
【ショートショート】ちょっとしたコツ
「私は神だ」
扉から入ってきた男がそう言った。
「なんですって」
私は思わず聞き返した。いきなりこんなことを言い出すなんて、きっと気がふれているに違いない。
「これからお前を試すことにする」
男は続けた。
「ちょっと待ってくれ。一体どういうことだ。」
私は男を制止した。しかし、男は話をやめるつもりはないらしい。
「疑っているのかね。まあ無理もない。では、今自分がどこにいるかわかるかね。」
どこにいるかだって。私は周囲を見渡してみた。そこは見慣れた自分の部屋ではなかった。 六畳ほどの小さな部屋で、鉄格子がはめられた窓と出入り口の扉がひとつ。家具は私が腰かけているベッドだけだ。
「直前まで自分が何をしていたか覚えているかね」
男はさらに問いかけてきた。今まで一体何をしていたのか、男に話しかけられるまでの記憶がまるでない。
もう一度男を見る。おそらく四〇代の半ばに差し掛かったくらいだろう。痩せ型で背が高く、上下とも白い服を着ている。これが神だというのか。
「お前のことをずっと見ていたよ」
神と名乗る男は私の名前や住所、生年月日、家族構成まで言い当ててみせた。私はひどく混乱した。普通ではない状況に陥っていることは間違いない。もしかしたら目の前の男は本当に神なのか。
「神よ、一体ここはどこなのです」
私は神に問いかけた。まずは自分の状況を把握しなくてはならない。
「お前は選ばれたのだ」
神は質問には答えずそう言った。一体何に選ばれたというのか。
「人間は増えすぎた。無作為に選んだ人間だけを残し、あとは全て消してしまうことにしたよ。」
神は淡々と言った。嘘をついている様子はなく、妙な凄みがあった。
「そんな!妻や子ども達はどうなったのですか!?」
私には妻と二人の小さな娘がいる。彼女達も消されてしまったというのか。
「お前にはここで一日過ごしてもらう。難しいことは何もない。」
神は私の質問には答えず事務的に言った。どうやら私はこの狭い部屋で一日を過ごさなくてはならないらしい。
「私の他には誰が選ばれているのですか?」
めげずに問うてみる。現状を少しでも知っておくべきだ。
「まずはこの薬を飲んでもらう。」
神はいくつかの錠剤と水の入ったペットボトルを差し出した。相変わらず私の質問には答えない。いや、神は昔から自らの行いを説明したことなどなかったではないか。それこそ天災にあったとでも思って納得するしかないのだろう。私は錠剤に手を伸ばした。
「この試練を乗り越えることが出来れば素晴らしい世界が待っているぞ。」
素晴らしい世界とはどんな世界なのか。もう質問する気はなくなっていた。私は錠剤を一気にのみ込んだ。
「少し横になるといい」
そう言って神は扉から出ていった。鍵のかかる音がする。神も鍵を使ったりするのか。私は横になり、窓の外を眺めた。良い天気だった。一体これからどうなるのだろう。私は薄れていく意識の中で、家族のこと、残している仕事のこと、読みかけの本のことなどを考えていた。
男が廊下を歩いている。先ほど鍵をかけた扉と同じものが一列に並んでいる。突き当りの部屋に入り、ソファに腰掛けたところで別の男が彼に声をかけた。
「君は仕事が早いね。俺なんかもっと時間がかかってしまうよ。たいていの患者は薬を飲むのを嫌がってしまうしね。」
「なに、ちょっとしたコツがあるのさ。」
男は何でもなさそうに言って窓の外を眺めた。
よく晴れた良い天気だった。