校長の心得
教育委員会の立場から「平成」の校長たちに学び、自身も校長として現場に立ち実践を続けてこられた竹内弘明先生(現・神戸親和女子大学教授)に、「令和」の学校経営を担う校長先生たちへ受け継ぐべきスキルとノウハウを語っていただきます。
※第7回・第8回のテーマは、「校長の心得」。学校運営の責任者である校長に求められる心構えとはどのようなものか、キーワードをもとに解説します。
目次
1 品性・教養・人間的魅力
2 汗をかく
3 情熱と愛情
1 品性・教養・人間的魅力
校長は学校の顔です。いつも学校の看板を背負っています。
校長はいろいろなところで挨拶や話をしていますから、こちらは知っていなくても、保護者や地域の方は校長の顔を知っています。いつ誰が見ているかわかりませんから、平素から身だしなみや立ち居振る舞いにも気をつけていきたいものです。接遇も大切です。服装、表情、言葉遣い等々気をつけないと、「あれがうちの学校の校長……」というふうに見られます。校長の自覚を持つことは恥ずかしい気もしますが、周囲は校長に対して一目も二目も置いています。連載第4回の「口は災いの元」でも述べましたが、たとえ冗談であったとしても、発言はすべて「校長の発言」として捉えられますし、行動も同様に「校長の行動」として捉えられます。調子に乗って言う冗談や、酔った勢いで行う行動すべて、「校長の言動」として見られています。逆に言うと、目立とうとしなくても、校長というだけで十分に目立っています。中には偉そうにして、校長をアピールしたい人もいるかもしれませんが、校長はそれだけで特別の存在なのですから、ことさらアピールをする必要もありません。謙虚にしているくらいでちょうどいい、ということになります。そして教養も必要です。本もいろいろと読むべきです。ベストセラー本も「そんなもの自分には関係ない」と思うかもしれませんが、世の中の流れ、流行を知るという意味でも「多くの人が読んでる本とはどのようものか」という視点から読めば役立ちます。校長は様々な世界の方々とおつきあいをします。実際、保護者や同窓会、地域の方々の多くは民間の方々です。そうした方々と話をするには政治や経済、社会や世界の動き等々、広い教養を持っておく必要があります。幅広く、多くのことに興味関心を持ってほしいものです。
そういう意味でも、仕事はもちろんですが、仕事以外のところでも人間的な魅力が必要です。仕事もでき、趣味も豊富、話題も豊富、いつも健康で、明るく元気、家族も大事にしているし、遊ぶこともでき、つきあいも広い……そういったことも管理職の器だと思います。昔は「遊ぶことも大事」と言われたものです。「忙中閑ができたら遊びに行こう」ではなかなか遊べない、「忙中無理矢理、閑」と言われ、考え方次第でその分の時間は何とかなる。寝る間を削ったら時間はできるし、明日突然高熱が出て休んだと思えば、何とでもなる。そんな無理にでも遊びに行く懐の大きさが管理職の器だ、と言われたものです。令和の時代ではこのような考え方は難しいようですが、要は仕事だけではなく、趣味や教養をもって幅の広い、人間的にも魅力のある校長になることです。そんな校長にあこがれ、そんな校長になりたいと思い、後に続こうという者も出てくることでしょう。
2 汗をかく
管理職はよく、汗をかきます。どのような汗をかくか、その汗をいつかくか、どこでかくか、です。結局はどこかで汗をかくことになるのですが、後になってかく汗や見えるところでかく汗はあまりいいものではありません。できるだけ爽やかな汗をかきたいものです。
先にかく汗
「楽は苦の種、苦は楽の種」ということわざがあります。始め楽をしているとあとでツケがきてしんどい思いをする。先にしんどいけど頑張っておけばあとが楽になる……。夏休みの宿題はすぐにやれば、理解もできていて早く終わるのですが、取り掛かるのが遅いと授業の内容自体忘れてしまっていて、よけい時間がかかる……。自由研究も先に始めると時間がたっぷりあり、さらにアイデアが出てきていいものができますが、締切間際に始めると時間がなく、焦ってきてアイデアも浮かばず、アイデアが出てきても手遅れで間に合わない……、結局お粗末なものになってしまいます。
仕事面でも、先に汗を流すことでうまくいくことも多いはずです。
①調整
例えば、何か新しい企画を提案するとき、どのように進めるか。
