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1. ひとめぼれってすごい

出逢い


2月ももうすぐ終わり。

まだまだ寒いが、その日は風もなく澄みわたった綺麗な青空だった。

いつもの時間にいつも通り、自宅のガレージにレジャーシートを敷き、近所の奥さん達とトラックを待っていた。

友人に誘われて生協に加入してから、もうすぐ6年。

3番目の子を身籠ってから、近所とはいえよそに取りに行くのが面倒になり、自ら班をつくって2年近くたった。

私は話好きではない。だから特に用もなく生協の担当者と話すことはない。営業される日もあるが、笑顔で頷くだけでほぼ相手をしない。

うちの班のメンバーも私の性格を分かってくれているので、みんなとてもあっさりしていた。

そのせいか、わりと頻繁に担当者が変わる班だった。もちろん、その事について誰も文句言わない。頼んだ商品をきっちり届けてくれればそれでいい。


トラックが曲がる時になる警笛音が聞こえてきた。

うちの家は角地。

右折してきたトラックが、そのままうちの前に止まった。

「トラック来たよ~」

私は遊んでる子供達を奥においやっていた。

「こんにちは~」

若い男性の声が聞こえた。そして、運転席から降り、後ろの荷台の扉を開けて中に乗り込む音がした。

その人がいつもの人かどうか気にもならない。

子供達の安全を確保してから、私もトラックの荷台の方にまわった。

すでに他のお母さん達は、荷物を受け取ってシートに運んでくれていた。

私も目の前の荷物を運ぼうと持ち上げようとしたその時だった。

「こんにちは~」

改めて声をかけられたので、顔をあげた。

その瞬間、時間が止まった。

自分の瞳孔が、大きく開くのがわかった。

周りの声や風景が一瞬にして消えた。

大袈裟じゃなく、本当にその人の笑顔しか目に写っていない気がした。

声が出ない。

私は、ごくりと唾をのみこんだ。






自分も知らない自分


目を見つめたまま固まってしまった私の様子に蓮は怪訝な顔をした。

「あ、いえ、また担当の方が変わったのかと思って。」

とっさに口から言葉が出てきた。

「え?あぁ今日は」

蓮が言いかけたのに、その答えを聞く前に

「うち、しょっちゅう変わるんで困るんですよね。」

そう言い捨てて、私は荷物を持ち上げその場を離れた。


え?なに?今の私、めちゃ感じ悪いやん。

そもそも担当変わったからって、一度たりとも困ったことないんですけど。

しかも、初対面の人に自分から話すなんて。

自分で自分に戸惑った。


その後も何事もなかったように荷物を運び、

とはいいつつ、

蓮が気になって仕方ない。


見たいけど見れない。

だって、恥ずかしいから。

けど、やっぱり見たい。

でも、変に思われたらどうしよう。

いや、今の印象悪かったよね?どうしよう。

なんか他に話す?

でも、今までずっと担当の人スルーしてきたのに、いきなり話しかけたら近所の人にまで変に思われる。

どうしよう…。

でも、気になる。

来週も彼が来るのかだけでも知りたい。


訳の分からない自問自答を繰り返してるうちに、気づけばすっかり荷物は運び終わり、近所の人達との仕分けも終わってしまった。

蓮もトラックから降りてきて、荷台の扉を閉めた。

私達の方に来て、不備がないかと今週のおすすめなどをひととおり話し、

「ありがとうございました!」

それぞれ各々、荷物を持って会釈、そして解散となった。

どうしよう……。

蓮がトラックの運転席の扉を開けた。

「あの、すいません!」

思わず、蓮を引き留めた。

「はい?」

「あのぅ、実はずっと保険に入りかったんですけど、担当の方がコロコロ変わるので、なかなか相談できなくて…」

嘘でしょ?

自分の口からでた言葉に驚いた。

全く、保険に入る気なんかありませんけど。

私も夫も子供達も、他社さんにきっちり入ってますけど…。

どうした?私。

すごいな…私。

こんなことを咄嗟に言えるタイプだと私も知らなかったよ。

こうまでして、誰かを引き留めたことは後にも先にもない。

意思じゃない。

無意識で蓮を引き留めた。

「あ、そうなんですか。えっと、、どのタイプの保険を検討されてるんですか?」

蓮がトラックから離れ私の前まで歩み寄ってきた。






ただのアホ



あれだけ舞い上がったわりには、蓮が近づいてきても緊張しなかった。

なぜなら、嬉しくて仕方なかったから。

「私自身の保険なんですけど、、」

子供達の共済はすでに生協で契約済。

夫の保険は、夫が独身の時から義母がかけていてくれた保険を引き継いだものだから、変えたら損。

つまり、動かせるのは私自身の保険のみ。

これを瞬時に考え、すらすら言葉を合わせていく自分自身に心底に驚いた。


彼の説明の内容なんか耳に入らない。

蓮の声、話し方、眼差し、笑った時にできる目尻のしわ。


まばたきするのも、もったいない。



「失礼ですけど…おいくつですか?」

「え?」

我に返った。

「女性にこんなこと聞くのは失礼なんですけど、保険ですから。」

そう言って蓮は、笑った。

なんて素敵に笑うんだろう…。


「35歳です。」

「え?まじですか?全然、見えないですね!びっくりです。僕と同じ位かと思ってました。」


……や、やばい。

……う、うれしい。


僕が何歳かは知らないけど、嬉しい。

若くみられるのは、知ってるし、よく言われる。

でも、君に言われたことが嬉しい。

たとえ、お世辞でも営業でも嘘でもなんでもいい。

とにかく、嬉しい。


「ちなみに、誕生日は?」

「え?」

「あ、年齢で掛け金が変わるので1歳でも若い方がお得かなと。」

あぁ、なるほど。

でも誕生日は、半年以上も先。

でもでも、もちろんすぐに契約しますよ!

君に逢えるのなら。




例えば、学生時代に、憧れというか好きだなぁって人はもちろんいた。

でも、自分から告白することはなく、それはただの憧れで終わった。

大人になってからは、すべて相手発信。

好きと言われてから、好きになるタイプ。

強く押されると断れないタイプだった。

だから、この歳になるまで知らなかった。

自分から誰かを好きになると、こんなにアホになるなんて。




でも、遅すぎた出逢いだった。

なぜなら、私にはもう夫も子供もいたんだから。

それなのに…。


私はこの日から

恋するだけのただのアホになってしまった。


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