精神世界物語 後編 10 Hecto 2022年12月5日 20:41 海上都市の高層ビルが立ち並ぶ、人気の無いこの場所で、私が上空を見上げると、沢山の大型船が上昇して行く光景が映る知らない匂いがして‥聞こえない声が聞こえて‥見えないものが、見えて‥その先も、見える‥これで、みんな助かる‥そして私は‥‥恐怖で目覚めた私は、涙が止まらず震えていた。「‥‥何、あれ。どうしたら良いのこれ」震えて涙する私を、親分先生が心配して声を掛けてくる。「何が見えた?」私は上手く声に出せない。「今見たものは、人には話すなよ。いずれは体現する事となる」「親分先生?」途端に吐き気が襲い、私はその場で吐いた。精神ネットワーク、通称ライネット端末のLINKから、クラスの友人である、神崎雫から通信が来ている。全身の力が出ない私は、振り絞って自分の容態を伝える。横たわる私を、親分先生とプルが心配そうに見つめて、親分先生がこう言った。「今は休むが良い。必ず行動せねばならぬ時が来る」「これも代償って訳ね‥‥わかったわ」私は死んだ様に眠った。ここらで、自己紹介が必要かもしれない。私はエノラ。小学5年生のアルビノ種にあたる。どっかの差別惑星の穢れた同調圧力に会えば、間違いなく大暴れするかもしれない。よそ様は短気女子と、レッテルを張るだろうが、私は間違った本質が嫌いな性分なので、あながち間違えた行動だとは思っていない。幸いにも、此処は銀河系外の異世界惑星で、ラグラと呼ばれている。私は、ここが好きだが、気の許せる友人が1人しかいない。それがLINKにメールを送って来た神崎雫だ。彼女は私と同じ特殊なスキルを持った友人だ。見えないものが見える。私はと言うと、匂いを手繰り寄せる事で精一杯の、中途半端なスキルだった。けれど、この国の海上都市、ジェネシスベイエリアの最深部にある、廃坑トンネルの怪異がきっかけで、スキルの開花が始まった。あ〜。事情が複雑なので面倒だけど、説明すると、同じクラスのメラニズムの男子、ゲンが嫌な匂いを付けてやってきた。断じて加齢臭ではなく、怪異の元凶とも言える臭い匂いが憑いていた。ここまで説明すれば、異常事態と言う事になるのだけど、本来なら、ゲンの持つ匂いとは異なっていて、チリチリと嫌な感じがした為、私の力で一度は祓う事ができた。体力もかなり消費して、使い切ると、私も流石に色々ヤバいのです。問題ない程度に抑えて祓えたので良かったが、問題はその日の放課後に起きた。ゲンは、祓った御礼に秘密のパワースポットに案内するから来いと言われ、その事を雫に相談した。危険すぎる遊びは後戻りが出来なくなる。私と雫は、最深部の廃坑トンネルに辿り着くと、背後に隠れたゲンに脅かされるのだけど、ゲンの身体には、既に霊体が纏わり憑いていた。雫は、自分に憑いている神様、双子魂命(ふたごみのみこと)から得たスキルのトリガー使いとして、見えない銃を取り出すと、霊体に向けて撃つ。真っ黒な霊体は、ぶら下がった下顎に雫の銃弾が当たると、恐ろしい速さで雫の攻撃を避け、返り討ちにした。顔に穴があり、上顎から顔の無い顔が、ずるりと落ちた頭から生えた、長い触手で雫の首に巻き付くと、ギリギリと首を絞め、殴りかかった。私が力を使い、激情に気付くと、標的を私に変え、口元に巻き付くと、廃坑トンネルに一瞬にして引きずり込まれ、半殺しにされる。頭部裂傷の怪我を負った私は、意識が朦朧とする中、親分先生のアドバイスのもと、半霊半物に有効な変形型霊波動砲の聖釘(せいてい)を召喚する事に成功する。霊体の足掻きを見越して倒す事ができた。