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31. 白旗
本当にびっくりした。
びっくりしすぎて、言葉が出ない。
そんな私と対照的に、どこかしら勝ち誇ったような夫。
ほらな!オレの言うた通りやろ!
って顔に書いてある。
その表情に私は違和感を感じた。
なんで、夫は、驚かないんだろう。
自分の家に盗聴器あったら、普通、びっくりするんじゃないの?
狼狽えるどころか、怪訝な表情の私を見て、夫は少し困ってるように見えた。
「一応、他の部屋も見てくるわ」
そう言い残して夫がリビングを出た隙に、その盗聴器らしきものを写真にとり、ブロ友さんにメールした。
本物かどうか調べてもらう為に。
夫が2階から降りてきた。
「他の部屋は大丈夫そうやわ。
というか、たぶん録音されてる声の感じからして、ここだけやと思う。」
ふーん。
私は夫にゆっくり尋ねてみた。
「一体、何が録音されてたの?」
「それは教えられへん。」
しばらく、沈黙。
「じゃあ、録音以外にそのCDR には何が入ってたの?写真ってどんな写真?」
「それも教えられへん。」
なんだそれ。
再び沈黙が続いた。
私は考えていた。
仮にあの盗聴器が本物だったとしても、そもそも、私から蓮に電話をすることがない。
いつも、彼のタイミングで私の携帯にかかってくるから、家の電話機の横に盗聴器があったとしても、蓮との会話が録音されるはずがない。
それに、100歩譲って蓮と私の写真があるとしたら、わざわざ夫が私を尾行する必要なんてないんじゃないの?
ましてや、夫の言う第3者のストーカーなんて意味がわからない。
考えれば考えれるほど、冷静になってきた。
私は大きくため息をついて立ち上がった。
が、次の瞬間。
夫が発した言葉で、一瞬にして形勢は逆転した。
「あのな、その封筒にな、ワタシノートって書いてあって…」
私は夫の言葉を最後まで聞くことなく、すぐにノートパソコンの場所に行き、ブログを開き、設定→ブログ削除をクリックした。
「え、何してるん?」
夫が追いかけてきた。
答えることなく、画面のポインターがクルクル回るのを黙って見ていた。
「ちょ、待てよ!おまえ、まさか消したん?」
何も答えない私。
「は?ちょっと、なんでやねん!!
なんで消すねん!というか、そうなんやろ?あれ、おまえのブログやろ?
読まれたら困るんやろ?」
「消しても無駄やぞ!もう、オレ、会社の子に頼んで、全部プリントアウトしたから!
ブログって、日記みたいなもんやろ?
弁護士に聞いたら、日記も十分証拠になるって言うてたから!」
…そういうことかぁ。。
騒ぎたてる夫の横で、だまって、画面だけを見ていた。
『誰よりも好きなのに』と始めた不倫ブログは、途中から『ワタシノート』とタイトルを変更し、今は夫との離婚ブログになっていた。
あのブログを印刷した?あれだけの量を?会社の子に?いや、むりでしょう。
というか、もうそんなことはどうでもいい。
あのブログを夫に読まれた!
その事実だけで、もう何も私には答えられなかった。
夫のことは一切無視して、ブログが削除されたことを確認してからパソコンの電源を落とした。
何を言っても、何も答えない私。
もう証拠のブログも削除してしまった。
イライラしてる夫。
ほらね、印刷したなんてまた嘘やん。
印刷したんなら、なんで削除されてそんなに焦ってるん?
私はうつむいたまま、思っていた。
再び沈黙の時間が流れた。
腕組みをする夫。
うつむいたままの私。
どれくらいたっただろう。
「あ、そうや!」
再び、夫が口を開いた。
「そういえば、あの手紙。
最後に、生協職員の家にも手紙出すって書いてあったけど。」
顔をあげ、夫の顔を見た。
「彼に一度確認してみたら?」
くそ~。
そうきたか…。
「おまえ、連絡先知ってるんやろ?」
………。
「担当、誰やったっけ?」
……………。
「ホンマに関係ないんやったら、大変な迷惑をかけてることになるで。
おまえ、班長やから担当者の携帯ぐらい知っててもおかしないやん。」
……………。
「それとも、
オレの前では電話できない理由があるん?」
くそ~。
しぶしぶ、夫の前で携帯を開いた。
蓮はすぐに電話に出た。
「もしもし?あこさん?
めっちゃ心配したねんけど!!
今、大丈夫なん?
結局、あれからどないしたん?」
一気にまくしたてる蓮。
そら、そうなるよね……。
昨夜の尾行の件だよね……。
ごめん……。
全然、大丈夫じゃないよ……。
今、目の前に夫いるからね……。
そんなに大きな声でまくしてたら……
思いっきり声、漏れてるよ………………。
丸聞こえやん。
はぁ~。
もう、夫の目を見ることができなくなった。
もう、蓮と他人のふりをするのは諦めた。
「あのさ、旦那の会社に手紙が届いたらしいねん。
それで、その手紙に、あなたの家にも手紙出しますって書いてあるねんけど、、何か来てる?」
「え、何?手紙って。何が書いてあるん?
え?なんなん?」
「手紙が来てるか来てないかをまず教えてほしいねん。申し訳ないけど、奥さんに聞いてもらえないかな?」
「………ちょっと待って。」
私の淡々と話す口調で、ようやく、蓮も何かに気づいたようだ。
夫の私を見つめる目が怖い。
「いや、何もきてないらしい。」
「わかった。もし届いたら、すぐに教えてもらえるかな?お願いします。」
そして、私は電話を切った。
崩してた足をきちんと揃え、正座をした。
静かに大きく息をすいこんだ。
「ごめんなさい。」
しばらくの間、下げた頭をあげることはできなかった。
それぞれの地獄が始まった。