いきなり大きな会議に出すのは危険です。人は保守的になりやすいので、急に提案されたとき、大きな事案であれば「ちょっと待って」となりがちです。中身がよくわからなければ安全志向から慎重になりますし、質問や課題、疑義が出ることもあります。会議の場で十分理解してもらえずに否決されてしまえば、せっかくの新企画もボツになってしまいます。また、違う形で決まってしまうと、その後の修正にはより大きなエネルギーが必要になります。
まずは、事前に関係者に話をすることです。関係者の理解を得ておけば会議でも「ああ、その話は聞いています」とスムーズに話が通ります。
また、話をする中で課題も指摘してもらえますから、事前に解決策を考えることができます。会議で議論になりそうなことも先に準備ができます。逆に、そこでダメなら会議に出してもダメです。大きな事であれば、関係の分掌だけでなく、教職員団体やPTA、同窓会、地域の自治会、場合によっては所管の教育委員会にも意見を聞いておく必要があります。事前に汗をかいて調整する中で、企画自体も多方面からの意見を踏まえたよりレベルの高い企画にシェイプアップしていきますし、理解者、支持者も増えていきます。このような状態で会議に出せば、意外と汗をかかずにスムーズに決まっていくものです。
また、人間は感情の動物です。自分が関係することについて、事前に聞いてないだけで反対したくなるものです。人間は感情の動物ですから、その感情を大切にしていくことで、うまくいくことが多いものです。
事前の目配り、気配り、心配りで汗をかくと、あとが楽になります。時間はかかりますが、何事も先に汗をかくことであとがスムーズに進みます。急がば回れです。
②苦情対応
苦情は急にやってくることがありますが、そんなとき、その場だけを何とか凌ぎたいと楽をすると、あとに大きな禍根を残すことがあります。その場を凌ぎたいがために、できるかできないかわからないのに「わかりました、そうします、検討します」と言って適当な対応をすると、その場はそれで済んでもあとが大変です。求められたことに対応しようとすると教職員から猛反対にあい、どうしようも なくなり、よけい大きな汗をかくことになります。
どんなに大変で時間がかかっても、丁寧に話を聞きながらも、譲れないところは譲らないことです。そこで懸命に汗をかけばその日で終わります。その場凌ぎの対応をすれ ば、後日もっと大きな汗をかかないといけなくなります。 結局、どこかで汗をかかないといけないことになるなら、先に汗をかくことです。事前にかく汗は事後にかく汗よりも少なくてすむことが多いですし、事後にかく汗は、冷や汗であったり、脂汗であったり、いい汗にはならないものです。 水面下でかく汗 、みんなの見ていないところや知らないところでかく汗は尊いものです。見えないところで汗をかいて、見えるところでは堂々としている方が校長らしく見えるものです。「水面を優雅に泳ぐ白鳥も、水面下では一生懸命足をもがいている」と言われます。校長も表面的には堂々としながらも、水面下で校長になるための努力が求められます。
②勉強
まずは勉強です。法令や規則、そして教育課題についてきちんと勉強することです。特に教育に関する法令の必要性については、言うまでもありませんが十分熟知しておいてほしいものです。
何かトラブルになったときに、法を踏まえて行動するのと、知らずに行動するのでは雲泥の差になります。生徒指導を含め、何事もそうですが、法規が前面に出てくる場面というのは、決して良い場面ではありません。裁判にならないまでも「訴訟にするぞ」という言葉が出てくることも多々あります。そんなときでも、きちんと法的な裏付けのもとに対処していれば、何も恐れることはないのですが、そうでなければ不安になり、自分の発言に自信がなくなります。
管理職ならば法令や規則は知っていて当たり前ですが、教職員はあまり法令のことはわかっていません。必要な法令や根拠は教えてあげる方がいいのですが、管理職がちらちらと法令等の知識をひけらかすのはあまり良い印象を持たれません。教職員に対しての服務監督という点では地方公務員法や労働基準法といった法令に基づくことになりますが、いちいち杓子定規に法令を持ち出していては嫌われてしまいます。かといって法令に疎い管理職でも困ります。本校の勤務時間は何時から何時まで、休憩時間は何時から何時まで、休憩時間の3原則等々、きちんと知ったうえでの服務管理です。特に今の時代は保護者や周囲の人の意識も高くなっていますから、説明を求められたり、訴訟になることも少なくありません。教育委員会でも多くの訴訟を抱えています。そんな時代になっているということも認識しておいてほしいものです。
