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連続小説「アディクション」(ノート10)

ギャンブル依存症から立ち上がる

この物語は、私の誇張された実体験を基に妄想的に作られたフィクションですので、登場する人物、団体等は全て架空のものでございます。

〈「料理プログラムグループ」〉

内容の濃すぎる日々を重ね、2016年の8月15日を迎え、例の「秋の文化祭」まであと1ヶ月となっていました。

この日は「終戦記念日」ということで、このクリニックにおいても戦没者などに向けての黙祷が捧げれました。

「まぁ俺たちも人生の戦没者だ」

「自分は3年前に人生終戦している」

黙祷を終え、メンバーがこんなことをつぶやいている中、才所さんから

「今日の料理プログラムは、文化祭も1ヶ月後に控えているということで、課題となっているカレーを全員で作って頂きたいと思います。」

「あと、1ヶ月なんですね。それにしても10月とかではなく、文化祭は9月ってのも少し早い気がしますね」と私が倉骨さんに水を向けると、

「ああ、9月15日が理事長の誕生日なんですよ。自分では「生誕祭」とか「クリニックの文化の日」などとぬかしているんですがね」

「乃木坂46や明治天皇でもあるまいし」

「さすがに理事長に乃木坂はわからないとは思いますがね。まぁここの「天皇」であるとは思ってるんでしょうけど」

そんなこんなで、この日は午前に食材を買い出しして、午後に調理し皆の夕食として充てられることとなります。

プログラムでは、「主菜班」と「副菜班」に分けられて、それぞれリーダーは主菜班が塩月さん、副菜班が大北さんとなっていて、主菜班がカレーを作り、副菜班はサラダやスープなどのサイドメニューを作ることになっています。

私は当然のように塩月さんと、倉骨さんに巻き込まれ主菜班に入り、そして私の背後霊のように魚さんもくっついてきました。あとは、赤嶺さんと、倉骨さんの「門下生」とも言える根市君と加茂川君などで構成されました。

副菜班は、大北さんの他に、淡河さん、迫丸さんなどかいるのですが、こちらはまとまりがなく、「サラダ班」「スープ班」そして一番沢山の「味見・見学班」に分かれてます。

塩月さんが、私に解説してくれました。

「あっちはいつもあんな感じだ。まぁサラダは大北がレタス千切って、きゅうり刻んで、チェリートマトをバラまいて、青じそドレッシングかければ完成。」

「毎回ですか?」

「ああ。そしてスープは淡河がお湯沸かして、コンソメの素と刻んだ玉ねぎ入れて、溶き卵で仕上げりゃ完成」

「まぁ、それで十分ですね。」

「で、迫丸を「筆頭」とする最大グループの味見・見学班は何もしないで雑談か昼寝をして、完成した頃に味見をして、色々と文句を言う。で、こっちの主菜班にもやってくる。」

「そんなんで良いのですか?」

「まず、大北と淡河が全く口利かないからそこで担当が分かれる。でサラダ班は大北が一人でなんでもやりたがるので、皆が「勝手にやれば」と離れる。」

「じゃあ、形式的には味見・見学班の誰かはどこかに属しているんですね?」

「そういうことだ。淡河はスープを沸かすコンロから離れたくないからやっているだけだ。」

「どういうことですか?」

「スタッフの島ちゃんがこっちの主菜側に付いて、才所さんが副菜に付いて監督するんだけど、結局才所さんは大北の手伝いに明け暮れることになる。」

「他のメンバーがやらないからですか」

「ホントはやらせなきゃいけないのだが、何というか双方の「立場」を慮ってそういう形になった。」

「で、スープは淡河さんが引き受けたんですね。」

「スタッフの目の届かないところに居られるというメリットがあるんだよ」

「え?」

「スープ沸かしながら、週末の競馬の予想をしているんだよ。」

「どうやってやるんですか?」

「「レシピ」と一緒にスポーツ新聞の競馬欄の切り抜きとサインペン持ち込んで予想しているんだよ。まぁ、隙あらば淡河はいつでも競馬の予想をしている」

「そういうマメさは尊敬に値しますね」

「何か、スープ沸かしながら予想しているときが一番閃くらしい。」

ギャンブル依存症を治療する医療機関の施設内で、競馬の予想をするというのも如何なものかと思うが、確かに「他所でやる」よりはマシかもと思い始めてきました。

医療機関の庇護の下で、金銭管理を受けていれば、どうしてもやめられない(やめる気が全くない)ギャンブルを週末多少ごまかした金銭の範囲内やったとしても、生活が破綻することはなく、特にこのクリニックならば、食事も確保できるので、「安心してスリップ」できるんだろうなと思いました。

