「未常識」が地方スーパー再生の特効薬
「未常識」とは、「未ダ常識ニ在ラズ」と言う意味です。サリー・ガードナー 作/三辺律子 訳「空を飛んだ男の子のはなし」と言う児童書があります。あらすじは、さえない男の子・トーマスは風変わりな妖精から誕生日のプレゼントをもらいます。そのプレゼントとは「空を飛べるようになる」こと。ほんとうに空を自由に飛べるようになったトーマスは、学校の人気者になりますが、大人たちは見て見ぬふりです。トーマスがいくら空を飛んでも目に入らない大人たち。下ばかり見ながら歩いているから、誰かが空を飛んでいても気づかないのかもしれません。
スーパーマーケットの勃興期の礎となった「常識」が「非常識」によって打ち破られ、チェーンストアは断末魔の叫びを上げています。そして「未常識」とされていたことがスーパーマーケット再生の特効薬になりつつあります。
スーパーマーケットの「常識」とは、チェーンストア理論をベースになっています。具体的には、①店舗の標準化、マニュアル化などにより、オペレーションを単純化し、未経験者でも即戦力化できる仕組みを作ること。パート比率を高め、収益を確保することです、②本部は「アタマ」でレイアウト、品揃え、価格設定、チラシなどすべて本部が指示したことを店舗は「手」として実行する。本部が指示したことを店舗が実行しないことはもちろん許されませんが、店舗が工夫して指示以上のことをすることも許されません、③グロサリーの品揃えはナショナルブランド(NB)主体で、棚割りはメーカー、問屋が決めます、④生鮮品の品揃えは、育ち盛りの子供がいる家庭でも負担がないように例えば、精肉なら輸入牛、輸入豚中心。和牛、銘柄豚は扱ってはいけないと長い間信じられてきました。果物もアールスメロンなど普段の食卓に並ばない商品の扱いを禁じた企業もあります。
⑤物流センター、プロセスセンターを設置し、店舗の人員を減らし、収益を確保します、⑥売れる店より儲かる店を目指します。重視すべき数字は、坪当たりの営業利益と労働分配率です、⑦NBの価格の安さ(目玉商品)で集客し、生鮮品、定番商品で稼ぎます。チラシ掲載商品、インプロ(インストアプロモーション:店内特売)、定番商品の売上構成比は、1:2:7です、⑧収益は部門別に管理され、部門別の売上構成比、粗利益率が厳しく問われます、⑨セルフサービスがメインで売場に従業員がいないことが理想とされます。そのためPOPや関連陳列のテクニックが問われるのです、⑩夕方4時を第2の開店時刻とし、出来立て、作り立ての商品を並べます。売上げのピークを夕方に持ってくるなどです。売れ残った商品は翌朝値引きされます。
この戦略は、組織化されていない個人商店などからシェアを奪って成長するためには、極めて有効であったため、スーパーマーケットにおいてもチェーンストアが勝ち残り、主流を占めるようになったのです。
ところがそれに待ったをかけたのが生鮮専門店(カテゴリーキラー)です。カテゴリーキラーは、チェーンストアの弱点に目を向けたのです。本来、生鮮品という足の速い商品に関しては、現場でのきめ細かい管理ノウハウ(ロスを極小化して売り切るノウハウ)が重要ですが、チェーンとしての全体最適のため、チェーンストアにおいては切り捨ててきた部門です。彼らが行っていたことはスーパーマーケットの「非常識」だったのです。
スーパーマーケットの「非常識」とは、チェーンストア理論とは真逆を行くものです。具体的には、①個店主義。各店舗の売り場担当者が自分の選んだ商品を仕入れて好き勝手な値段をつけて売り切る。本部は存在しますが、店舗のサポートがメインの仕事になります、②権限移譲。権限移譲は狭く深く。一旦委譲された権限は社長であっても取り戻すことができません。お客が喜ぶことであれば、担当者決済で構わないなどです、③マイナスのMD(マーチャンダイジング)。「常識」であれば、ラインロビングして品揃えを増やすこと、利便性・簡便性のある商品を導入することが推奨されますが、生鮮品をメインに、腐らない商品(日用品など)は並べない、カット野菜、調理済み食品は並べないなどです、④1物2価、1物3価。量目に応じて価格を変える。豚小間切れの特大サイズは100g89円、大サイズは99円、中サイズは109円などです、⑤生鮮品は当日仕入・当日売り切り。その日に仕入れた商品は閉店前にすべて売り切ります。例えば、80万円で仕入れた商品を100万円で仕上げれば粗利益率は20%になります。110円で仕入れたけれど100円でなければ売れないとなれば10円損をしても100円で売る。その代わり80円で仕入れたけれど128円で売れるなと言う商品もあります。個々の商品の原価を切り離して売価を組み立てるのです。