こうした法令や規則を勉強するには、教育実務必携を座右の書にして、常に根拠を探っておくことです。おすすめの勉強法を1つ紹介します。教育実務必携は1・2年で新しいものが出て、管理職はその都度、新しいものに買い換えます(兵庫県では隔年毎に新しい法令集と通知集が出版されます)。私はいつも教育実務必携の必要な部分にインデックスをつけるとともに、重要な箇所にはマーカーで線を引いています。新しい教育実務必携を買ったら、以前のものと同じインデックスをつけ、同じ所にマーカーで線を引きます。結構時間のかかる作業で、丸1日はかかりますが、2年に1回は必ず条文を読み、マーカーの線を引くことになります。そして買い換え毎に変更部分がよく分かりますし、線を引く部分も増えていきます。そうしていると、主な内容は自然に覚えていきます。インデックスが増えていくことで、これだけ勉強したんだという気持ちにもなるので、おすすめです。
また、教員が弱いのはお金の面です。教員の給与等についても比較的疎い部分です。学校のお金を管理する事務室のことも、しっかり把握しておく必要があります。何も知らないと事務室をコントロールすることができません。いつも事務長や事務担当者任せというのではなく、指導すべきことは事務室においても指導できないといけません。教員に事務のことを聞かれることもあります。わからないでも通用しますが、答えられる方がより尊敬もされます。そういう意味でも、しっかり勉強してほしいと思います。
校長の辞令をもらえばそれで校長ができるものではありません。校長になるには、校長になるための勉強が必要です。謙虚に校長になるための努力をしてほしいものです。すでに校長をされている方も、もっとよい校長になるための勉強をしてほしいと思います。教員が常に学び続ける教員であってほしいのと同様に、校長も学び続ける校長であってほしいと思います。
③人間関係の構築
2点目は平素の人間関係です。自校以外の関係者との連携も密にし、メールや手紙もこまめに発信し、返信をする。関係者のこともきめ細かく配慮しながら関係を築いておくことで、こまめに情報収集ができたり、いつでも相談できたり、また、いざというときに助けてもらうことができます。何か事を起こすとき、何かを判断するとき、そんな時でも他校はどうしているか、教育委員会はどう考えているか……平素の関係が構築できていると、電話一本がかけやすくなりますし、情報を教えてくれやすくなります。
100人の人とネットワークを作ることも価値がありますし、100人を知っている1人の人と密なる関係を作ることも貴重です。人との関係づくりは単に情報収集を意図するのではなく、様々な人から学ぶことができます。「人みな師なり」といいますが、多くの人と交わることで多くのことを学ぶことができます。これは大きな財産にもなります。
それに加えて、情報量です。何も関係を築いていない人に比べて、情報収集力に大きな差が出てきます。根回しや調整をするときにも、水面下で関係者から意見を聞いたり、話を通しておいたりすることができます。見えないところでの努力、教職員の知らないところで汗をかくことはとても大切なことです。
徳川家康が息子に語ったとされる言葉に、「家臣が5時におきれば4時に起きる、家臣が白米を食べれば七分付きを食べる、心服させる。感心させて、感心させて、好きでたまらなくさせる。家臣と同じ事をしていてはだめだ。家臣の3倍、そのまた3倍のことをしないと家臣の信頼は得られない」というものがあります。真偽はわかりかねますが、要は「水面下でどれだけ汗をかくか」ということだと思います。みんなの見ていないところでかく汗は値打ちがあります。職員に敬服してもらうには、それだけの汗をかくことが必要なのだと思います。
④情熱と愛情
初心忘るべからず
校長の辞令交付の日。期待と不安、そして緊張しながら辞令交付式に臨むことと思います。まるで新入生のような気持ちで、これから先のことを考えると期待と不安が混じり合うような複雑な思いとともに、それでも「いよいよ、とうとう校長になるんだ」という喜びが大きいのではないでしょうか。そんなときに「今の気持ちを大事にしよう」「初心忘るべからず」、そう自身の胸に刻もうとします。その初心を忘れずに取り組んでほしいと思います。
