【ブログ】コメント1つの重み
大手や中堅のブログは閲覧数だけでなくコメントもたくさんきます
でも自分みたいな過疎ブログはコメント1つくるだけでもかなり珍しいことでよほどのことでない限りこないです
今回はコメント1つの重みを感じたある出来事について書きます
【初代のブログ】
不思議のダンジョン系のゲームについてのブログを9年ほどやってたけど今はやってないのは以前の記事で書きました
今でも閉鎖や削除はしてなくて一応残してあります
そんなブログを数ヶ月おきくらいに
「どうせもう誰も来てないでしょ」
って感じで定期的に見に行くと意外と人が来ててちょっと困惑してます
今日も久しぶりにきてみたらまさかコメントがついてびっくりしました
それは自分の初代ブログへの撤退と不思議のダンジョンへの引退を書いた最後の記事です
そのコメントを見てさらにびっくりです
「君はまたいつか戻ってくる」 と一言
何やら確信めいたコメントでした
【重さを感じた理由】
冒頭でも書いたけど過疎ブログへのコメントは本当にこないです
「君はまたいつか戻ってくる」
最後のブログにするコメントとしてちょっと違和感あります
普通のファンだとしたら「戻ってきてほしいです」とか「今までありがとう」とか願望やお礼を書くと思います
しかも更新をやめてから1年近く経った書き込みというのが驚きです
普通はそんなブログにコメントなんて書かないと思います
だからこそあの短文に重みを感じたのです
不思議のダンジョン14年 このブログ9年の積み重ねを見てきたからこそ言えることだと思います
数々の鬼畜ダンジョンや縛りプレイやRTA
はたまたポケモンセンター縛りなど9年間でいろんなことを記事にしてきました
きっとそういうのを見て
「この淫れ大根という人間はちょっとやそっとじゃやめないだろう」と判断したのだと感じました
実際に自分が不思議のダンジョンに戻ってくるかは重要ではないです
自分のブログを見てあの一言が言えるっていうのがとても大事だからです
【人間性】
自分はこの短い一言に人間性を感じました
もしこの人とメールや電話でやり取りしたらきっと面白いだろうなって思うくらいです
自分は基本的に他人には無関心なのでここまで人に興味を持つのはとても珍しいことです
これは今まで味わったことのない感覚です
確かに嬉しさや喜びもあるけどそれは微々たるものです
本当に信頼できる人たちからは自分はかなり評価されてるみたいだけどそれに近い何かを感じました
自分の本質のようなものを見抜いたのではないかとちょっと感じました
もしあのやり取りがTwitterなら速攻でフォローして速攻でスペース配信やる誘いをやったと思います
それくらい自分に強い影響を与えてくれました
【過疎ならでは?】
自分のブログが大手でたくさんのコメントがきてる状態ならこんなこと思わなかったと思います
大手に対してならコメントする敷居は下がるのでそのぶん重みは減ると思います
いわゆる有象無象が増えるって感じです
でも過疎ブログならほとんどがスルーするなかでやるのでコメントする側もかなり思い入れがない限りコメントしないと思います
そのぶん理解のある人や本当に気に入ってくれる人のコメントがきやすいと思います
別に過疎でよかったとは言うつもりはないけど純粋に貴重な体験ができたと思います