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4. いけない恋が成就した日

告白

オークション用にCDを預けた夜から、そんなに日にちはたっていなかった。

夕方、蓮から電話があった。

時刻は前と同じ、夜9時頃。私の自宅から少し離れた場所で待ってるからちょっとだけ出てきてほしいと。

私は、オークションのことだと思ったので、何も考えずにそっとうちを出てきた。

うちの家からまっすぐ北に上がったひとつ目の交差点。

その車道と歩道の段差に蓮は座っていた。

その交差点の角地は、どこかの会社の駐車場になっているので、そこに座っていると住宅街からは見えない。

私が来たことに気づくと、隣に座るように促された。

あれ? なんかいつもと様子が違う蓮。

戸惑いながら、少し距離をあけて私も座った。

「あの、実は話があって…」

周囲は暗くて、街灯でうっすら見えるだけ。だから、彼の表情もよく分からない。

声のトーンからすると、オークションや配送のことではないようだ。

じゃあ、何だろう…?

私は、身を固くした。 

「あの、こんなこというとあれなんだけど…」

ぽつりぽつりと言葉を選びながら、蓮はゆっくりと話し出した。


最初は、綺麗な奥さんとしか思っていなかったけど、いつも優しくしてくれて、いつからか、毎週逢うのが楽しみになっていて……。

つまり、要約すると、少しずつ私に惹かれていったと、蓮は話してるようだ。

う、嘘でしょ…。

心拍数がどんどん上がってきた。

ずっと私が夢みていたことが、今、まさに現実に起きようとしてる…

あれだけ、待ち望んでいたこと。

なのに、全然嬉しくならない…

なんでだろ…。

むしろ怖くなってきたんだけど。


「こんなこと言うのは間違えてるって分かってんねん。
結婚してるのに、何いうてんねんって怒られるのも分かってる。
でも、どうしても、やっぱり…」

「やめて。」

私は、思わず彼の言葉を遮った。

その先に続く言葉を聞きたくなかった。

なのに、蓮は続けた。

『ごめん。でも、好きやねん。あこさんが好き。』


う、うそやん…。

なぜか、鉛を飲まされたみたいに、胸がずっしり重くなった。

言葉がでない。


「ごめん。変なこと言って。迷惑かもしれへんけど…」

「いや、迷惑じゃない。」

私は、声を絞り出した。

「私、わ、分かりやすかったでしょう?

必死であなたの気をひこうとしてた…

もう、バレバレやと思ってた…」

「え?じゃあ…」

「…うん。」

「いや、もしかしたらそうかなぁとも思ったけど、、でも、、よかった。」

「……うん。」


もう何を言われても、私は「うん」しか言えなかった。

頭の中は、完全に混乱していた。


蓮が、私の方に近寄ってきた。

私はうつむいたままだったけど、蓮が、左手をあげたのは視角に入った。

そして、私の肩にまわそうとした瞬間、私は立ち上がった。

「ごめん。」

そう言って、私は、逃げるように、家の方に歩きだした。

こんなに背中に視線を感じるのは初めてかもしれない。

でも、振り向けなかった。


どうしよう、どうしよう、どうしよう…

途中から小走りに。

とにかく、早く帰りたい。

自宅に駆け込んだ後、私はしばらく動けなかった。




ドーパミン


おそらく15分程の出来事。

家の中は、何も変わっていない。

子供達の声とテレビの音が聞こえてる。

リビングの扉を開けると、さっき出ていった前と全く同じ光景。

夫はビールを飲みながらテレビを見て笑ってる。

その周りで子供達はブロックで遊んでる。

おそらく、私が少しの間、でかけていたことにすら気づいていないのだろう。


ついさっき、私自身に起こった非日常の出来事と、目の前の何も変わっていない日常。

そのギャップがとても不思議だった。

そして私は、何事もなかったようにその日常の中に戻った。




が、その夜。

全く眠ることができなかった。

100回以上は寝返りしたと思う。

とにかく、眠れない、眠たくならない。

完全に興奮してしまってる。

でも、どうしよう…という恐怖みたいな感情はもうなくなっていた。

ただただ嬉しいというか、とにかく興奮してた。

今まで、何度も人を好きになってるけど、こんな感覚は初めてだった。

夫婦別室で本当によかった。


翌朝、全く寝てないのにも関わらず、とても元気だった。

朝の光がこんなに美しいなんて知らなかった。

窓から見える景色がすべて輝いてみえる。

てきぱき家事をこなし、満面の笑みで夫を「おはよう」と迎えた。

みんなの食事の用意をしても、不思議なことに、全くお腹がすかない。

「好きな人のことを考えると胸がいっぱいになって、ご飯が喉を通らない」

まさに、その現象が起こってる私。


すごいや、ドーパミン。

これだけのドーパミンが駆け巡った恋は、経験したことがない。

本当に脳が興奮状態。

何をしても楽しい。

何を見ても美しい。

何を聞いてもラブソングに聞こえる。

目にうつるもの、耳に入るものすべてに、蓮が輝きをくれた。


私の片思いは、9ヵ月で成就した。

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