心霊現象再現ドラマ・『霊のうごめく家』番外編 『ほんとにあった!呪いのビデオ』と心霊番組~個人的な印象論を交えつつ
『ほんとにあった!呪いのビデオ』の成立と心霊番組
あからさまに『リング』のヒットにあやかったタイトルの『ほんとにあった!呪いのビデオ』(演出:構成 中村義洋)第一作だが、本作の演出スタイルはまた、テレビの心霊番組の構成を引き継いだものであった。
遡ること1991年3月28日、日本テレビは夜7時から8時54分の「木曜スペシャル」枠にて、単発バラエティ番組『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』を放送した。出演者はみのもんた、日本テレビのアナウンサー(当時)永井美奈子。コメンテーターには杉本彩、かとうれいこ、中村浩美。
新聞のラテ欄には「巨大怪獣オゴポゴ」「ミステリーサークル」の単語に混じって「スタジオ騒然!!ビデオに写った巨大な顔!動く幽霊の姿公開」との記載がある(※65)。
YouTubeにはCMを含めた番組全編がアップロードされているが、そのうち「ビデオに写った巨大な顔」の8ミリビデオはその後、筆者が確認した限りでは約10年間にわたって日本テレビとTBSの心霊番組で3回、使用されている。
『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』の番組中、「ビデオに写った巨大な顔」のあらましは次のようなものだ。
みのもんたが「次にご紹介するのが、ある少年がビデオを買いました、家で友達とビデオを操作して遊んでいました、そこに途轍もないものが映っちゃったんです」と、経緯を簡単に説明したあと、永井美奈子が合いの手を入れて問題のビデオ映像に移行する。
顔にモザイクのかかった夏服の少年が、自宅リビングで撮影したホームビデオの映像。画面右下には「1990 9 15」と日付が表示されている。8ミリビデオカメラのコマ撮り機能を使い、お茶目なポーズをとる少年が現れたり消えたりを繰り返すホームビデオの映像は、どこかジョルジュ・メリエスのトリック撮影のようだ。
だが画面右上、カーテンを開けたままのガラス戸の隅から顔色の悪い男の顔が横滑り移動をしながら、動画の内容とはなんら脈絡もなく出現。出現のタイミングに合わせ、番組スタジオの出演者の叫び声や狼狽えるリアクションが編集されている。番組はホームビデオとスタジオの映像と音声を、巧みに編集することで、エンターテインメントとしての恐怖感を盛り上げていく。
CMを挟んで、番組は取材スタッフによる検証VTRに入る。ナレーションは逐一、内容を事細かに説明する。
まずは「株式会社ピアス」がビデオの画像をコンピューターで解析。画像の色合いを変化させる、一部が切り取る、顔の形をコンピューター・グラフィックスで波形データに変換するなど、様々な角度から分析。結果を従業員である「豊田恵美」は淡々とコメントするが、どうも捏造にしては不可解な点があると語る。
その分析データを手にした取材スタッフは、日本テレビのアナウンサーである関谷亜矢子と共に、8ミリビデオが撮影された一戸建て住宅へと赴く。撮影した中学生「A君」へのインタビュー(「A君」「B君」はどちらも、顔が照明によって隠されており見えない)。「A君」の戸惑い気味の証言。関谷亜矢子による現場でのリポートでは、途中から関谷が番組スタッフが撮影するテレビカメラのフレームから、8ミリビデオを接続したテレビのなかに移動するという、凝った演出が目を引く。『邪願霊』から『リング』へ至るJホラーにとって、テレビ画面がいかに重要であったのかを示唆するようで、興味深い。というのも、1998年の『リング』第一作の主人公は原作とは異なり、テレビ局の女性アナウンサーであると同時に、『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』のような心霊番組のレポーターであった。主人公の設定に限らず、『リング』第一作目は、90年代に放送されていた心霊番組を構成するさまざまな要素を組み込んだ作劇となっている。
個人が番組を視聴するテレビ画面、番組スタッフが撮影したテレビカメラの画面、検証VTRが撮影したテレビ画面と、フレームが四重もの複数となる関谷亜矢子のリポート。その次は、家屋の間取りから「A君」と「B君」とカメラの位置関係を検証。証言内容をもとにスタッフが映像を再現しようと試みる。さらに「B君」の新たな証言を受けて、別の角度からスタッフは映像の再現を試みた。
番組スタッフはさまざまな角度から捏造の可能性を検証するが、最終的には本物の心霊映像である可能性を捨てきれないと結論。検証VTRからスタジオセットのコメントに番組は移行、そのあとの取材テーマは池田湖の「イッシー」。またしても一般視聴者が撮影した「イッシー」が写ったらしい8ミリビデオを元に、番組スタッフは現場検証を行うのであった。
