7-2 ボタンの掛け違い②(変革者)
変革者として振舞う
買収した会社に送り込まれる人は、これまでの仕事でそれなりに評価されてきた人が多い。自分の仕事の進め方にある程度の自信を持っているのである。それゆえに「自分の役目は買収した会社を立て直すこと」とか、「自分のやり方でこの会社を成長させる」など、肩ひじが張った状態でPMIを進めることもある。一方で、買収された側の会社の現場社員はできるだけ、今までのやり方を変えたくないと思っている。ここにボタンの掛け違いが起こる。
組織にも慣性の法則が働く。これまでのやり方を同じように続けていけば怒られることもない。たとえ業績や生産性が上がらなくても「今まで通りやっていました」という言い訳は強い免罪符にもなる。そもそも変化し続けようという気質を持っていたら、買収されることなく独立で事業を運営できていた可能性も高い。良くも悪くもビジネス環境の変化に対して無難に対応してきたからこそ今があるのだが、そこに、急に買収サイドの担当者がやってきて「今までのやり方を変えます!」と宣言されたら、社員たちは自己防衛本能が働き、全力で身構えるだろう。そこを強引に突破できる強いリーダーシップと、現場の機微を捉えて柔軟に対応する人間力を持っていれば乗り越えることができるが、そううまくはいかない。
特にたちが悪いのは、自分の得意領域を明確に自認している担当者である。開発に強い、営業マーケティングに強い、人事に強いなどの強みを持っている人は、その分野だけやたらと解像度が高いので、口を出せる材料をたくさん持っている。近しい業界を買収したのだから自分の力を活かせるはずと思っているのである。しかし、同じような業界であっても担当地域や商材が変われば微妙にやり方も変わってくる。また、文化が異なれば人事などの社内施策も現場の反応はまちまちである。「この会社のビジョンが浸透して無いから社員に元気がないのだ。まずはビジョンを再設計していこう!」など伝えても、買収された側の人たちの反対はほとんど無い。まずは従ってみるという姿勢で待ち構えているからである。しかし心の中では「それにこんな時間をかけて何の意味があるのだろう」と思っている。仲間同士の酒の席でのぼやきも聞こえてくる。
マーケティングのやり方を変える、人事制度を変える、営業手法を変えるなど、自分の得意分野で培ってきたやり方をベースに変えてはみたが、逆に一気に客足が遠のいたり、人件費が爆上がりしたり、営業パーソンが混乱して成約率が下がったりと業績に対してマイナス方向に働くことも多い。担当者のプライドが高ければ高いほど、自身の失態を認めたくないので成果が上がるまでやり続けてドツボにはまっていくか、現場社員の力量や理解力の低さのせいにして叱責を繰り返しているシーンが目に浮かぶ。新しく自分色に染めようとして逆に何のコンセプトやメッセージもない作品ができあがってしまうのである。
変革が必要なことはその通りだ。ただし、拙速な仕掛けや、自分の得意分野に偏った施策は失敗する可能性が高いと自覚しておくことだ。そして、一気に染めようとせずに、まずはその組織に染まってみることだ。その組織が持っている歴史や英雄伝、使われている言語、職場ごとに行われているイベント、ロイヤリティが高い顧客や離反してしまった顧客の声、活躍している社員の性格や入社動機など、そこかしこに組織を理解するための情報はたくさんある。まちがっても、担当者自身がこれまで所属していた組織の文化や勝ちパターンを前提にして進めないことだ。本当に変革したいのであれば、謙虚な姿勢でことにのぞみ、機を見て最適な施策を、相手に伝わるように実行していく事が大切である。
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