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7-1 ボタンの掛け違い①(救世主)

PMIにおけるボタンの掛け違い

 買収された会社は、子会社としてもしくは吸収合併された会社として、親会社と一緒に事業に取り組んでいかなければならない。その際、親会社からPMI担当と呼ばれる人が買収された会社に送り込まれるのが一般的である。その担当者は、社長としてくるとこともあれば、単なる親会社とのつなぎ担当としてくることもある。いずれにせよ、この担当者の存在は、買収された企業にとっては一緒に未来を創っていく同士にもなれば、会社や組織を荒らす脅威にもなりえるので、受け入れ側が最初に迎え入れる時はドキドキしているものである。

 このPMI担当者が、会計や法務などの本部周りの統合、事業シナジーを創るための戦略立案などを取り仕切っていくが、最初に送り込まれた時にしくじってしまったらその後の関係構築に大変時間がかかってしまう。まるで、洋服を着る時に、最初のボタンを掛け違えてしまったことに気づかず、最後までボタンをかけてしまった時のように、最初に戻ってやり直さなければならないこともあり得る。人間関係も棄損していることが多いので、やり直しも一苦労である。PMIの失敗はたいていこのボタンの掛け違いに起因している。今回は、ボタンの掛け違いというテーマで、PMI担当者が送り込まれるときの心構えと、買収された企業の心理状況のズレを解説し、その対応方法について書いていきたいと思う。

救世主として振舞う

 買収した側の心理としてよくあるのが、「自分たちは救世主なのだ」という心構えである。買収した側からすると「行き詰っていた事業を私たちが何とかしてあげるのだ」「事業承継の問題があった会社を私たちが引き継いであげるのだ」など、“〇〇してあげる”という気持ちがあるのも分からなくはない。売却した側の株主や経営者にとっては、確かに救世主としての側面もあるのかもしれない。しかし、覚えておかなければならないことは、M&Aを取りまとめた関与者以外の社員、特に現場社員は今回のM&Aの背景を深いレベルで理解してはいないということである。

 売却した側の社員たちは、青天の霹靂なのである。とうぜん、社長や経営ボード陣から今回の売却の背景などはさまざまな形で語られるのが普通であるが、半分は頭に入っていないと理解したほうが良い。売却されたという情報を伝えられたとたん、人によって差はあるが、ある程度のショックと動揺、また今後自分はどうなるのだろうという不安が頭をもたげるので、売却理由などは2の次になるのだ。なので、どんなに口酸っぱく今回のM&Aの背景を語ったとしても、「何でM&Aをするのですか?」「何のためにM&Aをするのですか?」という質問が後を絶たない。そんな状況にも関わらず、買収した側のリーダーが、「私たちは救世主です。」というトーンで乗り込んでもトーンやテンションがずれてしまうことが多い。社員たちは天使の顔をした悪魔が来たと思い込んでいる人もいるくらいである。売却された側は、自分の将来に対する不安や曖昧さによって窒息感を持っているのである。

「皆さんの不安を解消してあげましょう!今回のM&Aに関してどのような不安がありますか?」と語っても、何も言ってこないことが多い。ここで「安心した。皆さん私たちを受け入れてくれた!」と勘違いしてはならない。何も言ってこないのは、その言葉を受け入れているのではなく、単に自己保身に走っているので今は言わない方が得だと考えているからである。このあたりを理解しないまま突っ走っていくと、連携がうまく進まずシナジーが生まれないどころか、これまでなんとか踏ん張っていた既存のビジネスすらも生産性が落ちていっている現状を救世主は目の当たりにすることだろう。あくまで、ビジネスを動かすのは現場の社員である。その社員にとって、買収サイドから送り込まれる人は救世主でもなければ、まだ仲間でもない。勝手な幻想を捨てて、信頼関係を丁寧に紡ぎあげる姿勢を持つことが大切である。

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