まぁ、社会復帰をする気が全くないという前提なんですが。

もう一つ、既に60歳を過ぎていると思われる塩月さん、大北さん、淡河さんあたりは、現役時代はそれなりに働いていたし、社会復帰を前提に克服する必要性がどこまであるかと考えてしまいます。

むしろ、周囲を本人の問題行動の被害に巻き込むことさえしなければ良いと思うので、理事長のセリフではないが「一生通いなさい」で、たまにスリップしていても、この辺の人たちはどうにかなってるんじゃないかと思ったりします。

〈買い出しに行こう〉

さて、午前の「買い出し」ということでクリニック付近のスーパーに、島野さん引率の下、塩月さん、大北さん、淡河さんの「アディクション御三家」の他に、私と倉骨さんと赤嶺さんが加わり、御一行として赴きました。

「さあ、ダラダラ歩かないんですよ」

と、島野さんが少しSっ気を出しながら引率します。

「この気の強さがなあ。勿体ない。ここがもんちゃんとの人気の分かれ目だ」と塩月さんがボヤくと、

「そうっすね。やっぱクリニックのトップはもんちゃんっすよ」と倉骨さんが同調しているのを横目で見ていると、何か背後から鼻息荒く頷いている気配を感じました。

「う、魚さん、どうしてここに?魚さんは留守番ですよ。」

「え、そうなの?」

「朝の説明、聞いてませんでした?」

「理事長の診察受けてた」

「才所さんが直接言わなかったのでしょう。いいですよ、行きましょう。」

と、島野さんのお許しが出て、めでたく魚さんも一行に加わりました。

クリニックのメンバーは、「死んだ魚の目をした魚さん」と、初日に理事長診察から出て来た時の表情のインパクトがありすぎて、そのような揶揄をしているのですが、もんちゃんこと門奈さんの話が出ると、「生き返った魚の目」の魚さんになってしまいます。

そんなこんなで、スーパーに到着

「そういや、塩月さん、前に言ってたカレーの「秘策」って何ですか?」

「ああ、今日のプログラムでは使わんよ。(小声で)スタッフいるからな」

「そうなんですね。塩月さんの他に知ってる人っているんですか?」

「おらんよ。たぶん文化祭当日は屑やんや、ボネなんかのダンス組は調理にそんなに長く貼り付けんしな。まぁ、俺と淡河で大北を煙に巻きながらやろうかと」

「大北さんはそれで済むんですか?」

「炊飯に専念してもらって、こっちとは一線を画すんだよ。俺の方が年も上だしここも長いからな。」

このフロアのドンは、塩月さんなんだなということがわかってきました。まぁ、その「秘策」がなかなかある意味スゴいことが後日わかるのですが。

「絶対に甘口!辛いのダメ!」

と、赤嶺さんがしきりにアピールするものの、

「何言ってんだよ、辛くないカレー作ってどうするんだ!」

倉骨さんも全力で反論。そしたら、

「コンロ小さいの空くから、小鍋で甘口作りましょう」と、島野さんが提案すると、

「さすがね。でもあたし作れないよ。」

「屑星さん、作れますか?」

「え、島野さん、私ですか?」

「だって、調理師志望ですよねw」

「屑や~ん、作って〜」

「赤嶺さん、中途半端な色気はいりませんから。まぁ、作りますよ。」

「では、よろしくお願いしますね。私の分と二人分で。」

「なんだ。島野さんも辛いのダメか」

というわけで、甘口カレーの「担当」となり、まぁ一人でもそのくらいは作れるが、手伝う人居るかなぁと考えていると、またしても背後から気配があり、

「魚さん、手伝いますか?」

「はい。」

「カレーとか作れますか?」

「男ですから作れません」

「いやいや、「男だから」は無いと思いますが作れないんですね。」

「はい、男ですから。」

結構色々と面倒くさい人だなと思いつつ「ではよろしくお願いします」と手伝ってもらうことになるのですが、御察しのとおり、いかに使いものにならない人だということは後で述べます。

