6-3 モテない売り手企業③
妥協できない会社
一緒に生活を始めるようになると、お互いの微妙な価値観の違いに気づく。朝ごはんはパンにするのかご飯にするのか。バスタオルは毎回洗濯するのかしないのか。寝る時は真っ暗にするのか明るくするのか。その都度、お互いに自分の欲求を伝え、理想の在り方を考え、お互いに妥協することで折り合いをつけていくものである。しかし、妥協できない人は変化することを嫌い、自分のこれまでの生活パターンに固執する。妥協できない人はモテない。
M&Aにおいては、会計、法務、人事などの本部機能しかり、顧客との向き合い方、商品開発の進め方などの事業機能しかり、さまざまな領域で折り合いをつけていかなければならない。当然、資本の論理で買い手企業が最終的に決定権をもつのが普通であるが、買い手企業も強引に押し付けたような構図になるのは避けたいものである。売り手企業が反対してきたときは、まずは話を聞こうとする姿勢が健全であろう。しかし、買い手企業が話を聞いてくれることをいいことに、売り手企業が自分のやり方をまったく変化させようとしないことや、買い手企業に対して自分たちの都合の良い要求ばかりを突き付けるのは好ましい形ではない。
ある会社で、売り手企業が新しいオフィスに移転する話が持ち上がった。そのオフィスのエントランスエリアのデザインを何にするか議論した時の話である。買い手企業は、これまで売り手企業を尊重する形でPMIを進めてきたが、このままでは進化はなかなか見えない。そこで、今回のオフィス移転を契機に、過去の郷愁は捨てて、未来を見据えた新しい関係性へと進化することを期待していた。その期待はしっかりと売り手企業に伝えてきたのである。買い手企業としては、エントランスエリアのカラーだけは買い手企業のコーポレートカラーに合わせてほしいと要求していた。しかし、売り手企業から提示されたカラーは、買い手企業のコーポレートカラーと、売り手企業がこれまで使用してきたコーポレートカラーを混ぜ合わせたような色であった。その時に初めて買い手企業のオーナーが声を荒げたのである。「いつまで変化を拒んでいるのだ!君たちは買われた側なのだ!」と。買い手企業のオーナーにそこまで言わせてしまった罪は、売り手企業にもある。買い手企業の包容力に甘えるだけで、自ら新しい会社の価値に合わせようとしてこなかったのだ。
妥協は決して負けではない。理想の未来を創るための生産的な活動なのだ。自分たちの生活や事業や立場を守ることだけに固執した先に未来はない。すべてを無抵抗に受け入れることは間違っている。しかし、妥協は恥だと思っているようならばすぐに捨てた方が良い。モテない売り手企業の典型である。変化を受け入れることである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?