⑥午前中にその日の売上げの3分の1を売る。「朝売り」「朝市」と冠して、開店時に安売りを行い、閉店前の値引きはしません、⑦定番品を置かない。すべてが特売品。損する商品、原価の商品、ちょっと儲かる商品、普通に儲かる商品の4段階の値入ミクスを行います、⑧段階商法。商品のグレードを重視した売価設定を行います。例えば、地方市場でビニール袋に入った「個選」の大根をMサイズは1本39円、2Lサイズは98円、葉っぱが生き生きしているものは「鮮度抜群!葉付き大根」として袋に入れて198円で売るなど。「常識」では、一番収穫量が多いサイズしか仕入れない、もし数量が揃わないなら、グレードの高いものとそうでないものを混ぜて「ミックス」として商品化するのとは真逆です、⑨安物だけでなくロールスロイスも扱う。鮮魚であれば、鮪は養殖だけでなく天然も取り扱う。チャンスがあれば大間本鮪(延縄)を狙う。鰤は養殖だけでなく10kgアップの天然物、時期が来れば最高級ブランド「ひみぶり」を取り扱う、⑩「祭事」を重視する。節分、ひな祭り、土用の丑、お盆、お彼岸、クリスマス、歳末など「祭事」には品揃え、グレード、レイアウトなど売場をカストマイズし、売上げの極大化を狙う。年末年始の1週間で200名のアルバイトを採用する鮮魚店もあります。
90年代~2000年頃まで一世を風靡したカテゴリーキラーですが、出店戦略の失敗、人材育成の遅れで躓き、多くの企業は消えてゆきました。しかし、カテゴリーキラーの中には、自分の強い部門に加え、他の生鮮部門をラインロビングして大型化、多店舗化に成功する企業も現れました。それが肉屋出身のユータカラヤ(ロピアの前身)であり、鮮魚専門店の角上魚類なのです。
ここ数年のロピア、生鮮市場TOP(経営母体はマミーマート。祖業は青果店)の躍進とともにスーパーマーケットに「未常識」の分野があることが認知されつつあります。「未常識」ですから、「未ダ、常識ニ在ラズ」で、「常識」で固まったスーパーマーケットの関係者にはその姿が見えません。しかし、「未常識」とされていたことがスーパーマーケット再生の特効薬になりつつあるのです。
「未常識」とは何でしょうか。具体的には、①奇抜な商品。例えば精肉では、A5和牛一頭買いによる「希少部位」、塊肉「エアーズロック」、鮮魚では、「姿盛り」「天然本鮪希少部位(カマトロ、ヒレ下、はがし身、皮ギシなど)、「本鮪ブーメラン」、寿司は「デカネタ・デカシャリ」「大間本鮪づくし」「天然魚大ねた」、青果は「箱売り」、「西海味っ子」「ひなの里」「富士の輝(ブラックシャインマスカット)」「冬恋はるか・江刺サンフジ」など「高級フルーツ」などです、②グロサリーはNB商品の品揃えは最低限に、キラリと光る「金メダル商品」を集めて売り込みます、③生鮮品のグレードは、「寿+松竹梅」。松竹梅の3グレードに加え、誕生日や結婚記念日など「特別な日」の食卓に並ぶ商品もラインナップします、④チラシの表面は精肉、鮮魚、果物の「奇抜な商品」、裏面は日替わりで青果、グロサリー。グロサリーは原価の100円マイナス1品、50円マイナス2品を日替わりで提供します。
⑤鮮魚は対面販売。同じ魚でも、季節で味が違います。春・夏・秋・冬。最低でも4種類あるのです。漁法も大きく見て3種類です。釣り、定置網、底曳網です。同じ漁法でも、日帰り、1日漁など、獲り方のバリエーションは無数。獲り方で味が魚の状態が変わります。さらに日本には漁場が7つ(道東・八戸前沖・三陸沖・日本海・山陰沖・五島西沖・東シナ海)あり、漁場によって脂の乗り方や産卵期も違うのです。最後に雄と雌。これを掛け合わせると、4×3×7×2で、同じ魚でも168種類の味があると言います。だから対面販売員をつけるのです。チェーンストアでは販売員の人件費と教育費をケチっているので養殖魚や冷凍魚主体になるのです。
まずは対面販売員を配置し、「今日はどの魚が良い?」「この魚、どうやって食べたらいい?」とお客が気軽に話しかけられる環境を作るのです。お客となじみになれば、「この間の魚は美味しかった!今日のおすすめの魚はな~に?」とお客が晩ごはんのおかずを丸投げしてくれるかもしれません。商いの基本はリピーターを増やすことにあります。その入口はお客との会話にあるのです。
