第283回、偽りのユートピア
トンネルを抜けると、そこは楽園だった。
男は驚いていた。ゾンキューのはびこるこの世界で、ウイルスに感染していない人達が暮らす、平和で社会的な街がまだ存在していた事に。
20XX年、世界を震撼させた新型コロナウイルスによる一大パンデミックは、ワクチンの開発や生活習慣の見直しにより収束をして、世界は一時期、元の
平和な状態を取り戻していたが、ウイルスの突然変異により、感染者が狂暴化して、ウイルスに感染した人間が未感染の人間に噛みついて、ウイルスを次々と感染させるようになったのだ。
感染者のゾンビさながらの様子に、このウイルスに感染した人々を、当初はゾンビやコロナゾンビと呼んでいたが、ゾンビとは違い死なずとも感染症状を発病させる事から、ゾンビモドキや、はたしてこれはゾンビと言えるのかと言う意味を込めて、ZONQ(ゾンキュー)と呼ばれる様になっていった。
このゾンキューは、死なずとも症状を発病させる事や、死んでいない感染者を殺す事にためらいが生じる事もあり、あれだけ映画で描かれつくして来たゾンビ等よりも、遥に速い速度で世界中に感染を広めていき、人間の世界は数年で壊滅したのだった。
「ようこそ人類の最後の希望の地、ユートピアへ。ここは世界でも数少ない人間がゾンキューに感染をしていない街です。元々コロナウイルスの再感染に備えて、国が様々なウイルス対策を施していた実験都市なのですが、それが功を奏して、今回のパンデミックにも奇跡的に対応する事が出来ました。
今やゾンキューの影響を受けずに社会機能をしている街は、世界でもここを含めて数か所しかないでしょう。
この街に辿り着けた、あなたは本当に運が良かった。
あなたも今日からはこの街の住人として、ゾンキューに脅かされる事のない安息の生活を送れるのです。
所で最初に断っておきますが、この街は楽園には違いありませんが、完璧な理想社会ではない事だけは、予め伝えさせていただきます。
正直な所食糧もこの街の人達全員に、永久に提供をし続けられる訳ではありません。数年後には、今ある食料も底をつく事になるでしょう。
今はなるべく全員に食糧が行き届く様にしてますが、正直全員に対して平等にという訳にはいかないのが現状なのです。私達としても心苦しいのですが高齢者や病気を抱えている人達の優先度は、下げざるを得ません。
ウイルスに感染した人達も、一部の人を除いて排除をさせて貰っています。
排除というのはご想像の通り、感染者を殺す事です。
もちろんウイルスの感染者達が、まだ生きている人間だという事はわかっています。しかし無感染の人達の安全を守る為には、やむを得ないのです。
一部の人というのも、抗体ウイルスを生成する為の被験体になって貰う人達です。ええもちろん薬品開発の初期段階における人体実験が法令違反なのは十分にわかっています。
しかしそうも言っていられないのが、今の社会の現状なのです。
なぜこんな事を、街に入りたての人にわざわざ言うのか、あなたは不思議に思われるかもしれませんが、それは新たな入居者に、この街の現状をきちんと理解をして貰いたいからなのです。
ゾンビ映画でも、よくあるじゃないですか。
ゾンビに感染をしていないユートピアに入りたての主人公が、その街の裏の実態を知って、ここは偽りのユートピアだと罵った挙句、その街を崩壊させてしまう描写が。
主人公からしたら、正しい行いをした気でさぞ気持ちがいいのでしょうが、感染から街を守る為に、違反や非人道的なのを承知で社会の維持をしている人達からすれば、たまった物ではないのです。
だから新たに入居をする人達には、予めここが決して正しい行いの上に成り立っている理想郷、ユートピアではない事を、偽りのユートピアである事を事前にきちんと理解をしておいて頂きたいのです。
私達はあなたにそれを理解した上で、この社会のルールに従って貰いたいと思っています」
男は、この街の管理者の言葉に、異論はなかった。
この数カ月間、生きるか死ぬかの地獄同然の世界をさまよって来たのだ。
例えここがどの様な街であろうとも、ゾンキューの恐怖に怯えぬ生活が出来るのなら、この街の実態等、どうでもいいと心から思えたのだ。
男は、久しぶりにまともな食事にありついて、布団の中で眠りについた。
出来る事ならこの楽園で永遠に暮らしたいと、男は心からそう思っていた。
だがその願いは、長くは続かなかった。
深夜の街に警戒警報の音が鳴り響き、男は目を覚ます。
「弓矢を持った何者かが、街の機能を次々に停止させていますっ!」
街の中枢の制御管制室で、オペレーターが声を荒げた。
「彼らは今、感染病棟のロックを解除しました。病棟から次々にウイルスの感染者が、ゾンキューが街にあふれ出ていますっ!!」
「先週入居をして来た奴らだな‥ あいつには、あれだけこの街への理解を求めたのに、我々のしている事は、人間として間違っている、非人道的だと同意を得られなかった。こんな事なら、あいつらをこの街から追放するべきだった。だがそれももう遅い、手遅れだ。この街は、まもなく崩壊する‥」
夜が明ける頃には、街には新たに感染をしたゾンキュー達があふれかえり、街は壊滅していた。
弓矢を持った男は、車を強奪して街から既にいなくなっていた。
弓矢の男は、楽園を目指して、再び流浪の旅に出る。
新たな楽園に辿り着いては、そこが偽りの楽園だと罵り、破壊を繰り返しながら。いつか自分にとっての本当の理想の楽園に辿り着く事を願い続けて。
自分自身では決して、その楽園を築こうとする事もなく。
※この物語は、ゾンビ映画のお約束を皮肉った物であり、意図的に曲解した解釈の元に描いています。
弓矢を持った男は、イメージされる特定の日本ドラマを示した物ではなく、そのドラマや、ドラマの主人公を批判する物では、決してありません。
「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」
が、2024年1月26日(金曜)より、いよいよ劇場公開されます。
竹内涼真が主演を務める、和製ゾンビドラマの金字塔であり、自分は第一部しか見ていませんが、映画はぜひ観に行こうと思っています。
主人公の正しい行いの元、人類にとって最後の希望の地、偽りのユートピアが崩壊していく様を、楽しみに見たいと思います。