見出し画像

好奇心を膨らませて

娘が夢中になって遊んでいる。膨らませたゴム風船を上に放り投げ、落ちてきたところを手で弾く。床に落ちるまで何度も繰り返す。幼稚園では遊んでいるそうだが、家でするのは初めてだ。

「お父さん、なんで風船は落ちてくるの遅いの?」
こんな質問をしてきた。普段からボールを投げあって遊んでいるので、その軌道との違いを感じ取っているということだろうか。なかなか良い着眼点である。と、関心はするものの私は身構えるのだ。”なんで”攻撃の開幕の予感。大丈夫、理論武装はバッチリだ。が、風船か……これは手強いかもしれない。

手近にあったブロックを上に放り投げて、手で弾いてみる。当然、風船のそれとは異なる結果となる。
「本当だね。風船はゆっくりだね。よく気づいたね。空気が中に入っているからかな?」
娘からの返事はなく、何度か風船を弾いた後、ビニール袋を持ってきた。
「お父さん、これふくらませて」
差し出してきたビニール袋はスーパーに設置してあるような生鮮品を入れる用のポリ袋だ。これを受け取った私は、口を開け左右に振り、中に空気を入れて口を縛った。それを娘に向かって放り投げる。娘は好奇心に満ちた瞳で、ビニール袋の行方を追い、手で弾く。しかし、それはゴム風船ともブロックとも違う結果となる。
「あれ、なんで? なんでこれ落ちちゃうの?」
私の空気という言葉を聞いて、空気を入れたビニール袋でも同じ結果になると予想していたということか。うちの子賢くないか。と、思うと同時に次弾を装填しなくてはいけない。
「風船と袋は素材が違うからじゃない?」
素材という言葉が分からないはずだ。しかし、他の言い回しを咄嗟に思いつかなかったのでこう言った。しかし、この表現は実にやっかいだ。この後の説明が難しい。失敗したと思った。

ところが、娘は私の言葉には反応を示さず、風船とビニール袋を交互に放り投げて吟味している。すると、ビニール袋が萎んでしまい放り投げることができなくなった。放り投げようとした手に張り付くようにふわっと浮き上がり、ユラユラ揺れ落ちる。これを見た娘は、側に置いてあったまだ膨らましていないゴム風船を放り投げた。それは、当然弾くなどということは出来ず、ボタっと落ちた。

まさか、空気がない状態での違いを確認したということか? 賢さを喜ぶという、親バカの領域を通り越した。正直なところ、戦慄した。

『お父さん、なんで空気が中に入っているとビニール袋より風船の方が高くまで弾けるし、ゆっくり落ちるの? 空気が入ってないとビニール袋の方が滞空時間が長いのは何故かしら? お父さんが言った素材という観点でいえば、ゴムの方が重い。だから、通常であれば風船の方が先に落ちる気がする。でも、空気が中にある状態では、風船のほうが滞空時間が長く、空気がない状態ではビニール袋の方が長い。ということは、空気が関与することでそこに何らかの力が働いて結果が変わっているということかしら? じゃぁ、仮にゴムと同じ質量のビニール袋であれば空気の有無に関わらず同程度の滞空時間になるのかしら?  え、何? その限りではない? 空気抵抗? 体積の問題? なにそれ、そんなの教わっていないわ。まぁいいわ、そんなものがあるのね。滞空時間の関係はなんとなく複雑なことが分かったわ。でも、それだけだと弾いた時の挙動の違いの説明になっていないわ。それこそが素材の違い? 力の伝わり方? やっぱりよく分からないわ。お父さんちゃんと説明して? ねぇ、な・ん・で?』
(妄想です)

脳内の娘の脅威的な”なんで”攻撃のシミュレーションをしている間に、娘は膨らんだ風船と膨らんでいない風船と萎んだビニール袋を投げくらべ終わり、膨らんだ風船だけで遊びはじめた。単に、どれが楽しいかを選んでいただけのようだった。
「お父さんもあそぼ? 風船あそび」


子供の発想力や好奇心に驚かされることはよくある。日常生活において大人が何の疑問も抱かないことも平気で聞いてくる。それを適当にあしらうことは私はしたくないと思っている。分かる範囲で伝えるし、わからないことはちゃんと調べて伝えたい。まだ理解が出来なくとも。

あぁそうだ。私は、ゴム風船のように柔軟性に富んだ好奇心に、正しく息を吹き込んでやりたいのだ。大きく膨らんでどこへでも飛んでいけるように。

そんな思いで娘から託された好奇心を力強く弾くと、それは天井に当たり私の顔に勢いよく跳ね返ってきた。家中に娘の笑い声が響いた。

武装解除。

いいなと思ったら応援しよう!