一般視聴者が偶然に撮影した心霊映像。それをコンピューターで分析する。映像と分析結果をもとに、スタッフは撮影者へのインタビューと現場検証をおこなう。問題となっている心霊映像を再現する試み。『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』には、すでに『ほんとにあった!呪いのビデオ』第一作とおなじプロット、構成、演出が出揃っていた。1999年にリリースされた当時のオーディエンスにとっては自明であったのだろうが、『ほんとにあった!呪いのビデオ』は、テレビの心霊番組のフォーマットから、スタジオセットと有名タレントを省略、投稿映像と検証VTRのみを抜き出して再構成したものだ。投稿された心霊映像のショッカー演出も、検証VTRに出演する関係者も、フェイクであるのは現在となっては明らかである。
さらに1996年5月14日、日本テレビは夜7時から8時54分までの『火曜デラックス』枠において、『怪奇!恐怖体験・学園のミステリー』を放送した。学校の音楽室のセットが組まれたスタジオにつどう、番組ホスト兼取材リポーターであるアナウンサーの福澤朗。コメンテーターとして島田紳助とトミーズ雅、それに筆者の調査不足により名前が確認出来ていないが、一名の女性タレントが出演。
1995年には平山秀幸の映画版『学校の怪談』のヒットを受けて「学校の怪談」に商品価値がついていた。それにあやかって『怪奇!恐怖体験・学園のミステリー』では、UMAやUFOは取り上げず、心霊写真や心霊動画に特化した構成と演出となっている。番組開始早々、学校で撮影された心霊写真が紹介され、検証VTRでは現地取材と住民へのインタビュー、霊能者のコメント、写真が撮影された土地で起きた事件と幽霊をむすぶ因果関係の検証を、矢継ぎ早に重ねていく。
この番組では、『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』で紹介された心霊映像と検証VTRが、ふたたび使用された。おどろおどろしいフォントで『ビデオに映った巨大顔の怪!』のタイトルが付され、積み上げられたビデオテープのショットに「日本テレビに寄せられた沢山の手紙、そのなかに一本の8ミリビデオテープがあった」と早口で語るナレーション。ホラー映画風の音楽にあわせ、視聴者が投稿してきた8ミリビデオテープの映像がはじまる。
検証VTRの中身は『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』を再利用したもの。だが8ミリビデオの日付にモザイク処理を施し、ナレーターとナレーション、BGMとして使用された映画のサウンドトラックを別のものに差し替えてある。さらに検証VTRの音声には、スタジオでリアクションをするタレントの音声を巧みに再編集、バラエティ番組として高い完成度となっていた(※66)。
ちなみに「ビデオに写った巨大な顔」の動画が使用された三度目の事例は、TBS『USO!?ジャパン』(2001年~2003年)の番組内である。YouTubeにアップロードされたのち削除された動画は、番組の一部分だけであり、現時点では筆者は放送日時を特定できていない。筆者が確認できた範囲では、同番組では「ビデオに写った巨大な顔」の8ミリビデオ映像だけを使用しており、検証VTRなどは存在しなかった。電話の呼び出し音が収音されていた8ミリビデオの音声は、坂本龍一が制作した『御法度』(監督:大島渚 2000年)のサウンドトラックから『Temple』が使用され、聴こえなくなっていた。
2003年から開始された『稲川淳二 恐怖の現場』シリーズ、2008年からの『怪談新耳袋 殴り込み!』シリーズ、そしてYouTubeチャンネル『ゾゾゾ』が存在する現在からすれば、「ビデオに写った巨大な顔」は、スタッフが作った心霊動画であることは明白だ。稲川淳二、殴り込みGメン、ゾゾゾのメンバーが心霊スポットでどれだけ騒いでも、一向に幽霊の映像など撮れた試しはない。『ゾゾゾ』のメンバーと視聴者などは、そんな事情は互いに承知のうえで、動画の内容をフィクションとして受け止め、笑いを交えながら楽しんでいる。その姿勢は、『緊急リポート!!これが世界の怪奇現象だ』や『怪奇!恐怖体験・学園のミステリー』の視聴者の大半も同様であっただろう。1997年からフジテレビで放送が開始された『奇跡体験!アンビリバボー』の心霊企画を、放送当時は小学生であった筆者は、幽霊の実在について特に考えたりしなかった。子どもであった筆者は番組に対して、ホラー映画の延長めいた感覚で視聴し、無邪気に楽しんでいた。
