
 いったい誰が凄惨な事件を引き起こしたのか? そして犯人はなぜ殺人を犯したのか? しかも、たった一個の林檎を残して。謎が謎をよぶ「林檎殺人事件」。もはや打つ手はないのか、事件はどうなってしまうのか……!?

アア パイプくわえて探偵登場

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 そのとき、膠着した事件現場に颯爽と登場したのはひとりの探偵。シャーロック・ホームズよろしく、たばこのパイプをくわえて現れた探偵。探偵は刑事や鑑識課員をのけながら、事件現場に踏み込んでいきます。

すべての原因は「あの林檎」?

 探偵が登場し、いよいよ物語が面白くなってくるところですが、曲がサビに入ると突然語り手が話し始めます。

フニフニフニフニ フニフニフニフニ
男と女の愛のもつれだよ
アダムとイブが林檎を食べてから
フニフニフニフニ 跡をたたない

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 語り手曰く、この殺人事件は「男と女の愛のもつれ」が発端になっている。愛のもつれ、すなわち嫉妬、浮気、不倫のたぐい。さらに遡って考えれば、人間がそのような恋愛にまつわるゴタゴタを起こすようになったのは、最初の人類であるアダムとイブが林檎を食べたせいである、と。
 アダムとイブの話は知っている人が多いかもしれません。旧約聖書『創世記』によれば、最初の人類アダムとイブは当初「エデンの園」と呼ばれる楽園に住んでいましたが、が蛇に唆されて禁断の「善悪の知識の実(=林檎)」を食べてしまった結果、神の怒りを買って二人とも楽園を追放されたとされています。ちなみに禁断の実を食べてしまったことによって、アダムとイブは裸でいることに恥ずかしさを感じるようになります。この「恥ずかしさ」こそが恋愛のゴタゴタの根源にあると考えてもいいかもしれません。「恥ずかしい」からこそ、恋愛は尊く、価値のあるものなのです。
 こうして「林檎殺人事件」の歌詞は、単なる殺人事件の枠を飛び越えてアダムとイブの時代まで飛んでいくわけです。うーむ、実に壮大ですねえ。
 ちなみに「フニフニ」という気の抜けた効果音(?)にも実は意味があります。これはドラマ「ムー一族」のプロデューサー 久世光彦のアイデアで「不二」、すなわち「二つとない、たった一つの存在」「両性具有」という意味のようです。「男と女みたいに別れるからいけないんだ。両性具有になってしまえば万事解決!」とでも言っているのでしょうか? 

林檎と歯形と探偵と

 殺人事件に戻りましょう! 先ほど颯爽と登場した探偵ですが、早速その名推理が光るようです。

歯形に三つの虫歯のあとがある
キャンディ好きだとにらんだ探偵は
聞き込み 張り込み 尾行をつづけ
こいつと信じた男をおびき出す

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 事件現場から見つかった食べかけの林檎。鑑識すら手掛かりを見つけられなかったなか、探偵は林檎についていた三つの歯型から犯人が虫歯であることを見抜きます。そしてそこから、犯人は虫歯になるほどのキャンディ好きだと推理します。
 「虫歯でキャンディ好き」。たったこれだけの手掛かりでも捜査は大きく進展します。聞き込み、張り込み、尾行の果てに、ついに探偵はひとりの男に目星をつけるのでした。
 万事休すかと思われたところ、突如現れた名探偵が事件を解決に導く。王道の名探偵っぷりがここで炸裂します。さあ、いよいよ探偵と犯人が直接相まみえることになります!

名探偵vs殺人犯! しかし……

闇にまぎれて大きな男
やって来ました殺人現場
アア パイプくわえて探偵失神

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 探偵は例の事件現場に犯人をおびき出すことに成功。人目につかない宵闇の中、現れたのは図体の大きな男。ついに名探偵と殺人犯の直接対決!
 ……かと思いきや、突然気を失う探偵。いったい探偵の身に何が起きたのか、その先の展開は明らかにされないまま先ほどと同じサビに続き、「林檎殺人事件」は終わってしまいます。
 ちょ、ちょっと待て、探偵は急にどうしたんだよっ! どうして急に失神しちゃったの!? 