その後は覚えてないんだけど、雫が端末で呼び出した救助隊に、現在地を送り、救助を要請したらしい。気がついた時には、病院のベッドの上で目覚めた訳です。回復して、事なきを得た訳だけど、次々と、見えないものが見えて来たと。流れはこんな感じ。翌日いつもの時間に雫が待っていた。笑顔で迎える事ができただろうか。私は笑顔で挨拶してみる。「おはよう」タイミングの合うお互いの挨拶。切り出したのは雫の方だった。「身体の方はどう?」「もう大丈夫。体も動くようになったわ」「そうなの?吐いて動かないって聞いたから」「ん、色々あった」察した様に視線を移すと、私と雫の間に霊体が憑いている。ペンギンの様な姿に、顔の3分の2をしめる巨大な嘴(くちばし)グルグル巻きの目、二重に垂れ下がる皺(しわ)と短足な水掻きの付いた足。私らの歩調に合わせて、ヨチヨチとついて来る姿は、一言で表すと、かわいい。雫が微笑んで、上の歩道橋を指差した。「じゃあ、あれも見えるよね?」「白くて小さなモコモコ!」小さな霊体は、大きなふわふわの尻尾を揺らしながら、歩道橋のフェンスを走って止まると、こちらの視線に気付いたようだ。「‥‥こっち見てる!」たまらず、吹き出して、隣の霊体に抱きついてしまった。シシバヒコと呼ばれる、この霊体は、嫌がる様子もなく喜んでいるようだったけど、私はお構いなしに顔を埋める。雫は、もう一体の霊体を見上げていた。私も見上げると、そこに立つ巨大な霊体が憑いていた。シシバヒコの様な嘴をしていて、見開いた目、複雑な胸部と腹部、鉤爪を覗かせた大きな腕と、並列に並ぶ指、全身が毛で覆われた巨体の霊体だった。「こっちはオオノケ」大人しく直立する2体の霊体に、いつものメンバーである、親分先生、プル、双子魂命の姿は見えない。雫の表情はすぐに只事でない空気を感じ取ったのか、曇っていた。「やっぱりいつもと違うよ。何が起きているんだろう」「雫、それよか、今日の授業って何だっけ?「今日は授業無いよ。行政機関の社会見学だってば」私はハッとした。親分先生の「必ず行動せねばならぬ時が来る」と言う意味が、今点と線で繋がるのを、しっかりと感じ取ると、一目散に学校に向かって走った。雫の叫ぶ声が聞こえたがそれどころじゃない。学校に着くと、真っ先に職員室の扉を開ける。勢いよく開けた様を、教員が何事かと、一斉に私を凝視する。「あ、あの、5年Bのエノラです!先生は‥御流波先生はどちらにいますか?」教師の1人が答える。「校長室で、打ち合わせをしてる所だと思うよ」「ありがとうございます!」躊躇なく校長室の扉をノックする。失礼もあったものじゃ無い。無礼を承知で、扉を開けた校長室には、御流波先生と校長が打ち合わせをしている最中だった。驚いた表情で私を見る2人。「エノラ‥‥あなた一体?」「校長先生、御流波先生、先日はお騒がせして申し訳ありません。今日の社会見学、質問の代表者役を、私にやらせて下さい」「な、何言ってるの?それはロウズが質問代表者として‥」「政府と直接国民と対話できる、一度きりの場なんです!これを逃したら皆んなが!」「‥‥?」怪訝に顔を見合わせる2人。私は深呼吸して、冷静に事の重大さを示す為、端末の緊急用児童保護アプリの、自動録画された動画を見せて説明した。無論、詳細を知った頃には、2人の顔が青ざめていた訳だが。国家総合ビル、副大統領の謁見の間には、政府官僚、ボディーガード達の物々しい雰囲気を感じる。事情を知っている先生にとっては、気が気でないのはわかるが、視線を感じる私はブレる事なく引かなかった。「では、生徒からの質問があると言う事です。