併せて思い出してほしいのは、昔、管理職を目指したときの初心です。校長となるその日に、改めてそのときの初心を思い起こして取り組んでほしいと思います。
かつて管理職の道を歩み始めたとき、いろいろなことを考え、悩んだ末にこの道に一歩足を踏み出したことと思います。管理職になるということはどういうことなのか。それは、教職員をまとめ学校を運営していくことであると同時に、最も大きな点は子どもたちから離れていくということです。授業や担任、部活動といった子どもたちとの関わりがなくなっていく……。元来、教師を志したということは、子どもたちが好きで、授業や担任、部活動といった子どもたちと関わることが好きだからこそ、教師になったわけで、それが原点であったはずです。実際に、管理職として十分な資質、能力や適性を持ちながらも、子どもたちと離れたくないから管理職にならないという教員は数多くいます。校長になっている多くの人は、管理職試験を受験しようと決意するまでには随分悩んだことと思います。子どもたちの屈託のない笑顔や真摯なまなざしからどれだけ勇気や元気をもらったことでしょう。そんな子どもたちとは離れていくことになります。
重責を担うことで家族にも迷惑をかけることがあるかもしれないと、家族会議をした人もいるでしょう。でも最後は、大きな意味で子どもたちのためにあえてこの道を選ぶことを決断したわけです。子どもたちも「頑張ってね」と応援してくれたはずです。
校長になったということは、まさに管理職の道を歩むと決意した時に描いた思いを実現する時です。かわいい子どもたちと離れることを決意し、理想の学校を作っていくために一歩を踏み出した、あのときの熱い思いが初心のはずです。あのときの初心をしっかりと思い起こして、決して忘れることなく、頑張ってほしいと思います。辛いこと、苦しいこともありますが、そのときは背中を押してくれた子どもたちの姿を思い出して頑張ってほしいものです。
⑤情熱
なぜ、管理職の道を選んだのか。それを改めて自覚したうえで、情熱を持っていろいろなことに積極的に取り組んでほしいと思います。
そして、自分の熱い思いを具現化するために、1年目から精力的に取り組んでほしいと思います。前任者や後任者のことはあまり気にする必要はありません。中には、1年目は様子を見て過ごし、2年目は後任の人が動きやすくするために何もしない、そんな校長がまれにいます。これでは何もできませんし、何のために校長になったのかわかりません。
1年目でも実施できることや変えることができることは結構多くあります。中には2年、3年かかるものもありますが、1年目だからこそできるものも少なくありません。そのためには、校長になる前から、自身でこんなことをしたい、あんなこともしたいと温めておくことです。そうすれば、校長になって直ぐに取り組むことができます。様子を見ていると、どうしても区切りのいいときからの実施となってしまい、タイミングを逃してしまいます。
ただし、気をつけなくてはいけないことの1つは学校文化の存在です。
学校文化は校長が替わったからといって簡単に変わるものではありませんし、簡単に変わるものであってはならないものです。学校文化は学校の歴史のなかでじっくりと熟成されてきたものであり、ゆっくりと時間をかけて育てるものです。校長はその学校文化を尊重しながら自分のカラーを出していけばいいのです。
また、2つには学校を自分のものと勘違いしないことです。学校は校長のものではありません。県や市町村から預かっているだけですから、何年かすれば次の校長に渡すものです。県や市町村の思いもありますから、校長の勝手な思いで勝手な方向に進められても困ります。大きな舵取りをしたいと思う時も必ず設置者である教育委員会と相談し、了解を得て進める必要があります。
仕事は大変で、「こんなはずじゃなかった」と思うこともあります。「もっと違うことをやりたかった」と思うこともあるでしょう。思いはいろいろあるでしょうが、後ろを向いていても仕方がないので、前向きに頑張って欲しいと思います。
「今の教育現場をこうしたい!」「○○県の教育をこうしたい!」「○○教育を推進したい」「子どもたちにこんな力をつけさせたい」……等々、自分の仕事の中で、熱い思いを持って仕事をして欲しいと思います。もちろん、多くの困難はありますが、そのときにくじけずに歯を食いしばって奮起するためには、熱い思いが必要になります。
