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3. どうしたら私を好きになってくれますか


言葉とリズム


担当者は、毎週配送時におすすめ商品だけではなく各々が作ったニュースをのせたプリントを、カタログと一緒に配っていた。

内容は、たいてい、自身のお子さんのことが多い。どこ行ったとか、行事ごととか。小さい子供がいるママさん達に、親近感持ってもらうためだろう。
まぁ、今まではチラッと目を通す程度だけだったけど。

ところが、『れん君日記』と書かれた彼の通信は、今まで見てきたものと少し違うものだった。

内容から、蓮には奥さんと娘さんがひとりいることは分かった。でも、書かれてる内容のほとんどは、彼自身の趣味の話だった。

好きな音楽、好きなアーティスト、好きな服のブランド、集めてるアンティークのこと、休日何したか。

特に音楽については、かなりマニアックな内容。こんなの、ママさん達や年配のお母さん達が読んでも分からないでしょ?って内容。

ところが、私にとっては、ドンピシャな内容だった。

本当に驚いた。好きなアーティストがほぼ同じ。特に好きな曲、好きなアルバム、好きな歌詞のこの部分、全く一緒で怖くなった位。

というより、自分の周りでここまで音楽を聞く人がいないし、ここまで歌詞を大切にする人に出逢ったことがなかった。

決して流行りの曲だけじゃない。
好きな歌ひとつひとつが共通してた。

歌は「リズムと言葉」でできてる。

同じリズムと言葉に惹かれるってことは、きっと感性が同じはず。


実際、

彼が好んでた服のブランド→一緒
昭和やレトロが大好き→一緒
休日にやっていること→一緒

本当に一緒がたくさんあった。

もう、これは、感動しかなかった。

おまけに、その通信から、彼と私の息子が同じ誕生日であることを知った。

つまり、彼の誕生日も一生、忘れることはないということ。

人は恋をすると、単なる偶然にすぎないことも特別なことに思えてしまう。きっと、そうでないことの方が多いはずなのに、少しの共通点がまるで運命のように感じてしまう。

この頃の私は、まさにそれ。
むしろ必死で共通点を探してたのかもしれない。

毎週毎週、蓮自身の情報が更新される度、
毎週毎週、想いは募っていった。





近づく距離 


個人の携帯番号を交換してから、わりとすぐに蓮から電話がかかってきた。

もちろん、用事で。

私の携帯電話にかかってきたことだけで嬉しかった。



数日後、またかかったきた。

もちろん、お知らせで。

用事のやりとりなんてすぐに終わってしまう。

だから、話の終わりかけに、思い切って切り出してみた。その週に配られた『れん君日記』の内容について。

その日は、ある音楽フェスに行ったことが書かれていたので、その感想を聞いた。私もその出演者の大ファンということも伝えた。

「ええ!そうなんですか?!」

一気に話は盛り上がった。

おそらく10分以上は話してたと思う。



またまた数日後、かかってきた。

もちろん、用事で。

でも、今度は蓮の方から音楽の話を始めた。

すらすら答える私の知識に驚いていた。

こんなマニアックな話についてこれる人に初めてあったと喜んでくれた。

「それが音楽だけじゃないんですよ。」

服の話題に変えると、蓮もそれには気づいてたと言われた。私が着ている服、いつも好みだなぁと思ってたと。

ふたりして、「好きなもの」があまりに似てることに感動して、きづけば、30分以上、話し込んでいた。


またまた数日後、かかってきた。

今度は、用事ではなく、ただの電話。

それから、ちょくちょく、配送の合間、時間が空く度にかかってくるようになった。

「あこさんと話してると癒される。」

その言葉を聞いて私も癒された。

そして次第に、音楽の話から、より深い話。

例えば、お互いのパートナーの愚痴もこぼすようになっていった。



あふれる下心


何気なく見ていたテレビで男性を落とす方法みたいなのをやっていた。心理学者や脳科学者とかが出てるやつ。

男性は頼みごとに弱いって言ってた。

頼りにされると嬉しいらしい。

なるほど。

私は、早速実行することにした。

『れん君日記』で彼がオークションをしてるのは知ってた。電話でもその事について話したことがある。

これだ!

私は、あるアーティストのCD、DVDをコンプリートしていて、中にはプレミアがついているものもあった。もちろん、大ファンだったからであって、全く売る気なんかなかった。

でも今は、そのアーティストより蓮が好き。

だから、その人に犠牲になってもらうことにした。

「これって売れるかなぁ?」

蓮に相談をもちかけた。

「え?その種類全部持ってるの?凄いやん!!」

蓮が、掘り出し物やプレミアがついてるCDには目がないことはリサーチ済み。

案の定、飛び付いてきた。

「もう熱が冷めちゃったから処分しようと思ってたけど、そんな値段で売れるんなら、捨てるのはもったいないよねぇ。でも、私は、小さい子がいるから忙しくてムリだなぁ…」

「よかったら、僕が出品しますよ!」

作戦成功。

可哀想に身売りされることになったCD達は、結構な量。配送の時にそれらを預けるのは、あまりに目立ちすぎる。
だから、仕事が終わってから、うちに寄ってくれることになった。

作戦大成功。

ついに、配送以外で彼と逢うきっかけが出来た。

また、ひとつ、近づける。

嬉しくて嬉しくて嬉しくて。

その頃の私は、
どうしたら私を好きになってくれるかな。
どうにかして、好きになってもらえないかな。

そんなことばかり考えていた気がする。

私には夫がいて、彼には奥さんがいて、、という部分は、すっぼり抜け落ちていた。

それほどまでに、浮かれていたのだろう。

それまでの電話でのやりとりの中で、

「うちは、もう、何年もレスだから。」

と言ったことがある。

口にしてすぐに後悔した。

なんか、下心みえみえで、誘ってる気がしたから。オークションで売ってもらうCDを渡す時もそうだった。

約束した時間は夜の9時頃。

家の前まで来てくれるわけだし、部屋着のままで逢うことにした。

ただ、その部屋着は、胸元も大きくあいてるし、スカートの丈もとても短い。

それを分かった上で、着ていった。

案の定、蓮は、

「ドキドキする。目のやり場に困る。」

って言ってた。

思惑どおり。

でも、私は私で初めて見る蓮の私服姿にかなりへこんだ。

なぜなら、制服ではない彼は、やっぱり若かかったから。改めて年齢差に落ち込んだ。

同時に、自分が、若い男の子を必死で誘惑しているのではないかと、とても恥ずかしくなった。

とにかく、分かりやすい「思わせぶり」を、必死で重ねていた私。

「好き」と言葉に変えていないだけで、身体のすべてから「好き」を出していたと思う。

蓮は、この頃の私をどう感じていたんだろう。

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