代表者は前へどうぞ」「はい」「?質問代表者は男の子だと聞いていたが?」「事態は一刻を争うので、まずこれを見て頂けますか」「?よしたまえ。相手は小学生だぞ」身構えるボディーガードが、スーツの懐に手を伸ばすのが見えるが、私は不思議と冷静に説明を続けた。「政府機関に、この情報は一切入って来ないと思います。これは、私が廃坑トンネルで体験した映像です」怪異に遭遇した私が、霊体の触手に縛られて、一瞬でトンネル内に引きずり込まれる映像が生々しく流れ、謁見の間に私の悲鳴が響いた。周りは騒然として、悲鳴をあげて絶叫する子もいる。無表情に流血し、力尽きた私の周囲に、沢山の瓦礫が映る。ここで私が動画を止めた。「トンネル内に、大規模な崩落が確認出来ますか?最下層の地下で崩落が起きているんです」「こ、これは君、どう言う事だ?」「つまり、子供の考察にすぎませんが、ジェネシスベイエリアの基礎が崩落しているんです。これは、私が大怪我を負った時の映像なんです」その時だった‥‥床が一気にずり落ちる感覚。高速エレベーターの降下を連想させる無重力の力を彷彿とさせる。身体の平衡感覚が失われ、全員が一瞬浮いた。10メートル、20メートルは降下しただろうか。私は瞬時に窓の外の景色を見て驚愕した。「街が!?」不規則に揺れるビル群が、地平線まで続くであろう街並みが上下に波打っている。クラス全員の悲鳴が上がる。浮いた体が床に叩きつけられ、事の重大さに全員がパニックになった。震える手をぎゅっと握りしめて、政府に叫ぶ。「全他国に大型船を、ありったけの船を要請して!この街を放棄して!今すぐ!!」「し、しかし!」「大丈夫!皆んな助かるわ!上空から沢山の大型船が舞い上がる光景を見た!わかるの!」「馬鹿な‥‥タルテストス国防船団の存在を、小学5年生が知っているだと⁈‥く、大統領に報告だ!急げ!」端末に大統領と話す。タルテストス国防船団は、上空に浮かぶランドシップから、極秘に組織された、ジェネシスベイエリアの緊急災害派遣に対応される、救助船団の事で、政府機関しか知らない。官僚は私達に指定の避難所へ待機するよう指示を出され、国家総合ビルを後にした。ランドシップに建造された巨大な、想像するよりとても巨大な施設。建国できる規模。それくらいの収容率はある巨大施設内の大型船のドックから、31隻の大型船が一斉に轟音を立てて慌ただしく動き出した。タルテストス国防船団。物々しい雰囲気をランドシップから漂わせ、次々と交信が交わされる。「言わんこっちゃねぇ。だから絶海に海上都市なんて」「このまま埃かぶるんじゃないかと思ってた矢先でだ」「やっと出番だな」「ああ。1人残らず収容するぞ」「迅速な要請で行動しやすい。流石は絶海の政府だな」「聞いてないのか?政府に要請したのは、社会見学に来ていた小学5年の少女らしいぞ」「‥‥本当かそれは、国産み始まって以来の快挙だ。絶対救い出すぞ!」「ああ、疲れきった民間に温かいベッドを振る舞ってやるか」もう帰れない。一気に張り詰めた空気と絶望感が襲う。私は既に夢で経験したし、かと言って街がずり落ちるなんて想像もしてなかったし、慣れたものでは無いけど。2人で話がしたいと切り出してくれた雫が、私に話しかけてくる。「知ってたの?こうなる事‥」「‥‥等価交換」「え?」「夢を見た代償で休んでたの‥‥‥これからの代償はまだ払ってないけど」笑えない。これで間に合う。これで、みんな助かる。それなのに‥‥それなのに、精神世界から来る、私の代償は‥‥まだ来ない。どれほど大きな代償だろうか。その先が見えたのに、自分の結末がわからない怖い。