15. 好きな理由は『すき』だから
「やっぱ覚えてたかぁ。だよなぁ。
ごめん、今日は出なあかんわ。」
そう言って、すぐに道路の脇に車を停めて、蓮は車から降りた。
道路脇で電話片手に険しい表情の蓮をぼんやり見ていた。
「ごめん、やっぱ、今日は帰らなあかんわ。嫁、情緒不安定やねんて。」
運転席のドアを開けながらそう言った蓮は、すぐにシートベルトをしめてサイドブレーキを外した。
なんだそれ。
さすがの私もついに堪忍袋の緒が切れた。
「なんなん?一体。何がしたいん?」
いきなり私の口調が豹変したことに驚く蓮。
「ほんなら最初からまっすぐ家帰ればよかったやん。
なんなん、まじで。何しに来たん?
私は一体なんなん?
元カノやら嫁やら、私には一切関係ないよね?
お互いの家庭には口を挟まない約束で付き合ってるんだよね?
お互いいろいろ頑張ってるから、束の間だけでも男と女になろうって逢ってるんだよね?
会社や奥さんに言えない愚痴を言うのは構わないし、いくらでも聞くよ。
でも、その元カノがどれだけ好きだったか聞かされたところで、私はなんて答えたらええねん。
彼女との思い出の道を、彼女との思い出の曲を聞きながら、彼女との思い出話を聞かされてる私の気持ち、ちょっとでも考えた?
そんなに嫁が嫌いやったら、別れたらええやん!
別れたら彼女とまた付き合えるやん!」
とにかく、まくし立てた。
怒りに任せて、とことん嫌味を言った。
今まで我慢してきたこと、いらっとしたこと、嫁の悪口聞き飽きたこと、仮面夫婦が嫌いなこと、全部ぶちまけた。
普段にこにこ穏やかで、おっとりしてて、話すスピードも遅い私。
そんな私しか見せてなかったから、尚更、蓮は驚いていた。
「いや、それは…」とか「いや、でも…」としか言わない。
目に見えてオロオロしてる。
でも、運転はしないといけないし、その間も蓮の携帯がちょくちょく鳴る。
「出んでええの?車停めて出たら~?」
「ほら、奥さん、怒ってるで~」
「はよ、帰らな~」
更に煽る私。
そうこうしてる間に、蓮がバイクを停めている場所についた。
車を停めて、エンジンを切った蓮。
「あのさ、あこさん。」
車を降りずに話そうとしだしたから、私が先に助手席から降りた。
そのまま運転席にまわり、ドアを開けた。
「早く降りて。私の車返して。はよ帰らな、今度は大事な奥さんに捨てられるで。」
さすがに蓮もムカついたみたいで、何か言いだした。
でも一切私の耳には入らず、シートベルトを外して彼の腕を引っ張り降りるよう促した。
しぶしぶ車から降りる蓮。
かわりに私はすぐに運転席に乗り込んで、
「邪魔やねんけど!」
そう言って、さっさとドアを閉めた。
蓮、ドアの向こうで、なんか言ってる。
知らんし。
ホンマに、もう知らん。
エンジンをかけた。
窓を叩く蓮。
私は前を向いたままサイドブレーキを外し、アクセルを踏んだ。
マジでアホやし。
バックミラーすら見なかった。
もう2度と、蓮の顔なんか見たくない!
ホントにそう思った。
勝手にすればいい。
ホントにそう思ってた。
絶対にもう逢わない。
絶対に絶対に逢わない。
ホントに、本当にその夜はそう思ったんだ。
◆
帰ってすぐに、パソコンを立ち上げた。
怒りに任せてひたすら文字を打ち込みブログを更新した。
ものの、、自分がうった文字をみながら、考えた。
私は一体何を怒ってるの?
何に嫉妬してるの?
奥さんや元カノがどうであろうと、私には関係ない。
蓮にとって、私が遊びだろうが逃げ場だろうが、私には関係ない。
ボーッと画面を見てたら、コメントがついた。
コメントを確認。
『なんでこんな男が好きなの?』
確かに。
なんでやろ。
いや、好きになった理由なんてない。
だって、ひとめぼれやもん。
ひとめ見た瞬間から、好きやってんもん。
例えば、音楽の趣味が同じだとか、
楽しくて会話が止まらなくなるとか、
要は、あとづけで知ったことを後から理由としてあてはめてるだけで
本当は、理由なんてない。
むしろ、私が知りたい。
なんで好きで仕方ないんやろうって。
もうね、理屈じゃない。
好きな理由は『すき』だから。
頭がいいから、
お金持ちだから、
かっこいいから好き、、にはならない。
バカだろうが、
お小遣い制でお金持ってなくても、
最低最悪な男でも、、
それでも蓮が好き。
だから、好き、じゃない。
だけど、好き。
1番最悪なのは、この私だ。
◆
翌朝、私はラブホにいた。
ベッドの上で携帯を開いた。
昨夜、私が返したコメントに対して、さらにコメントがついていた。
『やっぱり、お花畑だね~。』
ですよね~。
……。
この人達に、私の何が分かるんだろう。
私は何のために、誰のために、ブログを書いてるんだろう。
もう非難されるのも嫌だし、
上辺の「よかったですね」ももう要らない。
誰にも言えないから始めたブログ。
結局、ブログでも何も言えなくなった。
もういいや。蓮のことを書くのをやめる。
蓮がシャワーから出てきた。
私は携帯をヘッドボードに置いた。
蓮は隣に座って、私の髪をなでた。
「あこさん、大好き」
「うん、私も」
キスをしながら、そのままベッドに倒れこんだ。