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[掌編小説] ありがたみマシン
二人の男が一台の機械を前に話し込んでいた。
「よくうちのことが分かりましたねえ」
片方の男が少々大げさに、心底感心したという顔をしている。どうやらこの機械を作っている工場の社長らしい。話しかけられた方はスーツを着てカバンを持っており、営業マンといった風情である。
「ええ、私どもも業界で長年仕事をしておりますから、蛇の道は蛇というやつでして」
営業マンはチラッと機械の方に目をやった。社長に説明を促すジェスチャーだった。それを受けて社長は低音のきいたバリトンで語り始めた。
「ようがす、ご説明いたしましょう。おたくさん、神社やなんかで売っているお守り、あれ中身は何かご存知ですか? 実際に中に入っているのは特に意味がないものなんです。紙切れが入っていたり、木片が入っていたりするんですな。
お守りの原価は売り値の1割程度のものが大半ですが、その原価のほとんどは袋代の方です。お守りの中身という意味では、ほとんど原価はゼロみたいなもんです。ま、このあたりはペットボトルで水を売るのに近いところがあります」
「なるほど」
営業マンは相槌を打つ。
「しかしですな、神社なんかの宗教施設で売っているお守りの袋に入った――たとえば木の欠片と、そのへんの公園や山なんかに落ちている木の欠片。これ扱いが全然違いますわね」
「そうですね、下手に扱えない感じがします」
「そうでしょう、地面に落とすだけでもなんとなく悪いことをしたような気持ちになりますし、ゴミ箱にポイ、なんてことはなかなか出来なくなります。元は同じ木片なのに、どうしてそうなってしまうか、分かりますか?」
「うーん、まあ同じ木といえば木なんでしょうが、木の種類が違うとか、そういうことでしょうか?」
「いえいえ、実は大して木の種類も違いません。お守りの中に入っているのもありふれた種類の木です。違うのは、それを売る人も買う人も、お守り、ひいては中の木片を『ありがたいなあ』と思う気持ちがあるかどうかです」
「なるほど、ありがたみですか」
営業マンは分かったような分からないような顔で眉根にしわを寄せている。
「そこで、ですわ」
社長はそんな不可解な顔をした営業マンの様子を見て楽しむように笑顔を浮かべながら、目の前の大きな鉄製の機械をぽん、と叩いた。
「これの出番なんです」
社長が示す機械は2メートルくらいの立方体で、正面に幅1メートル、高さ50センチほどの穴が開いている。ぱっと見は業務用のオーブンか何かのように見える。
「我が社では長年の研究に基づきまして、ありがたみを印加する機械というのを開発しました。元来は長年修行を積んだ宗教家の方にだけ許されていた作業なんですが、これを使えばどなたさんでも簡単に、何にでもありがたみが付けられるようになります」
社長は流れるように説明すると、機械のメインスイッチを入れ、脇から取り出したステンレスのトレーを機械の正面に空いた穴に差し込み、ポケットをごそごそやるとそこから小さな木片を取り出した。
「こんなもんでええでしょ。これ、今朝通勤の途中で拾ってきた木です」
営業マンが見守る中、社長は木片をトレーの上に載せると、機械伸びた太いケーブルの先にあるスイッチボックスの「ON」ボタンを押した。
機械は唸り声を上げるでも大きく振動するでもなく、一度だけピシッと小さな音を立てただけで、あとはうんともすんともいわない。
「はい、仕上がりました」
社長がトレーを取り出すと、営業マンがその上に載せられたさっきの木片を覗き込む。
「これは……何か変わりましたか?」
営業マンの目には、さっきと寸分たがわぬ木片がただそこに載っているだけで、機械に入れる前と入れた後で何の変化も感じ取れない。
疑いの目で社長を見ると、むしろ社長は我が意を得たりという顔をして大きく頷いた。
「ええ、ありがたみがバッチリ付加されとります。よく見てください。ちょっと艶が違うでしょ」
営業マンは「ちょっと失礼」と木片を手に取り、鼻が当たるくらいの距離で木片を見つめる。
社長はそんな営業マンの様子を眺めながら、
「どうぞそれ、差し上げますから。この機械を使いますと、たとえばお茶がちょっと美味しくなったりしますが、最大の違いはやっぱり手に持った時の重みっちゅうんでしょうかな」
営業マンは思わず木片を載せた掌を上下させている。
「実際の質量は変わらんのですが、重みが増したように感じられるんです。文字通り重要になったなあ、という感じで」
営業マンは木片をあらゆる角度から見たり、匂いを嗅いだりしている。
「この機械、これまで日本全国のあらゆる宗教施設にお買い上げ頂いておりまして、最近では海外からも問い合わせを多数頂戴しとるんです」
「そうですか海外からも」
「考えてもごらんなさい、あなたのお財布に入っているお金も、ありがたみで動いているようなもんですよ。元はただの紙、ただの金属で、それ自体に意味はほとんどありませんでしょ」
「うーんたしかにそうかもしれませんね」
「逆にいえば、この機械はたくさんの導入実績がありますから、御社で同じものをお使いになれば――」
そこで営業マンの顔がパッと明るくなった。
「つまり我が社の製品も同じだけありがたみがあるとアピール出来ますね!」
社長は「そういうことです」と言いながら満面の笑みで大きく頷いた。
営業マンは紅潮した頬で機械を見ると、
「社に持ち帰って検討させてください。前向きに」
と言い、木片をそっとカバンに入れると町工場を後にしたのだった。