緊張から解けた私は、震える体で雫に縋り付く様に大声で泣いていた。けど、このまま助かるとしたら、その先で見た孤独な自分の光景が、辻褄が合わない。「時は来た。来い、エノラ」親分先生?まさか‥今は不在の筈。「何だ、来んのか?プルも待っとるぞ」確かに親分先生の声が聞こえる。何故、声だけ?「良いのか?まだ終わった訳ではない。放棄すれば救える命も救えん」「エノラ、親分先生から声が」「うん。不在の筈なのに」大型船の救助が来るまで、時間はまだある。「家族に被害が出とる。プルも儂も半霊半物ゆえ、力になれん。急げよ」「罠?」「お前が払う代償がそれか?」「!」体が動いていた。走り出す。「エノラ!待って!」「確かめてくる!聖釘!」引き止める先生や雫を置いて、私は飛んだ。ビルの谷間を、直感で飛行する。避難所に向かったのか、一帯に人影はない。上空からは次々と大型船の救助が見て取れる。引き返すなら今だろうか。やっぱり嫌な予感がした。引き返そうとした時だった。黒い影が私に飛び掛かって来た。回避する。ビルの壁に張り付き、私に向き直る影は獣の姿をした霊体‥‥え?巨漢と半身の霊体まで?「何で?何故アンタが?」「よう、イレギュラー、元気か?」親分先生の声、喋る霊体‥‥やられた。罠だった!「やっぱり餓鬼だな。もう少し考えて行動すると思ったが」「何故呼んだの?」「精神世界から来る代償様は降りかかるもの‥だろ?イレギュラー」訳がわからない。私を呼ぶメリットがない。「お前目立ちすぎだ。人気者が」上の気配に、聖釘から飛び降りると同時に、黒い影がまた私の前に落ちる。ゆっくり起こした頭に触手。「‥‥倒してなかった!?」「言ったろ?人気者ってよ」「グルだったのね!アンタ‥‥」「声のスキルは得意でなぁ」霊体が喋り終える直前に伸びた触手が首に巻き付き、私を仰向けに押し倒し締め付ける。触手を咄嗟に掴むが、軽々とぶん投げられた。叩きつけられ、衝撃で身動きが取れない。受け身も取れない私に、更に首を締めつけて来る。「聖釘!」聖釘を再び召喚し、砲撃するも、サラリと回避され、思い切り殴られた。「意識が昏倒したか、次の一手を見たい」外道‥‥。このままじゃ。私の意識が飛んだ。上空が唸る‥‥大型船の救助がもう始まっている?「寝てて大丈夫か?イレギュラー。置いてかれるぞ」意識がやっと戻って来た。口元が血で充満している。吐き出す。ゆっくり立ち上がり呆然とした。悔しくて涙を溜める。「見ろ、お前が救った」大型船が次々と上空に舞い上がる。「救世主、絶望感に満たされたか?さっさとその形、変えちまえ」失笑された。引きずり倒されて、仰向けに倒れた私の首を絞められる。触手を掴むが、力が緩まない。「どんな事があったって‥‥何があったって‥‥」「あ?」端末を握りしめる。LINKを呼び出す。音声認識によって私のメッセージが記録される。「雫‥パパ‥ママ」「良いね、命乞いか」「生きて」「送信!」同時に端末が弾き飛ばされて、宙を舞うと、激しく叩きつけられ、壊れた。まだだ。たとえ不在でも、ダメ元で叫ぶ。「親分先生!プル!」「精神世界の無情さを思い知らせ‥‥」私が叫んだ3秒後の事。長い足が私の上に覆い被さる様に現れたと思うと、私を押さえつけた霊体の触手が根本から千切れ、吹っ飛び、ビルの壁に消えた。「親分先生‥」「耐え忍ぶ必要もあるまいに」心配して覗き込む親分先生。霊体を睨み付ける親分先生の表情は、精神世界から来る代償に相応しいほど無表情だ。「等価交換を気取るには、割に合わん代償役だと思わんか?黒いの」次々と霊体が消える。