⑥集客よりも客のリピートを重視する。儲かる商品よりも、損する商品、原価の商品、ちょっと儲かる商品を重視します。損する商品、原価の商品、ちょっと儲かる商品がリピーターを増やすのです、⑦部門の垣根を取り払う。店長はミニ経営者として、店全体として結果が出れば良しとします。グロサリーは一部商品を原価割れで売り、鮮魚は一部商品を原価で売り、青果はちょっと儲けて売り、精肉、惣菜、残りの商品は普通に儲けて売るのです。店全体で年商30億円、粗利益率18%、労働分配率55%あればいいのです。
⑧売場に人が立つ。お客には2種類のお客がいます。買い物を苦痛に感じるお客と、買物を出会いと発見の場と考えるお客です。買い物を楽しみと考えるお客は、見たことがない商品を見つけたら、店員に話しかけたくなります。自分が食べるのではなく、人に贈るものだったら味や食感が気になります。贈答用のメロンだったら、「このメロン、今日の午後食べ頃ですか?これからお見舞いに行くんですけど、その場で切って食べてもらいたいのです」とお客に話しかけられたらどうでしょうか。不愛想に「切ってみないと分かりませんよ」と答える店員もいれば、「食べごろですよ」といい加減なことを言う店員もいます。「ちょっと待ってください」と言って、バックヤードに行って、同じ日に入荷した別のメロンを半分に切って「あっ、食べ頃ですね!」と断面を見せる店員もいます。切ったメロンは半分の値段で売場に並べればいいのです。お客は感動します。スーパーマーケットは「感動製造業」なのです。
⑨商いには「宇宙法則」があります。会社の成長発展には「運」が占めるウェイトがあまりにも大きいのです。「運」はエネルギーの一種で情報を持っています。と同時に「運」は波動ですから、同じ周波数の波動を引き寄せます。「運」には「個人運」と「集団運」があります。「個人運」を極大化する、「個人運」を「集団運」に転化することで企業の業績は飛躍します。
「個人運」と「集団運」の関係は「ファーストペンギン」に例えられます。ペンギンは、つねに群れで固まり集団行動をとることで知られますが、実はそのペンギンの群れには、特定のリーダーがいません。例えば、群れに何らかの危険が迫った場合は、いち早く察知した1羽(ファーストペンギン)の後に続くことで、まわりもいっしょに難を逃れます。強いボスやリーダーではなく、“最初の1羽(ファーストペンギン)”に従うのが彼らの集団行動の特徴なのです。「ファーストペンギン」の「個人運」を集団が後に続くことで「集団運」をつかみ、難を逃れることができるのです。
鮪でも「個人運」を「集団運」への転化が成功した企業があります。ほとんどのスーパーマーケットでは鮪と言えば、冷凍バチや養殖本鮪ですが、ここ数年地中海産冷凍本鮪の卸値は暴落しています。鮪は「カミ」「ナカ」「シモ」に分けられますが、「カミ」や「ナカ」は中東や中国の富裕層に人気がありますが、「シモ」は余りがちです。「シモ」は筋が多いのですが、旨味が強いのも特徴です。スライスしてしまえば筋も気になりません。その情報を得た「ファーストペンギン」が組織を動かし、地中海産冷凍本鮪の「シモ」の部分を格安に仕入れてスライスして販売して大繁盛でしている鮮魚チェーンがあるのです。
別の事例もあります。養殖本鮪は「飼料代」と「物流費」が高騰していますが、天然本鮪が大漁で売価が上げられないでいます。「養殖」と「天然」ではどちらが美味しいのかとは一概に言えませんが、「天然」では「巻き網」より「一本釣り」、「一本釣り」より「延縄」の方が品質の良い鮪が多くなっているようです。「延縄」の鮪に着目した豊洲の仲卸が最高品質の天然本鮪を届けてくれると引手数多です。これらの企業は「個人運」から得た情報を「集団運」に転化しているのです。「運」がある人は情報を引き寄せ、その情報を最大限活用できるよう、協力者が現れ、組織が動くのです。
⑩モチベーション経営。二世経営者、サラリーマン経営者はカリスマにはなれません。社員の中からカリスマを創るのです。さすれば、自燃・自走の最強のチームが出来上がります。
「未常識」なものは、業界関係者からなかなか理解されないので、最初は笑いものにされます。それでも私たちは発奮し、あるいは意に介さず、自分の信じる道を突き進むのです。「未常識」が地方スーパー再生の特効薬になるのです。