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副産物としての資本主義——ウェーバー『プロ倫』前半部

マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の前半部分(全2章中の第1章まで)が、今回の読書範囲でした。

「第1章 問題」は、3つの節に分かれています。今回は読みながら、さらに内容のまとまりごとの小見出しというか、内容の要約をつけてみました。以下の通りです。

1 信仰と社会層分化
 1) 近代の経済発展はプロテスタントと何らか関係がある
 2) なぜ、経済先進地域はカトリックよりも厳しいプロテスタントを選んだのだろう
 3) カトリック=手工業、プロテスタント=近代工業
 4) カトリックもプロテスタントも、多数/少数が興亡の理由ではない
 5) カトリック=禁欲的、プロテスタント=世俗的の図式は成り立たない
 6) 強固な信仰と、高度な資本主義は、どうやら親和関係にある
 7) 本書のミッションは、この関係を定式化すること

2 資本主義の「精神」
 1) 「精神」は研究の結末まで定義できない
 2) 「精神」の代表例としてのベンジャミン・フランクリン「時は金なり」
 3) BFは単なる功利主義(手段)ではなく、営利を最高善(目的)とする
 4) 職業義務に従う
 5) 資本主義は経済主体として企業家と労働者を作り出す
 6) 経済後進国の方が営利には貪欲
 7) 近代資本主義の前にあったのは伝統主義。攻めより守り
 8) 賃金の高低ではなく宗教教育の有無が資本主義の発展を左右した
 9) 企業家について――必要充足 vs. 営利
 10) 資本主義 vs. 近代資本主義
 11) 「精神」の侵入によって生存競争=近代資本主義がはじまった
 12) 「精神」の持ち主は禁欲的特徴を持つ
 13) 旧世界からの反発——営利は醜い、反道徳的
 14) なぜ、激しい反発のなかでBFは「時は金なり」と言えたのか
 15) 近代資本主義化は単なる合理化ではなく、むしろ非合理化。その起源をたどらなくてはならない

3 ルッターの天職観念——研究の課題
 1) 現在のBeruf(職業、天職)の意味はルターが聖書の翻訳を通して発明した
 2) 世俗的な仕事に宗教的意義を認めた「天職」は、プロテスタントの中心教義そのもの
 3) しかし、ルター自身は伝統主義的人間だった
 4) ルター「職業は神の御心の結果なので、度を越えてはならない」
 5) 結果、ルター派の職業観はどんどん消極的なものに……
 6) 近代資本主義の成立に迫るには、カルヴィニズムとピューリタンに注目すべし
 7) プロテスタンティズムが資本主義に与えた影響は、改革者たちにとって意図せざるものだった

第1章は「問題」と銘打たれているように、これから論じられるテーマのための宿題を整理したような内容です。
自分が気になったのは、3節の最後に出てくる「プロテスタンティズムが資本主義に与えた影響は、改革者たちにとって意図せざるものだった」というくだり、あるいは、天職という概念を発明したルター自身は、逆にきわめて伝統主義的な、つまりアンチ資本主義的な思想の持主だったというくだりです。
つまり、近代資本主義はそれを作ろうとして誰かが作ったものではなく、まったく別のものを意図した人々による副産物として生まれたものだった、ということになります。
意図したものとは真逆の、しかし意図したものよりもずっと強い何かを生み出してしまう。どこか寓話的です。体に良いとされるものを過剰に食べてしまった結果体調を崩してしまうような。あるいは「無意識」的なもの、精神分析でいう「抑圧」と「症状」のようなものを読み取れるかもしれません。

この辺りを念頭において、続きを読んでいこうと思います。

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