その瞬間、プルの4本に伸びた触手が、霊体を一瞬で蜂の巣にしたと思うと、巨大な尻尾で豪快に蹴っ飛ばした。消える霊体が、解読できない断末魔を上げる。「プル!」「逃さんよ」親分先生が一言言うと、その姿が一瞬で消える。黒幕の獣霊体も共に消えた。一帯に断末魔が響く。静寂霊体から受けた傷が、今になって痛みを伴う。悔しくて‥ゆっくり立ち上がり‥大破した端末を拾い上げて、その場でへたり込んだ。悔しいのは、出遅れた親分先生やプルに対してではなく、霊体の理不尽な暴力でもない。この状況を回避できなかった‥‥自分‥‥終わった私は‥身分を証明する端末を失った戸籍もないそして‥‥船内の雫が、端末を眺めて号泣している。私に向けた発信は、もう受け付けない。最後のメッセージが、彼女の心を突き刺す。生きて雫を乗せた大型船は、水平線からの異変に気付いて、ジェネシスベイエリアを離脱、上昇した。私も、最後の大型船に、みんなが乗っているだろうと、1人見上げる。後は‥‥置いてきぼりにされた、シシバヒコとオオノケが姿を見せて、私に寄り添って来た。親分先生も私の元に歩み寄る。「護衛を雫の方にさせて、拒否するとは‥‥」親分先生は知っていた。「良いの。いっぱい巻き込んでしまったし‥‥この子達に、私の護衛なんてさせたくない」「エノラ‥」プルも、悲しそうに私を見る。ふと、こんな質問をしてしまった。「私が死んだら、みんなどうするの?」親分先生は、ゆっくり答えてくれた。「次の任がある。遥か遠くへ」「行って」「何と‥」「私、代償払わないと」「良いのか」「見た通りだし‥結末は見られたくないって言うか」沈黙「誇りに‥‥思うぞ」「みんな、私の為に‥ありがとう」みんな悲しそうだ。小さな霊体達も、寄り添って私はを見つめた。覚悟は、出来た。「みんな、大好き」「おう、儂等も大好きだぞ!」「私達魂は」「そうだ、流れを止めぬ」「ん」少し笑えた「元気でな」「‥‥ん」ぎゅっと抱きしめた。みんな寄りそって、その温もりを感じとる。閉じた瞳を開くと同時に、その温もりは離れていた。1人。まだ代償は来ない。どうするか。視線を見渡す。?誰?走って来る。何で?誰‥‥?まさか、雫じゃ‥「エノラ!」「‥‥‥ゲン⁈」何故‥ゲンが来るの⁈固まる私。息を切らしたゲンが、私の前でへたり込む。落ち着くまで時間がかかった。私も、あまりの展開に予想出来ず、どう声にしようか、迷ってしまった。やっぱりどう見ても、ゲンだ。メラニズムの特徴である、黒い肌。どう見てもゲンだ。怪異以来の対面。一度も見向きもしなかったし、そんな場合でもなかったし。やがて目が合う。ゲンが真っ先に怒鳴り声を上げた。「勝手に飛び出すなぶぅわっきゃろぉぅおおお!!」「‥‥プッ」笑った腹抱えて思いっきり笑った。慌ててゲンが静止に入る。「おま、何笑ってんだ⁈」「ご、ゴメっ‥ブフッ」「わ‥笑うな!マジ心配して走ってきたんだぞ!」涙声で笑いを堪えて、俯く私。流石にゲンも黙った。少し沈黙した後、私もやっとゲンに切り出せる。静かに声を出す。「何で‥来たの?」「‥‥‥」ゲンの返事は返って来ない。「やだよ、私のせいでゲンを巻き込むなんて」罪悪感が襲う。涙が止まらない。たった一人巻き込んでしまっただけで。「俺が巻き込んだんだ」「え?」「お前のせいじゃねえ」「わかんない‥だって、みんなから飛び出したのは私‥」「違ぇよ、あん時大怪我した時お前、俺を助けたろ?」「‥違う、助けたのは雫」「違う。神崎から、聞いた」「 」「見えるんだろ?化け物が」ゲンを見上げた私が、また俯く。「言えよ、嘘じゃねぇって」「信じなくて良い」「嘘は、何もしねぇだろ」「 」ふと見上げてゲンの方を見る。