ちょうど1週間前、1か月間の海外旅行から帰ってきた。もともと海外旅行が好きだったが、前職の制限や新型コロナウイルスでプライベートでは4年以上ご無沙汰であった。転職先が決まったのは1月末だった。入社までの間、少なくとも1か月ほどは旅がしたいと思い、ダメ元で入社時期の後ろ倒しを転職先に掛け合ってみたところ快諾を得た。 私は一人旅が好きだ。一人で動くのだから予定を固める必要がなければ、同行者と自分の希望を調整する必要もない。だがなんと言っても一番の魅力は、旅先での人との出会
ノンフィクション作家、沢木耕太郎の短編集『人の砂漠』の「ロシアを望む岬」を読んだ。戦後からソ連崩壊の1991年にかけてレポ船や特攻船が北方領土周辺海域で暗躍する様子、領土問題やソ連国境警備隊に翻弄される根室の漁師の生活がまじまじと描かれている。 同じく道東・道北の人々とソ連・ロシアの関係を綴った作品として、北海道新聞社の本田良一記者の『日ロ現場史』がある。本田記者は北海道新聞の特派員として、ハバロフスク・モスクワ駐在の経験があるロシアの専門家だ。現在も、同紙の夕刊で北海
通勤電車を降り、いつものように無意識にポケットに手を伸ばすとスマートフォンがないことに気づいた。背広の胸ポケット、鞄の隅っこ。どこを探しても見つからない。駅の窓口で紛失を届け出た。 私はあまり落ち込まなかった。携帯電話を失くしたのは中学2年生の通学バスが最後だった。そのときは親切な人が届け出てくれたから、今回も見つかると思った。 あるいは、やせ我慢だったのかもしれない。「そんな大事なもの入ってないし、出てこなくてもいいでしょ」。側面に小さな傷があること、最近トイレに
背景 昨晩、ロシアの友人と2時間ほど通話した。9月21日にロシアで発令された部分的動員について、彼の考えや彼が住むまちの様子について、話を聴きたかった。 通話の相手はニコライ(仮名)。ロシア中部の沿ヴォルガ連邦管区に住む30代男性。建築家だ。彼とは2015年にウラジオストクで知り合った。鉄道でハバロフスクまで向かう私を、駅まで案内してくれた。メールアドレスを交換し、その後も私のロシア留学中に彼の家にお邪魔したり、モスクワで会ったりと、現在まで交流が続く。 ニコライの
金曜日、祖母が亡くなった。92歳だった。 最後の10年は施設で過ごした祖母。歩行に若干の不自由はあったものの、頭はしっかりしていて、施設生活の中で介護レベルが下がった。年齢にしては若い人だった。それでも、3年前、実質的に長男である父に、戒名を作りたい、と申し出た。自分の後先を整理しておきたかったのか。 個人の戒名を不特定多数の目に晒すのも考え物だが、祖母は反対しないだろう。祖母の戒名は、「麗幸院妙法清蓮大師」。少し説明したい。「幸」は祖母の俗名から、「麗」はそれを形容する
昨日、私の発案で職場の同僚と宴席を設けた。一昨日、大きな仕事がひと段落した。支援を買って出てくれていた同僚数名に対する感謝の意も込めて、親睦を深めたいと思った。 「明日の退勤後、よかったら飲みに行きませんか」。彼らに聞いて回る私の声は小さかった。というのも、そのとき、職場には私が飲み会に誘うつもりのない同僚Aが居合わせていたからだ。ここで、Aを誘わなかった理由を整理して考えてみたい。 まず、宴会当日、彼女は休暇をとっていた。Aの自宅から職場までは2時間弱かかる。飲み
JR埼京線十条駅西改札の目の前のビル。階段で3階に昇り、扉を開ける。ガランとした店内で私を迎えたのはスラっとした若い女性だった。 7月中旬、東京で唯一のクルドレストラン「メソポタミア」を訪れた。席に案内され、すぐに東洋風のシルバーのコップに氷いっぱいのお冷が運ばれてきた。猛暑日だったその日。氷がコップの中でぶつかり合う音だけで涼しさを感じた。 「こちらメニューです」。私の注文は既に決まっていた。実は、数年前にお店がオープンした時、2回ほど足を運んだ。その際注文して気
初対面の人と話すのが好きだ。同じ場所、同じ時間に見知らぬ人同士が偶然居合わせる。縁を感じて、相手のことを根掘り葉掘り聞きたくなってしまう。そしてその会話の中にいつも新たな発見がある。 先日、週末に弾丸で根室へ行った。土曜の朝には中標津空港に着きたかった。金曜夜に新千歳へ飛び、翌朝中標津へ向かった。 困ったのは宿泊場所だ。節約好きなので、最初は空港で寝ようと思った。だが、新千歳は最終便が出ると空港を閉めてしまう。代わりに見つけたのが、空港内の温泉施設だった。温泉に入れ
暖簾をくぐると三人の鋭い視線が私に集まった。「どちらさん」。六、七十代の女性店主がカウンター越しに問うた。 五月の連休、私は房総半島の興津を旅で訪れた。知らない土地を訪れる際は、地元の人から話を聞きたい。駅から五〇メートルほど歩いたところに、小さなプレハブの焼き鳥屋があった。暖簾は出ているが随分小さい。好奇心から扉を開けた。 カウンターのみの店内には夫婦と思しき客が二名。自分が観光客であることを告げると、さらに質問が来た。「ワクチンは打ったの」。店主に対し、私は既に三回接
そんなことできるのか。友人からの一件のメッセージは私を混乱させた。 六月初旬、大学同期のネコから、奥さんが妊娠したとの報告を受けた。大学テニス部の唯一の同期だ。親友同然の彼の吉報は、自分のことのように嬉しかった。 同時に強い驚きもあった。三月、先輩の結婚式で顔を合わせたとき、ネコは九月から研究のためにフランスへ発つと言っていた。出産予定は十一月だ。お産に立ち会うにしても、産前・産後に奥さんを側で支えることはできない。優秀で要領のいいネコだが、お産となると話は別だ。ど
ネットスーパーで食料品を購入している。送料200円で移動費と時間が節約できる。レジに並ぶ手間が省けるため、重宝している。 1月半ばのある日。配達員の方がいつものようにやってきた。私の家に来る配達員の方は4名いる。その日配達に来た方に、私はあまり良い印象を抱いていなかった。その男性は商品を受け渡す際、部屋の扉を足で支える。他の配達員は皆、持参したストッパーを使う。億劫な性格なのだろう。指摘するほどのことでもない。 商品の受け渡しが始まった。冷蔵もの、冷凍もの、最後に野