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32. 彼に夫にバレたと連絡
「じゃあ、認めるな?」
「…うん。……ごめんなさい。」
「…わかった。」
静かな声で夫は言った。
「もう、ええよ。」
え……?なにがええの?
私は恐る恐る頭をあげた。
とてもじゃないが、夫の顔は見れなかった。
「いつから?」
「ブログに書いてるとおり…。」
「……どっちから誘ったん?」
「……たぶん私。私が先に好きになった。」
しばらく沈黙の夫。
その私の言葉にイライラしてきだしたようだ。
「……そんなわけないやろ。
そいつは、なんて言うてるねん!」
「……なんてって?」
「いやだから、今回のことや!
人の嫁に手出しといてなんもなしか?」
「え?…いや、だから…まだむこうは何も知らないというか…」
「ホンマになんも届いてない言うてたか?
おかしいなぁ。」
思わず、夫の顔を見た。
おかしい…って、どういうこと?
やっぱり、夫が出したのか……。
「とにかく、もう一回電話しろ。
今すぐここに土下座しに来い!って言え!」
だんだん、興奮してきた夫。
なすすべのない私。
もう一度、蓮に電話をした。
「…ごめん。旦那にばれた。
うちに謝りに来いって言うてる…」
「は?? ちょ、ちょっと待って。」
きっと奥さんがいるのだろう。
あわてて移動する音がした。
「バレたってどういうこと?手紙って何?
昨日、大丈夫やったって言うてたやん。」
「ごめん…」
「ちょっと待ってや。あれだけ気をつけろって言うたよな?なんで?」
「ごめん…」
「ごめんってさ、、まさか、認めたんちゃうよな?」
「ごめん…」
「なんでやねん!!何があっても、何をされても絶対に認めへんって約束したよな?!
証拠ないんやろ?なんで認めるねん!」
「ごめんなさい…」
「認めたらあかんやん!
せっかくあれだけ気をつけてたのに!」
突然、目の前の夫が怒鳴りだした。
「何をごちゃごちゃぬかしとんねん!!
とっと謝りに来いや!!今すぐじゃ!!」
あまりにも突然だったので、びっくりして電話を落としそうになった。
当然、電話の向こうの蓮にも聞こえたはず。
夫が動いたので、思わず身構えた。
「替われ!」
私から電話を取り上げた。
「…切れとるわ。」
夫は舌打ちした。
「しょうもない男や。逃げよったぞ。」
うなだれるしかない私に、夫は穏やかな声に戻して話しだした。
「あこ。分かったやろ?これがこいつの本性や。
俺が怒鳴ったらびびって電話切るようなやつや。
今からよう見ときや。
この男が、どういう行動をするか。
ええか。
今から、そいつがこの家に来て、
きちんと土下座して、
あこさんが好きなんです。
一緒になりたいんです。
どうか許してください。
って頭下げたら、考えたる。
でもな、そいつは絶対そんなことせえへん。
そいつは必ず、おまえじゃなく、自分の嫁さん守るはずや。
間違いなく、おまえが切り捨てられる。
じゃなかったら、こそこそ夜中に人の嫁呼び出すようなことせえへん。
そもそも、配送先の客に手出すって会社から見てもアウトやろ。
最悪やぞ、その男。
社会人として終わっとるやんけ。
ええか、あこ。
おまえは、騙されたんや。遊ばれただけや。
頼むから、目、覚ましてくれ。
俺が悪かった。おまえに寂しい思いをさせてたんやと思う。
俺もちゃんと反省する。
だから、どうか、おまえも、目、覚ましてくれ。
現実をちゃんと見てくれ。」
夫の言うとおりだと思った。
絶対にそんなことは蓮はしない。
そんな男じゃない。
そもそも、私もそれは望んでないし。
じゃあ一体、私は、何を望んでいたのだろう。
「ただな…」
急に夫の声のトーンが変わった。
「そいつのことは、絶対に許せへんからな。きっちり、罪は償ってもらう。
実は、もう弁護士には相談してるねん。
あのブログも一部見せた。
過去の判例で日記が証拠として認められたことがあるらしいねん。
だから、ブログも証拠になるって。
でも、今、おまえ認めたやん?
もうそれで十分や。
先生が言うには、証拠なんかなくても本人同士が認めたらOKらしい。
間違いなく、そいつも認めざるを得なくなるよ。
だから、きちんと、慰謝料は請求する。
こんだけ、こっちの家、壊されたんやから、きっちりカタつけてもらわんと。
あいつには、すべて失ってもらうよ。」
それが、ただの脅しには見えなかった。
夫がどういう人か誰よりもわかってると思うから。
どんどん、重い鉛が体の奥に沈んでいく気がした。
「それにしても、あの時おまえが、俺らの尾行まいてくれて正解やったかもな。」
そう言って夫はくすっと笑った。
「あの時、もし、おまえとそいつが一緒におるのを見てもうたら、間違いなく、俺、そいつ殺してもうてたと思うから。
部下を連れていったのは、ホンマは、そういう意味もあってん。
興奮して、殴り殺してまうやろうから、死ぬ寸前に止めてくれって頼んでてん。
そんなカスの為に、子供らを殺人犯の息子にはしたないからな。」
…………。
ただただ、うなだれるしかなかった。
そこに再び私の携帯が鳴り響いた。
蓮からだった。