ゲンは、微笑んでいた。「傷だらけじゃねぇか、立てるか?」立ち上がり、ゲンは手を差し伸べる。ゲンの手を取り、私も立ち上がった。体のあちこちが痛い。私達は、空を見上げた。タルテストス国防船団が小さく、ランドシップに吸い込まれる様に消えた。「行っちまったな、エノラ」「やっぱりわかんないわ」「何が?」「これから代償払わないといけないの」「‥‥」「ゲンを巻き込む事になるの」「気にすんな」「するよ!」「お前のいない世界なんて‥」「え?」「俺は嫌だね!」「 」そんな。でも、それじゃゲンが‥ゲンは微笑んだままだ。「歩けるか?高い所行こうぜ。」ビル群の屋上に辿り着く。風が吹き、見晴らしのある高めのビルだ。どれくらい時間が経っただろう‥ゲンが聞く。「なあ、この後どうなる?」「どうだろう‥ジェネシスベイエリアはもう基礎も崩落してしまったし。海上に物凄い衝撃が加わったから」惑星ラグラは、波を受け止める陸地がない。地平線まで続く巨大な質量の大規模な降下衝撃が波紋を描き、惑星を周回して再びその波がコチラに到達して来る筈。だとしたら考えられる事‥「津波か?」「違う、大海嘯」「あ、陸地じゃねぇもんなぁ」「ゲン‥怖くないの?」私は怖い。ゲンは強い子だ。「手ぇ貸せよ」ゲンが私の手を握った。「あ‥」「な?震えてるだろ?」「ん‥ゴメン。ゲンまで巻き込むなんて私」「だから気にすんなって、神崎が3回は同じ事言うって言ってたぜ」ゲンは笑ってる。私は顔を真っ赤にした。1人きりだと思っていた結末。それが、まさかゲンと一緒だなんて。手は繋いだままで、ゲンが話す。「アルビノか‥エノラ」「今更‥ゲンだって、メラニズムでしょ」「白黒ついてんな。俺らの人生」戯けて言ったゲンのセリフに、2人で笑った。「ありがと。ゲン‥」「ああ、なぁエノラ」「ん?」「次に生まれ変わるならよ、大海嘯でも波乗りできるくらい気楽に生きてみてぇよな!」握った手に力が加わる。周囲がどんどん‥轟音に取り囲まれていく。「ん‥強くなってるかな」「へへっ!」‥‥‥‥来た四方から、摩天楼よりも圧倒的な高さで黒い壁が迫って来る。海水を帯びた湿度の衝撃が真っ先に圧力となって来る。轟音が到達する。耳がおかしい。痛い。気圧が一気に変わる。怖くて、ゲンにしがみ付く。目をぎゅっと閉じた私は、少し目を開いて絶望感に変わる。ビル群が波の壁に飲み込まれ更に高い水しぶきの壁が上がり、8,000メートル程の、巨大山脈レベルの波が押し寄せる。大規模な水しぶきを全身に浴びる衝撃意識が全てが距離と二乗から引き戻されるどんな事があっても‥‥何があっても‥‥私達魂は流れを止めないそうだよね?‥‥‥‥‥‥数百年後‥‥‥‥‥潮の匂い‥‥程よく吹く風‥ここは下層のランドシップ。南国風に栄えるサーファーの聖地。とは言え、標高一万メートルの上空に浮かぶ島‥‥俯瞰に望む絶海が‥‥荒立つ波が水平線に向かって伸びている‥‥その先に見える‥半分に折られたフィールドタワーの残骸が、顔を出して見える。お気に入りのサーフボードに胡座をかいて、絶海を見下ろす‥‥ボードの表面には、自分の名前をデザインしたロゴを、親しいオッチャンに作ってもらった。金髪のサラッとしたツインテールがなびく。私は泣いていた。私の名前は「アドル・ノア」前世の事が、トラウマになって蘇る。悩む私は、腐れ縁の幼馴染のサーファー「浦瀬(ホセ)」に思わず前世の体験を、つい漏らしてしまった‥‥‥ついたあだ名は‥‥‥‥‥‥‥‥箱舟‥‥‥‥ 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