甘口カレーということで、具材は共通として、甘口カレールーとリンゴジュースを追加で買ってもらいました。

カレー、サラダ、スープの材料を買い終え、一行で分担して荷物を持ち帰りクリニックに戻ります。

〈ではでは調理〉

「いやー、申し訳ありません。メニューの差替の連絡するのを忘れてました。」

昼食の冒頭、才所さんが皆に謝罪しました。この日の昼食の弁当がカレーだったのです。

「才所さん、ワザとだろ?罰ゲームか」

倉骨さんが嘆いています。

「前にもあったけどな。別に俺はカレーが何食続いても大丈夫だけどな。」

と、塩月さんが何食わぬ顔でカレーにパクつき始めます。

「これよりは、比べモノにならないくらい美味いの作るから、、」

カレー作りには、自信があるようです。

さて、昼食後、改めて「カレー作り」に取り掛かりました。手分けして、野菜を切る作業を始めましたが、一人だけ「野菜が切れてない」人がいました。

塩月さんが見かねて、

「魚ちゃん、包丁使えないのか?」

「はい、男ですから」

「男かどうかは別として仕方ないな、じゃあ、野菜の皮とかのゴミが出るから、それを集めて捨ててくれ」

「わかりました。」

わかってませんでした。

「魚ちゃん、それゴミじゃなくて刻んだタマネギだ。」

「え、食べるんですか?」

「炒めるんだよ」

「あ、食べるんじゃなくて炒めるんですね。」

「なるほど、よくわかった。」

塩月さんが、スタッフの島野さんに話をして、島野さんから、

「魚さん、別室で他の人たちとDVD鑑賞してください。仕上げの時にまたこっちに来て手伝いましょう」

即刻、「見学・味見班」に吸収されてしまいました。

「あー、屑やん悪い。魚ちゃんは戦力外だ。甘口カレー、一人で大丈夫か?」

「一人のほうが大丈夫です。」

「だろうな。まぁ、仕上げの味見の時にでも戻ってもらおう。」

「そうですね」

カレーの作り方は至ってオーソドックスで、玉ねぎをよく炒め、肉を炒めて火が通ったら水を入れて、沸騰直前で火を弱め他の野菜を入れてコトコト煮て、野菜が柔らかくなったら火を止めルーを割り入れる手順なんですが、その際にどんな「隠し味」を入れるかで「全てが決まる」ことになっているようです。

で、このフロアの「隠し味」は、イチゴジャムと焼肉のタレでした。

私は「甘口担当」ということで、リンゴジュースを加え、甘口カレーのルーを割り入れることになっています。

さてさて、仕上げの段階に来たので魚さんに戻ってきてもらったのですが、何をやらせていいか、ていうか、「何もやらせたくない」のですが、プログラムだということで、島野さんに何かやらせるよう頼まれていたこともあったので、

「じゃあ、ルーを割り入れる前に、このリンゴジュースを入れてもらいますか」

「はい、わかりました」

わかっていませんでした。

「あ、ああ、リンゴジュース、飲んじゃだめですよ。あ、飲んじゃった」

「カレーにリンゴジュースなんて入れるんですか?」

「甘口カレーですからね。赤嶺さんがなるべく甘口してとリクエストがありましたからね。」

「そういうことなら、先に言ってください。」

「リンゴジュースを入れろに背いて勝手に飲んだだけですよね?少なくとも「飲め」なんて言ってませんよ。」

「僕が一方的に悪いように言われて、なんか気分が悪くなりました。」

「だって一方的に悪いでしょ?」

「よくそんな酷いことが言えますね。」

「酷いことをしたからでしょ?」

他のメンバーが、島野さんを呼んできました。となりでスープの火加減を見ている「フリ」をしている淡河さんは、慌てて競馬記事の切り抜きを隠しました。

「とりあえず、作業を進めましょう。あと、魚さんはこれで作業終了ですから、席に戻ってDVD鑑賞してください」

魚さんは、リンゴジュースを飲みに来ただけで作業終了です。

「ありゃ、相当ヤバいな」と思いつつ、残りの作業をさっさとこなしてカレー作りは終了。塩月さんの受け持つ大人数分の方も終了しました。

「味見班リーダー」の迫丸さんのお墨付きも頂きました。

サラダは「予定通り」大北さんと才所さんで作りあげ、スープも淡河さんが「簡潔」に仕上げました。

「途中、邪魔が入って予想が十分に出来なかった」と嘆いてましたが。

このフロアは、本当に色んな人達がいて、いわゆる「リテラシー」の差も人によって全然違っております。

一般の共同体では、魚さんみたいな振る舞いをしていたら、たぶん誰にも相手にされないと思われますが、ここのフロアはどんな振る舞いをする人でも受け入れて共に克服を目指すことになってます。

あと、ここにいる多くのメンバーの方々にはいわゆる「反省」という概念がなく、たぶんその辺の概念を持てない限り、通院を終了させては貰えないと思います。

魚さんは、私に言われたことがショックだったようで、カレーは食べずにこの日は早退してしまいました。魚さんは常々「早くここを出て、社会復帰したい」とおっしゃっております。

料理プログラム編は以上です。

今回はここまでとします

GOOD LUCK 陽はまた昇る
くずぼしいってつ




















ギャンブル依存症を治療する医療機関の施設内で、競馬の予想をするというのも


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