とはいえ、実在するか否かの判断を、どうでもいい存在として放置したまま視聴していたからこそ、大半の視聴者は幽霊の映像(心霊写真や心霊動画)について、エンターテインメントとしての恐怖やリアリティを感じていたのだろう。 そのような心霊映像にリアクションを示す著名な俳優や人気タレントの存在は、番組に華を添えていた。プロレスめいた虚実入り交じる賑やかなカオス。挟み込まれる明るいムードのCMとのギャップ。番組終了後に始まるテレビドラマやニュース番組。それらすべてをテレビ放送はまるごと呑み込んでいたからこそ、90年代の心霊番組は放送コンテンツのひとつとして成立していた。誕生して間もない日本テレビを急成長させたプロレス中継のパフォーマンスが、ときに修羅場を映しだしつつ、演出とリアルの狭間で揺れ動き、演じるレスラーの存在もまた、虚構と現実の狭間で成立していたキャラクターであったように。
90年代Jホラーが生成していった「リアルな幽霊」のイメージと作劇と演出。その根底にあったのは、テレビで放送され、テレビ画面に映り続けた幽霊たちであった。ときに心霊写真であり、映画やテレビに映り込んだとされた幽霊であったり、心霊現象の「再現ドラマ」であったりした。テレビが情報産業の頂点に立っていたからこそ、その隙間から幽霊たちは生活空間に這い出すことも出来た。
戦争の経過を刻々と伝える早朝の報道番組から、真夜中のソフトコアポルノまで、テレビは映しだした。そのテレビもまた、インターネットの普及が進んだ2000年代からメディアとしての地位が徐々に傾きはじめ、スマートフォンの登場と2011年の東日本大震災によって、情報産業の屋台骨が大きく揺らぎ、衰退へ向かう。
その渦中にあって、レンタルビデオ店でのみ流通する心霊ドキュメンタリーは、テレビの華やかな世界とは予め切り離されていた。『邪願霊』が評価されていた1988年当時は、あくまでもテレビ局から誤って流出してしまったと錯覚させる作劇と演出、流通と視聴の形態が成り立っていた。『ほんとにあった!呪いのビデオ』に始まる心霊ドキュメンタリーの量産は、2000年代以降の心霊番組の減少と合わせるかのように、演出のルーティン化、ショック演出と露悪性の過剰、それらの飽和をもたらしていった。その間に開始された『稲川淳二 恐怖の現場』『怪談新耳袋 殴り込み!』シリーズは、心霊スポットでいくら罰当たりな真似を重ねたところで、心霊動画の撮影が不成功に終わるどころか、出演者やスタッフには霊障すら起きない事実を可視化させた。いきおい、心霊ドキュメンタリーは作り手とオーディエンスの共犯関係を育み、最初からすべてが演出であることを了解のうえで、フェイクドキュメンタリーの枠組みから大きく逸脱したフィクションの領域へと足を踏み入れていく。
2012年から開始された『ほんとうに映った!監死カメラ』シリーズの16作目『ほんとうに映った!監死カメラ16』(2018年)では遂にギャグに走り、建築物の幽霊が青空に浮かび上がる心霊動画が登場。ディレクターを務めた寺内康太郎は2020年、心霊ドキュメンタリーの総決算にして、フェイクドキュメンタリーの皮を被ったドキュメンタリー批評である連続ドラマ『心霊マスターテープ』を発表。小中千昭が『邪願霊』の制作にあたって強いインパクトをもたらした原一男『ゆきゆきて、神軍』(1987年)の方法論である「踏み越えるキャメラ」が、撮影行為と被写体の共犯関係によって本物の殺人を誘発する危険性を描いてみせた。
『心霊マスターテープ』の批評性は原一男に限らず、撮影行為そのものが最初から孕んでいる暴力性を再度、自覚したものであった。東映実録路線を終結させ、モデルとなった人物との協力関係が現実の抗争を刺激したと足り沙汰された『北陸代理戦争』(1977年)、『アフターヌーンショー』や豊田商事事件の現場中継だけではない。『心霊マスターテープ』のストーリーはその放送終了直後、『テラスハウス』が引き起こした木村花の自死を、図らずも予見したように思える。木村花の自死は、テレビが放送するリアリティーショー(フェイクドキュメンタリー)と、ソーシャルメディアの力学が相互作用を起こした末の出来事であった。『邪願霊』にインスピレーションを与えたテレビの心霊騒動のように、木村花の幽霊がテレビに映ることはなかったし、今後もないだろう。
『邪願霊』から30年あまり。2022年末、Jホラーは、ふたたび曲がり角に立たされている。数々の「心霊ドラマ」や心霊ドキュメンタリー、そして貞子が頼りとしたテレビ視聴とVHSは過去のものとなり、レンタルビデオ産業はストリーミング配信に移行。それに従って、Vシネマや心霊動画は瀬戸際に立たされている。
2023年以降のJホラーはどうなるか。ライトユーザーを圧倒的に拡大させつつ、ヘビーユーザーをも抱き込むアニメ産業とは異なり、Jホラーの後継者たちは欧米や韓国、台湾から登場し、もはや日本からは登場しないのだろうか。その兆候はすでに、台湾(『返校』2019年)、イギリス(『ライトハウス』2019年)、テヘラン(『アシュカル』2022年)などの映画に現れている。
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