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記念日…

2024年 11月9日(土)

昨日の景色…

昨日の朝のそらやまハウス…
一昨日の暗くなる寸前まで草刈りをしていました…
そらやまハウスの菊芋…
サツマイモのツルだけは残して…

〈気になる記事…後半…〉

ベンチャー社長の時よりも幸福に生きている…がんと5回闘い、打ち勝った53歳が行き着いた"本当の幸せ"

(記事本文抜粋…)

日常が突然、崩れ去る「がん告知」

「がん」という病名を告げられたその瞬間、誰もが大きなショックを受けます。

日本人の2人に1人ががんになるとか、がんは治る病気になってきているという知識は、告知のショックの前ではあまり意味をなしません。これまでずっと遠くにあると思っていた「死」が、突然目の前に現れ、「自分はもうすぐ死ぬのかもしれない」という恐怖に頭の中が支配されるのです。

私はこの経験をしたことで、病気を乗り越えた今でも、いざというときに備えて心のどこかで準備をしているようなところがあります。人生いつ何が起こるか分からない、と。

別に再発の恐怖に怯えて毎日びくびくしながら暮らしているというわけではありません。それでも何かの折に、がん告知の場面を思い出すことがあります。当たり前の日常が突然崩れ落ちるあの瞬間が脳内に蘇ります。

そうすると、「目の前の日常は、決して当たり前ではないんだ。さまざまな巡り合わせの結果、奇跡的に与えられた、かけがえのない一日なんだ」ということを改めて思い出します。そして「今日も悔いのないように生きよう」と思うのです。

おかげで、がんになる前よりも、毎日を幸福に生きられるようになったと感じています。

自分の人生は「無限」だと思っていた

若いころは、自分はなんとなく80歳過ぎの平均寿命くらいまでは生きるんだろうと、深く考えることもなく思っていました。そのころの自分にとって80歳というのは、遠くに霞んでほとんど見えないような年齢です。永遠のそのまた先のようなものです。

それはつまり、自分の人生には無限に時間があるのだと思っていたようなものです。

もちろん、人は誰でも死ぬし、永遠の命などないということは頭では分かっていました。しかし、具体的なイメージとして、自分が死ぬということを想像するのは難しいものです。家族の死に何度も直面しても、自分自身の死を意識することはありませんでした。

がんを経験すると、それが一変します。突然、自分の人生には残り数年しかないかもしれないと宣告されるのです。そこで、自分の人生の残り時間には限りがあるという現実に気づきます。

明日が来るのは当たり前ではないと気づき、人生の残り時間を意識するようになります。

誕生日のお祝いや、旅行などの楽しいイベントも、死ぬまでにあと何回経験できるだろうと考えます。

すると、一日一日が本当に大切なものになります。

人生が有限だと気づくと、残りの人生をより大切に生きていくことになるのです。

「もっともっと」で幸せに近づけるか

ベンチャー企業の経営者だったころの私は、もっと売上と利益を増やし、もっとお客様を増やし、もっと社員を増やし、もっと給料を増やし……というように、「もっともっと」の人生でした。

もちろん資本主義の世界で会社経営をしていく上で、これは間違ってはいません。特に若い会社には、成長志向は必要な要素です。

でも個人にとって、「もっともっと」を続けることが幸せに近づく道だとは限りません。物質的な世界の欲望は際限がないからです。

車を買えば、次はもっとグレードの高い車が欲しくなる。目指していたものを手に入れても、その満足感は長続きせず、すぐにもっと上が欲しくなります

物質的な欲求には際限がなく、いつまでも満足できないのです。収入が2倍になっても、幸福感は2倍にはなりません。

それは、いつまで経っても幸せになれないということです。

さらに、もっと稼ごうと仕事で上を目指し続けるということは、責任ストレスも増え続けるということです。

私はそうした人生を送っていたさなか、海外出張中にスイスの空港で倒れ、最初のがんである脳腫瘍が見つかりました。まさに、新しい取引先と新しいビジネスの打ち合わせをした帰り道でのことでした。

がんのおかげで「隠れた幸せ」に気付けた

それからがん闘病を繰り返す中で、本当の幸せは「もっともっと」を追求していた物質的な世界ではなく、当たり前の日常の中隠れていたことに気づきました。

何気ない日常に隠れている、しみじみとした、胸の奥が温かくなるような幸福感は、「もっともっと」を必要としませんそれだけで十分に幸せだと満足できるのです。

がんのおかげで、そういう大切なことに気づけたのは、今となっては本当によかったと思います。

もちろんがんにならずに気づくことができたらよかったのですが、自分の性格上、心の底から当たり前の幸せの大切さを実感し、「もっともっとから抜け出すためには、数度にわたるがん闘病が必要だったのだろうと今では思っています。命に関わるがんでもなければ、自分が命をかけて立ち上げた会社を手放すなどという決断はできなかったと思うのです。

当たり前の日常の価値を忘れたくない

お世話になった医師や看護師さん、ドナーさんをはじめとするみなさんへの感謝の気持ちが蘇るとともに、今の当たり前の日常が、どんなに貴重でかけがえのないものかを改めて実感できます

人間は忘れていく生き物です。あんなに辛かった経験も、時が経つにつれ、その記憶は少しずつ鮮明さを失い、ぼやけたものになっていきます。そして今の生活を、当たり前だと誤解して過ごしてしまいます。

でも、記念日(ドナー移植の日)をお祝いすることで、辛かった経験を思い出すとともに、その辛い経験を乗り越えたからこそ、当たり前のように見える今があることを再確認できます。

だから、こうした記念日は私にとって、今の幸せを実感できる貴重な機会となっているのです。

👉「際限が無い物質的な世界の欲望」

そんな“もっともっと”な人生から…

“それで十分に幸せ”な人生に…

身近な人の死や…
自分自身の深刻な病気が…
自分の「限りある人生」とその「かけがえのない今の当たり前の日常」というものに気づかせてくれている…

だからそれは決して無駄ではなく…
自分に必要なことだった…

「人生いつ何が起こるか分からない」

だからこそ…

「自分自身の死を意識すること」

で…

「今の当たり前の日常が、どんなに貴重でかけがえのないものかを改めて実感できる」

自分の誕生日であったり…
だれかの誕生日…
そしてだれかの命日…

そんな「記念日」というのは…
そんな「自分自身の死を意識すること」で「かけがえのない今を生きること」のための貴重な機会なのかもしれません…

〈気になる記事・前半…〉はこちらから…


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