やらされ感で仕事をしていては、いいアイデアも沸いてきません。前向きに取り組むことで充実感や達成感、成就感のある仕事ができます。前年の踏襲ではなく、自分なりにその内容を飲み込み、腹に据えてから、そのままでよければそれでよし、変えるべきところがあれば変えていってほしいと思います。
この変化の激しい時代、周囲はどんどん変わっていっています。私たち教育の取り組みもそれにあわせて絶えず変化していくべきですから、周囲が変わる中、昨年度と同じということはすでに遅れをとっているということになります。そういう意味でも、変えるべきところがあれば変えていかねばなりません。
一方で教育には不易の部分もありますから、あえて変えないものもあります。そうした判断をしっかりしながら取り組んでほしいと思います。
大変な仕事ではありますが、熱い思いを持って仕事をしていけばやりがいを感じ、充実した仕事ができるはずです。
いずれにしろ、1年目から熱い思いを持って積極的に学校運営をしてほしいと思います。教育委員会はそれを期待しています。
⑥愛情
校長になれば、子どもたちや教職員、校舎等、すべてが愛おしくなるものです。
校長になると学校のすべての管理責任者になります。子どもたち、教職員、校舎、植木や門扉にいたるまですべての管理責任があります。
それを大変だと思えば大変ですが、おそらく日々思いを馳せていくうちに、すべてを愛する気持ちになっていくと思います。
きれいな花が咲いている。でもその後に、花を慈しんで毎日手入れをしてくれる校務員がいる。グランドでは元気に走っている子どもたちがいる。でもその後には、毎日子どもたちに真摯に向き合う教員がいる。そして家庭で子どもたちを育てている保護者がいる。職員室では教員がコピーをしている。でもその後には、事務職員が紙を購入し、コピー機のメンテナンスもしている。学校のすべてのものが誰かによってお世話をしてもらっている……。そんなことを思うと、学校のすべてが愛おしく感じられるようになります。
子どもたちはもちろん、職員も、また、校舎だけでなく敷地内のすべてのもの、そして地域や保護者にまで愛おしい気持ちがわいてくる。ぜひ子どもたち、職員、校舎等、すべてを愛してほしいと思います。もちろん、教職員にもいろいろな人がいます。中には難しい人、課題のある人もいます。教育委員会はうまく配置していて、どこの学校にもそのような人は配置されています。校長の中にはそんな人を何とか排除したいと、異動の時期になると教育委員会に哀願する人もいますが、でも、どの人もみんないい人です。「この人がいなかったら学校がよくなるのに……」と思いながらも、面談してよく話を聞いていると、やっぱり情もわいてきます。その人なりに一生懸命生きているのがよくわかります。校長になると職員一人ひとりが愛おしく思えるようになります。
クラス担任をしていると、いろいろな子どもと出会います。成績優秀な子もいれば問題児もいますし、明るく元気な子もいればおとなしくて暗い子もいます。でもみんな愛しいクラスの子どもです。この子はやめてほしい……なんて思わないものです。
自分の子どもも同じです。反抗期で生意気で、子どもと本気になってケンカもしますが、やっぱりかわいい子どもです。
課題のある子どもがいた場合、その子どもを退学させようと排除するのではなく、担任としてその子どもを何とかしたいと思うのと同じです。そんなふうに教職員にも愛情を持って欲しいと思います。
課題のある教職員も話をし、思いを聞き、共感しあうと、またその人なりに頑張ってくれます。現時点ではマイナスの人だとしても、マイナスの数値が少なくなれば、組織全体のトータルパワーは上昇します。排除しようとする姿勢をみせるだけで、その人は怒ってマイナスの数値が一気に大きくなります。そうなればトータルパワーはダウンします。学校運営は組織のトータルパワーで動いていきます。力のある人も、弱い人も、みんなが今より少し力を出せばそれで学校は大きく動いていくものです。
学校にかかわるすべてのものを慈しみ、愛おしく思うこと。そしてすべてに感謝の気持ちを持って取り組んでいくことが、組織力を高めていくことにも繋がるものです。
⑦教育理念
校長になれば、「どのような学校をつくりたいか」「どのように学校運営を行うのか」といったことを聞かれる場面が多くなります。
本校の教育目標は……、どのような子どもを育成するのか……、学校のグランドデザインは……、生徒指導の基本は……等々、自身の教育理念をしっかりと持っておく必要があります。
