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4-5 統合推進者に求められる「脚」

 統合推進者に求められるスキルとしては「脚」が大切である。ここでいう脚とはビジネスにおいてよく言われる「フットワークの良さ」として扱っている。統合推進者が目的遂行のために仕事場を離れて必要な場所に向かうべき脚であり、ビジネスに必要な情報を単なるデータではなくリアリティを五感で感じ取りにいくための脚である。それらはさらに“顧客に向かう「脚」”と“社員に向かう「脚」”の2つに分かれる。それぞれを解説していきたい。

顧客に向かう「脚」

 まずは顧客に向かう「脚」である。ビジネスシナジーを発揮する上において、重要な要素の一つが顧客層の拡大や顧客価値の向上である。特に、同じような業界でシェアを拡大するために実施される統合などにおいては、一気に新たな顧客層を獲得できるのみならず、互いに保有しているプロダクトを互いの顧客に展開するクロスセルなども、顧客価値を高めるための有効な手段である。顧客シナジーはDDの段階でビジネスシナジーとして描きやすい絵であり、一見簡単に実現できそうなプランである。しかし、実際にクロスセルを実行してみると、ターゲット顧客層がそれぞれ微妙に異なっていたるため、想定通りにクロスセルが進まないなどの事例も良くみられる。その状況に対して、統合推進者に状況説明を求めた時に、統合推進者が顧客に実際に向き合っていなかった場合、営業プロセスの問題や訴求メッセージの問題説明に終始し、そもそもプロダクトとターゲットが合っていないという根本課題に気づかずに傷口を更に広めるということもあり得る。

 統合推進者が新たな職場の状況を理解するために職場訪問や顧客訪問することもあるだろう。その場合、迎え入れるサイドが忖度して御しやすい顧客にのみ面談してもらうようにセットをしたり、クレームや厳しい要望が飛び交う喧々諤々の環境を避けるようにセットすることもある。そうなると、本当の意味で買収した事業が持っている課題や真の価値にリーチできない。統合推進者も、無様な姿を見せるのはプライドが許さないのか、自分は戦術を描く側で、実行するのは現場と割り切り、切った張ったの営業現場の世界から自ら遠ざかる場合もある。そうなるとM&A時に描いていた顧客像の解像度は高まることはなく、経営会議ではクロスセルを推進せよという乱暴な支持が飛び交い、それに対して誰も何も言えなくなる。統合責任者は全てのステークホルダーに説明責任を果たすべき存在である。企業の存在価値は顧客への価値提供である以上、顧客にしっかりと向き合うことで顧客ニーズの解像度を高め、事業戦略へとスピーディーに還元することは重要である。BtoB事業であれば、重要顧客や主要顧客には向き合う必要があり、BtoC事業であれば実際のユーザーの声を聴く必要がある。さらにはクレームなどの耳の痛い情報がしっかりと自分の元に届くようにすることが重要である。顧客に向かう脚をもち、どのような属性やタイプの顧客が、どのように自社の価値を感じてくれているのか、もしくは不満を持っているのかを五感で感じることでシナジーはさらに促進される。

社員に向かう「脚」

 次に社員に向かう脚である。M&Aの契約成立後、M&Aの背景をトップからのメールや映像などで売却サイドは共有を受けることは多い。しかし、「本当のところらどうなるのだろう」と不安に駆られているは想像がつくであろう。その不安を解消するために、M&A直後は様々な社員との面談の場や会食の場がセッティングされるのが普通である。その場において、これからの未来の展望や期待することを共有することで、受け手は何となく不安が解消されたようになり統合推進者は安心する。ただ、実際に、様々な心理的な不安や動揺が浮き彫りになってくるのは。M&A直後よりも、半年後や1年後など様々な統合施策が実施されてからの方が多い。本当は、そのタイミングで社員に向き合い実際の声を聴く方が効果的なのである。統合推進者においては、M&A直後に描いた絵を語るのは夢物語のように語りやすく気持ち良いものであるが、実際に展開してみるとその不備が露呈し、うまく回っていないことも多い。諸々と問題が噴出したタイミングで現場社員から生の声を聴いた方がよっぽど重要な情報を得られる。社員から耳が痛い情報を聴くのはつらいものである。その時こそ、真の社員に向かう脚の力が求められる。

 社員のエンゲージメントの重要性はますます高まっている。私が現在もフェローとして勤めているリンクアンドモチベーションは、従業員エンゲージメントこそが会社を発展させる成長エンジンであると確信を持ち事業活動している。まさにその通りであると経営業務を通じて実感することは多い。従業員エンゲージメントを高めるためには、まずはサーベイシステムによって実態を可視化し、その結果をもとに様々な施策を検討してくわけであるが、大事なことはサーベイ結果だけで判断しないことである。サーベイは組織の状態を俯瞰的に映し出したにすぎず、様々な不安や不満は現場においてリアルな感情として動いているのである。自社の組織において起こっている事象を抽象化された紙情報ではなく実際の声と空気で感じ取ることである。リンクアンドモチベーションがグループにジョインしていただいた会社には、自社サービスである従業員エンゲージメントを図るサーベイを実施してもらうわけだが、これによって組織状態を可視化することで組織の外観をつかむのは大変役に立った。しかし、組織を良好な状態にするために大切なことは外観にとどまらず、その内実を統合推進者が感得しにいくことである。

最後に

 「顧客に向かう脚」と「社員に向かう脚」は両方が大切である。この脚を阻害するのは一般的には統合推進者の要らぬプライドであることが多い。自分の勝手知らない事業や組織にそれなりのポジションで送り込まれた者として、社員に見くびられないように気を張るほど、実際の厳しい声を聴く状況に赴く脚は躊躇してしまうものである。その意味では統合推進者に求められる「脚」を発揮するために必要なのは、安全に守られている自分のデスクを離れて銃弾が飛び交う現場に向かう勇気なのである。

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