「アダムとイヴ」=「犯人と被害者」ではない⁉

 ここからは、どうして探偵が失神したのか。そしてこの事件の真相は何なのか考察していこうと思います。
 殺人現場に現れた大男。そして失神した探偵。素直に考えれば、おそらく大男は闇に紛れて探偵の死角から現れ、事件の真相に辿り着きかけた探偵に暴行を加える。突然の攻撃に不意を突かれた探偵は、パイプをくわえたまま失神し、解決しかけた事件は迷宮入りしてしまう――。
 しかしこの結末はあまりにも退屈です。ストーリーの面白さを重視した作詞家 阿久悠が、こんなつまらない結末にするとは考えられません。
 ここで気になってくるのがサビの歌詞です。

フニフニフニフニフニフニ
男と女の愛のもつれだよ
アダムとイブが林檎を食べてから
フニフニフニフニ 跡をたたない

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 「男と女の愛のもつれ」。このフレーズから、殺人事件には恋愛が関係しているだろうということは、みなさんもお察しいただけるでしょう。しかし、この「愛のもつれ」は誰と誰の間で起きたものなのでしょうか。殺された被害者と犯人の間だと思う方が多いかもしれません。
 ただ、こう考えてみたらどうでしょう。「愛のもつれ」は、犯人と探偵の間で発生したものである、と。
 歌詞に登場する三人の人物、探偵、被害者、犯人。このうち、性別が明らかになっているのは犯人のみ。探偵と被害者は男とも女とも言及されていません。ではもし被害者が男だったら? もしも探偵が女性だったら? 「アダム」と「イヴ」と表現されていますから、ここでの恋愛はあくまで男性×女性です。となると、仮に犯人と被害者が恋愛関係でなかった場合、次に考えられるカップルは、探偵×犯人になりますね。
 となると、あの事件の結末は何を意味しているのでしょうか? ここからはやや主観的な考察になりますが、どうぞお付き合いください。

隠された事件の結末、その先に

 かつてひとりの男と女がいました。男はキャンディーが好きで、そのせいか虫歯になることが多く、今でも歯にはその痕が残っています。女の職業は探偵。警察とともに数多の事件を解決した「名探偵」です。二人は恋仲にありました。
 しかし、楽しい時間は長続きしません。ある日二人は別れてしまいます。それも穏やかな別れ方ならよかったのですが、言い合いに発展してしまい、実に後味の悪い別れ方になってしまいました。男は探偵の彼女に、深い恨みを抱くことになります。「いつか、復讐してやる」、そう思いながら。
 ですが、探偵の彼女はすぐに行方を眩ませてしまいます。なんとしても復讐をしたい男は、ひとつの考えに至ります。「そうだ! 難解な事件を起こせば、捜査のためにあいつは現場に現れるに違いない」。
 そこで男は彼女をおびき出すため、殺人に手を染めるのです。警察に真実を暴かれないように徹底的に証拠を抹消しました。ただ、今回の事件は探偵の彼女をおびき出すためのもの。完全犯罪にしては意味がありません。そこで彼が用意したのは「歯形のついた林檎」。歯形にはもちろん虫歯の痕があります。男は林檎を唯一の手掛かりとして、事件現場に置いて行きます。
 さて、間もなく事件が発覚します。難航する捜査のなか呼ばれた探偵の女は、落ちていた林檎の歯型を見て「あれっ」、思い当たるものがある様子。脳裏によぎるのは、昔愛した男。「あの人には虫歯があったはず……」。
 探偵は、自分の元彼氏が犯人ではないかと思い始めます。しかもキャンディー好きの男に絞って捜査をしていく中で、犯人=元彼氏はどんどん現実味を帯び始めるのです。そこで彼女は、事件の真相を確かめるべく、たったひとりで元彼と会うことにします。場所は事件現場。時間は夜。暗闇のなか、男が来るのを待っていた女探偵。
 そのときです。「久しぶりだな」。探偵が声のしたほうを振り返ると、そこにいたのはやはり元彼氏。鈍器を片手に、今にも振り下ろそうとする姿勢。その姿を見て、探偵は気付いたのです。「ああ、この事件の本当の目的は、私を殺すことだったんだ」、と。鈍器に打たれ、探偵は失神してしまいます。

アア哀しいね 哀しいね

郷ひろみ&樹木希林「林檎殺人事件」

 「アア哀しいね」。曲の冒頭でも登場した歌詞ですが、のちの事件の展開を予想していたと言えましょう。愛し合っていたにも関わらず、最後は醜い結末を迎えた大男と女探偵。まさに「哀しい」物語ですね。

おわりに

「林檎殺人事件」、いかがだったでしょうか。今回は物語仕立てで歌詞の内容を考察してみたわけですが、もちろんこの考察が正しいとはかぎりません。歌詞の中には空白がいっぱい仕掛けてあり、聴き手は思い思いの「林檎殺人事件」を組み立てることができます。内容をきっちり決めるのではなく、あえて余白を残しておく。作詞家 阿久悠の手腕が光る一曲ですね。
 それではまた次回お会いしましょう、ぐーばい!

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