そうした一連の教育信条の根幹に何を据えるのか、背骨の部分をしっかりと持っておくことも必要です。それをしっかりと持っておけば大きくぶれることもないし、教頭や教職員も校長の理念を踏まえ、考え、動くことができます。
こうした教育理念をしっかり持っておくことは、平素、物事を判断するときの判断基準のよりどころにもなります。それがない校長は、その時々で考えがぶれ、教職員は右往左往することとなります。
教育理念という一本筋の通った理念の下に教育活動を構築し、展開していくことで、体系的な取り組みができ、教職員も理解しやすく、そのつど校長が指示しなくても教職員が自らが考えて行動することができるようにもなります。
常日頃から教育理念について、できるだけ自身の考えをまとめ、ノート等に記入していくことも有効です。そうすることで、自分の言葉でまとめていくことができ、人に対しても自分の言葉で説明することができます。
⑧夢や理想を語る
校長は夢を語ること、理想を語ることです。大きな夢や理想を語ることで、職員の気持ちを鼓舞することができます。グローバル化や高度情報化が進み、社会は変化の激しい時代です。そしてこれからの、先行きの読めない不透明な社会を、子どもたちは100歳まで生きていくことになります。「時代の変化に柔軟に対応し、たくましく生き抜いていける力を培おう」「AIの時代にはなるけれど、自分で考え自分で判断し、行動できる子どもたちを育てよう」といった話です。
今、教育課題が山積し、教職員は疲弊しています。そんなときに校長も同じように日々の課題に追われうつむきながら仕事をしていては、学校の士気も衰えてしまいます。どんなときも、校長は教職員や子どもたちに明るい希望の光を与えてあげなければなりません。校長自身が夢や希望を持ち、それを語ることで、教職員も子どもたちも勇気づけられるものです。
「学ぶとは胸に誠実を刻むこと、教えるとはともに希望を語ること」はフランスの詩人ルイ・アラゴンの言葉です。学ぶことに誠実であるとともに、「教える」とはともに希望を語ることです。校長もそんな校長でありたいものです。
⑨プラス思考でいつも明るく前向きに(校長は学校の太陽)
校長は学校の太陽です。校長がいてくれるだけで職員は安心できます。
辛いこと、苦しいこと、大変なときもあります。でもいつも校長は元気で前向きあれば、職員は不安になりません。いくら、心の中は「どうしよう……」と不安であっても、それを顔に出せば、職員はもっと不安になります。
危機の最中でも校長が堂々としていれば、職員も浮き足立つことはありません。
いつも「明るく・楽しく・前向きに」、この頭文字をとって「ATM」をモットーとしていた校長がいました。校長はどんなことがあっても下を向いてはいけない、何事もプラス思考で考え、胸を張っていつも前を向いていること。そんな姿勢が教職員に希望を与えます。校長は何も言わなくてもその存在だけで教職員に光を与えているのだという、太陽としての自覚を常に持っていることが大切です。
⑩3つの禁句
先輩校長に教えられたのが、
①グチを言わない。
②疲れたと言わない。
③文句を言わない。
この3つは絶対口に出さないことです。
校長がいつも愚痴をこぼし、ぼやいてばかりだと、教職員はいい気がしません。場の雰囲気も悪くなり、やる気もなくなります。教職員だって校長の愚痴を聞かされてもどうしようもありません。「そんなに愚痴を言うくらいならそもそも校長にならなかったらいいでしょう、校長にぼやかれてもどうしろというんですか」という話です。
「疲れた」「しんどい」、これも聞いている方は同情はしますが、だからといってそればかり聞いていると、聞いている方が疲れてきます。
文句も同じです。聞いてる方は疲れてきます。教職員は「ここでぐたぐた文句言ってないで、直接言ってやったらいいじゃないですか」と思っています。直接文句も言えずに教職員に聞いてもらっていても、器の小さい校長と思われるだけです。
辛いこと、苦しいこと、悩むこと、疲れること等々、校長は精神的に大変な思いをすることが多々あります。でも、すべて自分の肥やしです。感動の種です。いつか解決の日が来ますし、終わる日が来ます。いろいろな悩みも疲れも愚痴も決して顔に出さないことです。心の中は泣いていても、怒っていても、いつも明るく元気で。校長がいてくれるだけで、安心感がある職場、何か事が起こっても校長がいてくれたら何とかなる……。そんな頼りがいのある、安心感のある校長であって欲しいと思います。